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序章

 その子は、生まれる前から〈王〉になることを予言されていた。


 妖精の血を引くと噂される王妃に似た、美しい面立ちの赤ん坊。みずからが何者であるかなど知る由もなく、母親に抱かれてただぐっすりと眠っているこの王子にとって、将来がどうであるかなどまったく関係がなかった。彼は幸福だった。


 王子の将来のことで右往左往したのは、むしろ周囲の人々だった――それも当の王子には関わりのないことだった。だが、母である王妃と、父である王、さらに彼らのそばに仕える賢女のもとへ入れ替わり立ち替わりさまざまな人物がやって来たので、その落ち着かなさ加減で少し機嫌が悪くなることはあったかもしれない。


 「この方が? 」


 ある商人が眠っている王子を見つめて言った。


 「この方が、その――」

 「未来の〈妖精王〉です」

 「ああ、そうでした。それです」


 商人は王妃が嬉しそうに答えたので、慌てて愛想笑いをした。


 「なんとも……お祝い申し上げます。バルドラに栄えあらんことを! 」

 「なんだ、あの態度は」


 商人に続いてやって来た貴族が文句を言いながら、王子のために膝を折った。


 「まことに気品のある、凛としたお顔立ち。〈妖精王〉と民衆から慕われるにふさわしい風格を、すでに備えておいでなのですな」

 「あなたは〈妖精王〉を信じているのですね」


 王妃に問われ、貴族はほほえんだ。


 「むろん、この目で妖精を見たことはございません。しかし、賢女殿が予言によって国と民を助けてこられたことは揺るがしがたい真実であるのですから、その賢女殿によって予言された〈妖精王〉が並みならぬ王となられることも、また真実かと」

 「ギュンター、おまえもじきに子が生まれるのであったな。王子とともに、バルドラの礎となってくれるよう願うぞ」

 「ありがたきお言葉。我が身、我が妻、我が子、もろともにバルドラのため身を尽くす所存なれば」

 「陛下」


 次にやって来た大臣は、すれ違ったギュンターとぶつかりそうになったが謝りもせず、御前へ出ても膝を折ることはなかった。


 彼は新王子の顔を見に来たのでも、おべっかを使いに来たのでもなかった。


 「両陛下、このたびの殿下のご誕生はまことに寿がれるべきことではございますが、どうか……お聞き入れいただきたいことがございます」


 王は鷹揚に頷いた。


 「申してみよ、フォーガル」

 「ヴェルフリート殿下のお気持ちをお考えいただきたいのです――あの方は兄殿下であられながら、生まれながらにして……」

 「〈妖精王の従者〉です」


 王妃が言った。フォーガルは無礼にあたらない程度の苦い表情を眉の辺りに滲ませた。


 「さよう、第二王子さまが〈妖精王〉の予言を受けられたのと同じく、ヴェルフリート殿下は〈従者〉であるとの予言を受けられました。しかし――」

 「ヴェルフリートは〈従者〉であることを不満に思うような王子にはならぬ」


 王はフォーガルの言をきっぱりと遮った。


 「ヴェルフリートは賢い。兄として弟を導き、従者として王を支える優れた王子となるはずだ。かねてそう申し渡していたであろう……これ以上の申し立ては許さぬ。王子がむずがる」


 フォーガルはこれ以上の不興を買わないうちに、急いでその場を辞した。〈妖精王〉の伝承などこれっぽっちも信じていなかった彼にとって、第二王子の誕生はあまり歓迎したいことではなかった。


 妖精? それに、予言だと! そんなもので、王政が正しく機能するものか! 彼はバルドラ屈指の優れた歴史学者でもあった。彼にとって妖精・魔法・予言といったものは、歴史的に多くの人心を惑わし数多の国を滅ぼしてきた、いかがわしい空想話の類でしかなかった。


 だが王子の教育係を任されるほどの彼の才覚は、自身の進言を退けた王の本心を見逃さなかった。あの話題を続けさせなかったということは、第二王子が第一王子を差し置いて〈王〉と呼ばれることに少なからず疑問を……無意識であるにせよ、感じているに違いない。


 〈妖精王〉の出現を予言したのは、宮仕えの賢女だ。王妃の実の姉……妖精の血を引いているやら、妹と同じく訳の分からぬ噂の絶えないあの賢女には、確かに人ならざる力があるようだった。干ばつや不作を予言し、知恵をもって政を助けてきた彼女には王妃はもとより、王、臣下、貴族、民たちまでもが大きな信頼を寄せている。万事論理的な彼にとってはまったく恐ろしい状況なのだった。


 それでも、あの賢女を王や王妃から引き離すことさえできれば。王位が〈正しく〉継承される可能性はまだあるのではないかと、フォーガルは考えた。


 機会は、じきにやってきた。第二王子の誕生を祝う宴のさなか、王妃から王子を抱き取った賢女が〈祝福〉を与えた――


 〈人生をまっとうする賢さを、

   人々の心知る優しさを、

    不遇に遭って折れぬ強さを。

     その身に禍いあるとき呪いを受け、

      苦しみあるとき救いを受く。

 前途にいかなる艱難待ち受くるとも、

  いずれそのすべてを幸いへ転ぜしめよ。〉


 聴衆がざわめいた――王が怪訝な顔をし、王妃が不安げな顔をするのを、フォーガルは見逃さなかった。


 呪い? 艱難だと! 彼は無礼を承知で、わざと声を上げた。国を挙げて寿ぐべき王子の誕生に、なんと不吉なことを!


 賢女が与えたものは確かに祝福だったのだが、聞きようによっては不穏な詩句の連なりは、フォーガルの声につられた聴衆が賢女に疑念を――ほんの一瞬でも――思わず抱くくらいに耳目を引いた。王は一部から上がった厳罰を求める声を退け、賢女をひそかに王宮から去らせた。


 一方、フォーガルの企みも完全には成就しなかった。賢女が去っても、彼女の予言は王子たちの人生のかたわらにあり続けた。


 その翌年、思わぬ事故に遭って王妃が亡くなり、一国の王妃として深く愛されていた彼女の早すぎる死は、一年前に第二王子誕生で沸いた王宮の翳りとなった。


 もし、王妃がもっと長く生きていたら――せめて第二王子が物心つくまで永らえていれば、そのあとの彼の人生はまた違ったものになっていただろう。あるいは、賢女が宮仕えを辞していなければ。〈妖精王〉が、兄の方であったなら。自分が生まれていなければ――。


 王族というものは、一般的に人から羨まれるような立場であるらしい。人々からは常に敬意を払われ、願って叶わぬことなどなにひとつないらしい。


 後年こうしたことを知るようにはなったが、第二王子――ジェラルドにとっては、実感のまるで伴わない知識でしかなかった。


 彼の人生は、最初からままならぬことばかりだったのだから。


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