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この異世界は現実ですか?  作者: 春目 冬樹
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七章:不慮の出会い 2

 しかし、それでもぼくの心の中にはしこりのようなものが残っていた。


 それは、最初は全人類が救われない限り、ぼくやサバラのような人間達を本質的に救う方法がありそうもないので、ぼく達は結果的に救われないという失望に繋がったが、脆い土質の山の裾野に足をかける頃には、違う物に変化していた。


 それは、ぼくが人を助けようとするのは、ぼくにサバラのような心から打ち込める夢や目標がないからではないかという疑念だった。


「あそこに見える穴が、男が住んでいる場所ではありませんか?」


 サバラの指を指す強さと、その確信めいた声音に、ぼくは内心引け目を感じながらも、それを隠すように、そうだなと大き目の声で言う。


「男はどうやら飛んであそこまで行ったようだが、ぼくらは歩いて行かなければならないな。」


 ぼくがそう言うと、サバラは恥ずかしそうに提案する。


「よろしければ、わたくしの背につかまって下さい。

 長距離は飛べませんが、あそこまでぐらいなら、わたくしも飛ぶ事が出来ます。

 初歩的な魔法ならば書籍で学びましたから。」


 どうやら承認されたいという欲望がない人間は、平然と人を貶める事が出来るらしい。

 ぼくは、気恥ずかしさを感じながらも、それを押し殺し、サバラの背にしがみつく。


「すまないな。初歩的な魔法も覚えていなくて。」


「救世主様は、合成と創造という無敵の能力をお持ちのエリートなので、今まで努力の必要性がなかったのでしょう。

 わたくしは、解析と分離の能力が開花するまでは、医師にも、村人たちにも、劣等生と見なされていましたから、少しは努力しました。


 そういった違いを悪と捉えるほど、わたくしは狭量ではありませんよ。」


 ぼくは今度こそ、本当に恥ずかしくなり、黙ってサバラの背に少し鼻を埋めた。

 サバラが、口の中で何かを唱えると、目の前に時空が歪んだとしか形容しがたい、透明の丸い穴のようなものが出来る。


 それは、三次元に二次元の穴を開けたように、不自然に平面的な空間である。


 円状に広がったその中心から徐々に穴の外周に向かって、風魔法特有の透明な空気の渦のようなものが、うねうねと広がり、全体に満遍なく行きわたると、穴の方向へとスルスル移動して行く。


「そんな事は万に一つもないと思いますが、もしも救世主様が男に勝てないと確信した場合には、わたくしをその場に置いて、逃げて下さい。」


 そう言うと、サバラは穴まで一挙に飛ぶ。

 ぼくは、サバラが自分より上だと行動によって見せつけられたかのようで、不快な気持ちに満たされる。

 しかし、そう感じる事を不快に感じるべきなのだという、正しさを求める心の声がその気持ちに浸らせてくれない。


「それは、出来ない。」


 ぼくは黒々とした感情を持て余し、結果的にどうしようもなく言わざるをえない。


「君が、窮地に追いやられている時は、ぼくが窮地に追いやられている時だ。

 君にとって、ぼくが大切であるのと同じように、ぼくにとっても君は大切だ。」


 じつはそれは、本心でもあった。

 ぼくは、まだ戦闘に慣れていなかった頃、救世主様と普段は持ち上げている味方が、窮地に陥るとぼくを平気で捨てて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく様を何度も目にした。


 そんな奴らのために命を張るのは馬鹿馬鹿しい事だが、もしも、サバラが本心からぼくの為に命を捨ててくれる気があるのであれば、ぼくだって、彼のために命を捨てても構わない。

 どうせ、この世界には、そんなに強い未練がないのだ。


 ぼくと、サバラは穴の入り口で一瞬目を合わせる。

 外から入り込んでくる風と光に照らし出されて金に近い茶色い髪も髭も顔の色も黄金と白に溶けて見えるサバラは、そのままそこで消えてしまいそうに見える。


「これといって戦法を思いつきませんが、二人しかいませんし、双方同時に攻撃を始めるのが良いのでしょうか。」


「そうだな。ぼくには一つ思いついた事があるので、それを試してみるよ。

 これが終わったら、もう他の何にも気を取られず、君は植物に専念すればいい。」


 ぼくは、そう言いながら、何となく死の予感を感じている。

 同時に、自分の能力であれば、今まで出会った中で最も強敵であり、自分を超えるような異能の持ち主であっても、やはり勝利してしまうだろうとも思う。


「ご武運を。」


 サバラは似つかわしくない言葉を言うと、少し俯いて微笑み、すぐに自分から先に穴の中へ入っていく。


 洞窟は、天井に頭がつきそうなほど狭く、足元には、砂が大量に落ちている。

 洞窟というより、獣が掘った洞穴のようだとぼくは思う。

 そうしている内に、どんどん先が狭く暗くなってきたので、サバラは火の魔法を使い、前方を火の玉で照らし出す。


 火の魔法は、自然の魔法のようにどこであっても空間に発生させる事が出来ず、特殊な紙を媒介にして、火の精霊を呼び寄せて、生じさせるものである。

 それが関係しているのか、目の前のこぶし一つ分ほどの小さな火の玉は、クルクルと穴の周囲を回ってみたり、時々、背後に移動したり、ぼくらを翻弄するような動物的動きをする。


 一層狭くなった穴の中を、最早這いながら進んでいると、目の前の火の玉が、上下に壁に当たりながら小刻みにバウンドしている様子が、眩しくてイライラする。

 早く穴を抜けれないかと思いながら目を閉じて進んでいると、ふと、地面に触れていたはずの手が、空を切るのを感じ、ヒヤリとしたぼくは、目を開ける。


 すると、目の前には、壁が一面銀色の、巨大な球体の空間が現れた。

 不思議なことに、光源が見えないが、空間全体は、とても明るい。


 ぼくとサバラは、その球体の底から数メートル離れた中腹にいて、そのまま進めば、真っ逆さまに落ちてしまう所だった。


「また風の魔法を使いましょうか。」


 サバラがそう言うと、声は思いのほか球体の中で広がる。

 その時、どこかから別の誰かの声が聞こえる。


「魔法はいらない。そのまま飛んで降りてこればいい。

 ここは低重力空間だから大丈夫だ。」


 ぼくは、サバラと目を合わせる。

 火の玉はポーンと空間に飛び込み、そのまま無邪気にボールのように跳ねまわって遊んでいる。


 サバラの目つきに何らかの意向を感じたぼくは、サバラに小声である事を頼んでから、創造の力を使ってこっそりと細工し、穴から下へ飛び降りる。


 確かに、重力が調節されているようで、ぼくは、パラシュートでもつけているかのように、壁際をゆっくりと下へと降りてゆく。

 サバラも同じように呆然と周囲を見渡しながら降りている。


 火の玉はぼくの目の前を渦を巻くように飛んでは下へと一挙に落ちて、そのまま天井まで派手なパチパチという音をたてながら駆け上がっている。


 ここは一体何なのだろう。

 この空間ごと、男の作り出した異空間だというのだろうか。

 球体の底に辿り着くと、パチッと指を鳴らす音が聞こえ、それと同時に一瞬で頭上に鉄格子が現れる。


 どうすればいいのか分からないままに、何となく頭上を見上げていると、球のてっぺんに開いた扉から、派手な装飾品を複数ジャラジャラと身につけた、極彩色の衣装を纏う男が飛び降りて来る。


 彼は、鉄格子に足がつくと直ぐにその場に這いつくばり、ぼくと、サバラを上からじっくりと眺めまわしながら言う。


「一体何でここに来た?え?もしかして、俺の弟子になりに来たのか?

 修行をして欲しいという輩なのか?」


 目が異様にギラギラと輝く男の冠から生えた無数の羽や宝石が格子に当たり、カンカンザリザり不快な音をたてる。

 サバラが答える。


「いいえ、違います。

 わたくし共は、つい先だって出会ったタデロイ村に住む親子に、自分と村の娘をレイプして妊娠させた悪人を成敗して欲しいとの依頼を受けて、ここまで来たのです。


 あなたが、その悪人ですか?

 それとも、その悪人の弟子なのでしょうか。

 だとすれば、出来るだけ早く師匠に取り次いで頂きたいのですが。」


「ハッ!俺に弟子がいるだって?とんでもない。

 勇者である俺の弟子になりたいという奴はこれまで何人も来たが、俺の能力は誰も真似出来ん。

 つまり、あんたの言う悪人という大変名誉な肩書は、俺のものだよ。」


「なるほど。では、あなたを成敗しなければなりませんね。」


 サバラの手が合わさっており、目がどこか遥か彼方を見ているような朧な表情を浮かべたので、ぼくは、サバラが解析を始めた事を知り、それに気付かれないようにと時間稼ぎをするために、今度はぼくが男に話しかける。


「でも、その前に、君が何故そんな悪行に手を染めたのかを聞きたい。

 君にだって事情や言い分があるだろう?

 それをぼくらに教えてくれ。」


「一体何の根拠があって成敗などと、上から目線で言えるのかが甚だ見当もつかないが、いいだろう。

 あんたらの行動パターンは、これまで来た連中とはわずかに違うようだ。

 つまり、その面白さに免じて教えてやろう。心して聞け。」


 男は、鉄格子の上に胡坐をかき、上からぼくの顔を見下ろす。


 鉄越しに見る男の顔は、非常に整っている。

 黒く豊かにうねる長髪に、吊り上がった細い眉、輝き過ぎる黒い瞳によって、幾分神経質で興奮し易い人物であるように見受けられるが、血管が浮くほどに白い皮膚やそれと相反する血色の良すぎる赤い唇、無駄な脂肪を排除した幾分痩せ気味の線の細い輪郭は、精巧に作りこまれた人形のように儚げな美に満ちている。


「何故悪行に手を染めたのか。

 その答えにたどり着くためには、俺の生い立ちを先ずは説明した方が良さそうだな。


 俺は、最初、森の中に出現した。

 それ以前の記憶は全くないが、恐らくは親に捨てられたのだと思う。


 泣いている暇などなく、周囲にいて襲い掛かって来るモンスターたちに食われないように、命からがら逃げ回りながら、木の上で休んでは実や葉を食べて飢えをしのいでいたが、ある日、巨大なドラゴンに踏み潰されそうになった時、自分の能力を発揮し、奴を倒すことが出来た。


 そんな日々の中で、たまたま遠征から帰って来た兵士たちに見つけられ、俺は子どものいない親切な老兵に保護されて、城下町で暮らす事になった。


 町での暮らしは窮屈な事ばかりだった、制服のボタンを上までぴっちりと止めて、学校とやらで面白くも何ともない教養を身につけさせられ、同年齢の全てがスローな眠くなる連中と共に槍突き、槍投げ、弓矢、剣技の練習をさせられた。


 俺は、時折狭い空の下、木箱にぎっしりと詰められたリンゴなんかを見ると、自分だって気がしたね。

 型にはめられて、同じような連中と顔と顔を突き合わせて、やがては戦場に売られて露と消える。

 一体そんな俺に生きる意味はあるのか?

 こんな人生に価値はあるのか?

 そんな事にこだわっているせいで、教師にたてついたり、義理の親に反抗したりして、俺は気付けば不満だらけの馬鹿な落第生だった。


 そのうち町中どこへ行っても、後ろ指を指されて笑われてるような幻覚に囚われたり、皆が俺を嫌ってるといった被害妄想が激しくなって、鼓動が常にマックスに高まり、こめかみで血管が切れそうだったよ。


 そんな時に、魔王討伐隊募集のポスターを見かけたんだ。

 それは、俺にはとても輝いて見えた。

 もしも、この討伐隊に入って魔王を倒せたら、俺は勇者となる。

 そうすれば、この閉塞した状況を打破出来るのみならず、皆をあっと言わせて、俺を賞賛させる事が出来る。


 それに、何より良かったのが、それが募集という自由参加である点だった。

 このまま流れに任せて不自由に、進みたいかどうかも分からないまま劣等生の肩書を背負ってトボトボと兵士として戦場に赴いて、同胞に限りなく近い人間の血液を花と散らすより、流れに従わず、自分で選んだ道で果てるならその方がずっといい。


 だが、俺は自分が果てたりはしない事を知っていた。

 魔王討伐隊に入るのは簡単だが出るのは難しいと言われているのは、魔王城やその近辺に巣食うモンスターたちが、人間や彼らが生み出す武器に比べものにならない程の強さをほこっているからだが、俺には生まれつき、最強の異能力があった。


 そして、俺は魔王討伐隊に参加し、並み居る屈強な隊員たちを尻目にその中でどんどん出世して行き、ついには最年少で隊長にまで登り詰めてやった。


 いい気分だったよ。

 だけど、魔王を倒すのは、それよりもずっといい気分だった。


 その後、凱旋して、王に勇者として称えられ、町中討伐隊のためのフェスティバルが開催され、パレードまで繰り出される始末だった。

 義理の父は、祝いの席で桃色の高級ピュウイをこぼしながら号泣していたよ。

 この子は捨て子で、無力な自分は何もしてやれなかったが、たった一人でこんな高い場所まで来たんですってね。


 俺も、感無量で少し泣きそうになったなあ。

 あの夜はとてもいい夜だった。

 月明かりは綺麗で、町は青く沈み、人々を脅かす魔王はもう存在せず、全てから完全に守られて、静かで…。


 でもな、それから一年後、驚くような事態が発生したんだ。

 何と、魔王が復活したんだ。」


 男は自己陶酔しているように、周囲の様子を見もせずに、話続け、サバラは解析が終わったのか、座って革袋から水を飲んでいる。

 一度途切れた話を、男は再度始める。


「驚いて学者たちに事情を聞くと、どうやら今までもこの世界では何度も魔王が倒された事があるが、長くて一年、短ければ三か月ほどの間に魔王が復活したのだそうだ。

 その事実は、ここ何百年も魔王を倒す勇者が現れなかったので、皆すっぱりと忘れていたそうだが、俺が倒したせいで、幸運にもその苦みのある現実を思い出せたってわけだ。


 それ以外にも、苦い現実はある。

 終わらない人間同士の戦争とか、小競り合い、貧苦、病、エトセトラ。

 でも、俺は、魔王を倒す事で、少なくともモンスターの力を大幅にそいで、モンスター害を無くすという重大な任務を果たしたはずだった。


 しかし、それは、魔王サイドから見ると一年限りの特赦だったわけだ。

 そして、一年後、俺が魔王を倒したという行為は、結局何を生んだかというと、勇者様を生んだ町として、観光地化すると共に人口が増え、経済が活性化した活気ある町だけだった。


 ハッ!くだらねえ。

 俺はそんなくだらない事のために尽力をつくしてきたのかと思うと、腹の底から沸々と笑いが込み上げて来て、俺は、この世界の全てが馬鹿馬鹿しくなってしまった。


 そんな何がしたいか分からなくなった俺に、王は戦場への参加のチケットを無理矢理手の中にねじり込んで来やがった。


 俺は、戦場でも当然能力を発揮し、ごってりと重い鎧なんて着ずとも、不格好な剣を振らなくとも何千人もの兵士を効率よく無気力に殺して行った。


 人間を殺すなど、数多くのモンスターを殺して来た俺にとっては、トマトをミキサーで潰すようなもんだ。

 ミキサー知ってる?要は、それぐらい単純で楽な作業って事。


 それで、段々戦果をあげた俺達の国は、ますます繁栄した。

 戦争を仕掛けようものなら、相手国が、あの勇者さまがいらっしゃるあなた様の軍には敵いませんって降伏の白旗をバンバンあげて来た。


 おかしいよな。つまりは客寄せパンダが人間核兵器に昇格ってわけだ。


 ある日、俺は戦場で、自分が倒した兵士たちが地面にひれ伏して喘いでいるのを見ていた。

 空は真っ白で、風が吹いていた。

 とても虚しい俺の体の中を、風は吹き過ぎて、その後には何も残らないようだった。


 呪詛の響きに似た唸り声は、段々と静かになり、そのうち、生きてる者は皆愚か者ばかりのように思えた。


 死んだ奴らの顔、顔、顔は、泥にまみれていても、とても綺麗だった。

 だって、彼らはもう何の足掻きも惑いもなく、過去は全て帳消しになり、安らかに永遠に眠っていられる。


 俺は、何て汚いんだ。生は何て汚いんだ。


 こうやって、ずっと、人を押しのけて傷つけて倒して、血にまみれて、穢れに満ちて、脂肪ブヨブヨの体を無理矢理ジーンズにねじ込むように、あり得ないような無理をしながら、環境や国や自分という型にはまって生きている。


 俺はもう自由になりたい。

 全てのしがらみや、自分自身からさえも逃れ去って、綺麗な自由そのものになって、風のように生きたい。


 そう思った時、俺はもう自由だった。

 そうして、俺は、何にもとらわれず、自分がやりたい事を全てやりながら生きて行こうと決めたんだ。

 それが、あんたの言う、悪行とやらにたまたま繋がったってわけだろう。」


「あなたは、勇者キマトだったのですね。」


 ほとんど目を閉じながらサバラが言う。


「そうだ。その名は最早反逆者の汚名を背負わされているが、それは俺の事だ。」


「あなたは、これからも悪行を続けますか?」


「悪行…悪とは、勝手に人間が自分達の環境を過ごしやすくするために拵えた牢獄のようなものだが、はぐれ者の俺にとっては彼らがどう呼ぼうが、どう思おうがどうだっていい。

 俺は、自分の自由を貫くために、これからも自然のままに規範を踏み外していくだろう。」


「ならば、成敗する必要がありますね。

 あなたには申し訳ありませんが、頼まれましたから。」


 そう言うがいなや、サバラは頭上の鉄格子を成分分解し、破壊する。

 足元に落ちた鉄格子だったものは、ブルーベリーのような愛らしい黒い粒に変わっている。


「お前も異能力者なのか。」


 と言って、方頬だけで嘲るように笑ったキマトは、手の関節が外れるような不思議な動きをすると、時を止める。

 しかし、時を止める能力が発動すると、ぼくの意識もなくなるのかと思っていたが、そうではない事を知り、ぼくは安心する。


 しかし、体は一切動かない。

 眼球の表面が乾いた事により、すぐに涙が流れ出す。


 それを、近づいて来たキマトは冷静な目で眺め、ぼくの腹部を足で蹴る。

 軽い動作に見えたのに、腹部が足形に切れて後ろへ蹴りだされるほどの衝撃を覚えたぼくは、なすすべもなく、床に倒れる。


 おかしいなとキマトは小声で言う。


「お前たちは俺の能力を聞いてここまで来たはずなのに、こんなにも手ごたえがなく、やられてしまうのか?


 これじゃあ、間抜けにも自ら殺されに来たも同然だ。

 実はお前たちは自殺志願者だとでもいうのか?」


 それを聞いた瞬間、ぼくは、穴からこの空間に落ちる前に用意していた仕掛けを作動させる。


 丁度、キマトの背後にあたる、ぼくが落ちて来た穴から、サバラが空間分離した膜に体の外側を覆われた、創造で生み出したもう一人のぼくが、落ちて来る。

 次元が違うためか膜の表面は虹色につやつやと光っており、遠目から見ると、大きなシャボン玉のように見える。


 一人が落ちたかと思うと、ポロ、ポロ、ポロと次から次へと五人のぼくが落ちて来る。

 その中の一人のぼくが、キマトに向かってボウガンを構えて撃つ。


 当然、キマトは驚いて背後を振り返り、ボウガンをよけながら無駄とは知らずに、再度時間を止めようとするが、そうしている一連の動作の合間に、他のぼくらが、ボウガンを一斉射撃する。


「何だこれは、一体どうして、こいつらの時間は止まっていないんだ?」


 慌てふためき、体がよろけたキマトの姿は、涙で洗われ続けるぼくの目には滑稽に映る。

 しかし、キマトに理由が分かるはずもない。

 サバラの能力も、ぼくの能力も彼には知られてはいないのだ。


 キマトは、いつの間に手にしていたのか、青いレーザー光線を放つ剣を持っており、それを伸ばしたり、二股や三股に分けたりしながら、複数のぼくらを同時に倒していく。


 しかし、ぼくらが、更に複数のぼくらを作り出す速度が、キマトの剣の速度を上回り、結局は、数十体のぼくにボウガンを放たれるキマトは、徐々に傷だらけになって行く。

 荒い息の狭間に、キマトは声を出す。


「もう負けたよ。どうやったのかを教えてくれ。」


 ぼくとサバラの体は解放され、その反動で、少し、息がし辛い。


「わたくしの分離の力を使って、この次元とは違う空間を作ったのです。

 それにより、そこはあなたの時間を停止させる能力が働かない空間になりました。


 その空間で、創造の力を持つ、救世主様が作り出した分身を包み込み、彼らがそれぞれボウガンをその中から発射したのです。

 すると、ボウガンの矢も、次元の違う空間が包み込み、それによって、あなたの関与が届かない矢が、あなたに刺さったのです。」


「なるほど…俺じゃ太刀打ち出来ない異能力の持ち主がこの世界にいたってわけだな。」


 そう言うと、キマトは吹き出すように笑い出す。


「こいつは面白い。死に際にこんなに愉快な体験を出来るとは思わなかった。

 全てが既知ではなく、まだこの世に未知があったとはな。」


 そう言っている合間にも、キマトに対して、ボウガンの矢は繰り出される。

 キマトは、それらをレーザーで一掃すると、口から血を吐き笑いながらぼくらをレーザーで殺そうとする。


 しかし、その先端が突き刺さる直前に、サバラが空間を分離したために、ぼくらにはレーザーは通過しなかった。


 くそっとかなんでとかばかやろうとかfuck youといった典型的な悪役が吐くセリフを、勇者からは聞きたくはなかったなあと思いながら、ぼくは、ぼくらのボウガンを降ろさせて、キマトの頭上からサバラが分離した空間に包まれた空き箱のようなものをかぶせる。


「わたくしの分離空間は、わたくしが解除しない限り、永久にそのままなのです。

 ですから、これでもう彼が悪さをする可能性はありませんよ。」


「ありがとう、サバラ。

 じゃあ、これからは、魔王城目指して植物を採取しながら進もう。」


 ぼくがそう言うと、分離空間に包まれているが故にほとんど動けないキマトが、中から箱をレーザーで焼ききりながら言う。


「ここから出してくれ!」


「出すわけにはいきませんよ。

 だって、あなたを出せば、再び女性をレイプしますよね?

 そうすれば、また、犠牲者が出て、その犠牲者が救世主様を頼れば同じ事の繰り返しになります。

 わたくし達は時間を無駄にはしたくはないのです。」


 すると、キマトは憐れっぽい声を出しながら、再度言いつのる。


「出してくれよ。

 俺なら一度魔王を倒しているから事情を知っているし、雑魚の処理も全部やるよ。

 俺、お前達と一緒にいたいんだ。

 こんなにも俺が追い詰められて、胸が熱くなったのは久々なんだ。

 頼む、もう二度と女を襲ったりはしないから、連れて行ってくれ。」


「いや、無理だな。」


 ぼくは言う。


「君を信用できない。それに、自由を何よりも尊重する君は、そのためにぼくらの敵に回る瞬間があるかもしれない。

 モラルのタガが外れた自由で利己的な人間は、必ず野放図に全てを裏切るものだから。」


 大抵は、今まで訪れた集落では、あまりにも自由を主張してわがまま放題に生きる人間は、何年そこに住んでいようと追放されたものだ。

 追放されない場合、その人間以外にも利己的な人間が増え、集落全体が危機に陥るからだろう。

 霜をザリリと踏みながら荷物一つ持たず雪の中を去って行く者さえいたが、彼は今どうしているだろうか。


「サバラはどう思う?」


 そう聞くと、サバラはあっさりと答える。


「いいんじゃないですか?

 だって、彼はもう女性をレイプしないとおっしゃっているわけですから、それならば、拘束する意味がありません。」


 そうかとぼくは思う。サバラはきっと植物以外の何ものにも興味がないのだろう。

 しかし、ぼくもすすり泣くキマトの声を聞いて、徐々に可哀想になっていたので、仕方なく、キマトを解放する。


 出て来た瞬間キマトは、血と涙を全て忘れ去ったかのような綺麗な顔のまま、伸びをしてぼくらに言う。


「それで、あんたらの能力は何なの?

 詳しく俺に教えてくれよ。」


 懇切丁寧に教えながらもぼくの分身を手際よく分解していくサバラを見ながら、ぼくは、波乱の幕開けを感じ、それと共に少々未来に期待している自分を発見した。


 これから何かが始まるかもしれない。

 それは当然大して悪い気分ではなかった。

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