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この異世界は現実ですか?  作者: 春目 冬樹
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一章:夢のような現実

 高い角笛の音が霧の中でくぐもった音色で鳴り響き、彼らが帰って来たことが、集落全体に知らされる。

 ぼくは、ようやく夢から目覚め、頭がまだよく回らないまま、ぼんやりと彼らを待つ。


 集落の入り口である洞窟の中に、彼らが入って来たために、強いアルトやテノールの声が凹凸のある壁の各所に反響し、それらが生み出したおどろおどろしさにぼくは、思わずシーツを鼻まで引きかぶる。


「そうなんですよ。火を吹く巨大なドラゴンが、今回は沼地におりまして…。」


 ドラゴンの話など、正直聞きたくもない。

 しかし彼らは、いつものようにぼくの都合などお構いなく、ベッドで寝ているぼくの目の前から入って来る。


 ユニコーンの皮をなめして作ったのれんが地面に下りる間もなく、次々と彼らは室内へどやどやと入り込み、10人全員がゾッとするほど綺麗に一列に横並びすると、彼らによる戦況の報告が始まる。


「ただいま戻りました、ドン。」


 ドンとは、集落で一番地位の高い人の事だが、ぼくは、その称号にまだ慣れないでいることを、告げる代わりに黙ってうなづく。


 仮に告げた所で、今までも、恐らくこれからも、彼ら、いや、彼らのみならず集落全体の民たちは、僕の事をドンと呼び続けるだろう事は分かり切っている。


「今回の戦績はもう御覧になったかと存じますが、10734回の対戦のうち、我らの勝利は何と10728回であります。

 何故6敗したかと言いますと、世界一分厚い体表を持つと言われるマウンティンに剣が刺さらなかったからですが、彼らはすぐに退散したので、こちらの被害はありませんでした。そして今回のドラゴンは…」


「ともかく大儀だった。」


 ぼくは、彼らを早く追い出すために、わざわざベッドから身を起こして、無理矢理絞り出すような笑顔を浮かべて言う。


「ぼくは、とても感心したよ。君達の勇敢さと、素晴らしいチームワークを称えて、今夜は宴を開こう。」


 宴への期待に、彼らの眼はひときわ大きく開かれ、涎を垂らさんばかりの口も下へ顔が伸びたように開く。


「ありがとうございます、ドン。」


 毎回この時のドンという壁を殴るような強い言葉の響きの余韻が消える前に、彼らはまたもやどやどやと部屋から出ていく。


 ぼくは、ベッドに体を埋めるように倒れる。

 急いで宴の支度をする女達の軽やかな足音や、子ども達の元気な声が、男達の興奮した声に紛れて聞こえて来る。


 それらは、やはり洞窟全体に響き渡り、声の意味を追うのをやめて、響きだけに耳を澄ませると、瀕死の巨大な怪物が唸り声を上げてのたうち回っているようにも聞こえる。


 もういい加減にしてくれよ。

 目を閉じると、これまでの自分の過去が悔恨の情をともなって思い出される。



 ぼくが最初に自分を見出したのは、風にまかれて周囲が良く見えない砂漠の中だった。

 ぼくは、ただなすすべもなく立ち尽くしていた。


 下を向くと、砂が目に間断なく入り込み、前後左右は、砂だらけ。茶色い砂粒におかされた上空の青は、心許なさそうに霞んで見えた。


 そんな時、轟音をあげて砂から生えた十数本の巨大な植物が、ぼくの周囲を取り囲んだ。

 家の柱程もある茎は、黒く艶があり、そこから生えた鮮やかなピンク色の棘の先からは、泡をたてて蛍光緑の液体がぶくぶくと吹き出している。

 光を遮って、頭上からかぶさってくる白い花弁の花の中央には黒い玉があり、ぼくはそれを無心に見ている。


 すると、するすると下りて来た玉は、パカリと開いて、中から牙の生えた真っ赤な口が現れ、その中央から伸びてはビラビラと動く舌は、ぼくの頭頂部を撫でようとする。

 何だろうと思っていると、急に人間の女性の叫び声が聞こえ、その直後、ぼくは遥かな上空にいた。


「危なかったわ。救助があと一秒でも遅れていたら、あなたはきっと食べられていたのよ。」


 体は背後から女性の体温に包まれており、ぼくはやっと状況を飲み込む。


「ありがとうございます。」


 何故か回されている彼女の腕の上に位置しているぼくの脇は、体重を支えているにしては痛みを感じない。

 しかも、先程から起きている出来事は、非現実的に思える。


 モンスターがぼくを襲い、ぼくを助けた女性が、空を飛んでいるとはこれいかに?

 眼下はずっと砂漠だったが、やがて、緑溢れるオアシスの周囲にわずかに広がるくすんだ茶色い集落が目に映る。


「ここは、現実なのですか?」


「もちろん現実よ。」


 なるほど、確かに揺らぎながら近づいて来る集落の様子は、どこかしらか澱みや歪みがあり、現実らしく見える。


「でもこれは、夢の中のようです。」


 女性は答えないまま、ぼくらは集落に降り立ち、ぼくはそこで家族のようにあたたかく迎え入れられる。



 そうして、やがて日々は過ぎ、彼女・ミリアンと一緒にモンスター討伐を繰り返すうちに、ぼくはめきめきと頭角をあらわし、瞬く間に強くなった。


 ぼくの強さの原因は、ぼくの誰にも真似できない特殊能力にある。


 一つは、合成する能力だ。

 例えば、森の中で敵が現れるとする。

 ぼくが指先一本でこの能力を使えば、一本の木と敵を合成する事が出来る。

 敵は、急に50%木で50%動物の見知らぬモンスターになり、火の魔法に対する抵抗力を大幅に失う。


 そこで活躍するのが、もう一つのぼくの能力、イメージしたものを現実化出来る創造の能力だ。

 ぼくは目を閉じて、頭の中で火を吹き出す銃のようなものを思い描き、そのまま手前に手を伸ばす。

 すると、手の中にワンタッチで楽々火を吹き出す銃があり、目を開けたぼくは、それを敵に向けて発射すればいいのだ。

 ただし、ぼくが作り出したものは全て、数時間後には消え失せるので、ぼくは、使い終えた銃を平気で草の上に放り投げて放置する。


 ぼくは、この二つの異能力により、ミリアンの集落を危機から救い、難病の弟を助けるための伝説の木の実を探すミリアンの後について旅を続け、他の集落や村を危機から救っている間に、いつの間にか救世主とまで呼ばれるようになった。


 そんな中、ぼくはミリアンとの口論を繰り返した。

 無敵の力を持っているがゆえに、だらだらと続く同じような道の途上のどこであっても、口論に相応しくない場所など存在しない。


「しかし、この世界はどこもかしこもおかしな事だらけだよ。

 まずは、魔力という非科学的なものが存在しているのがおかしいし、

 無生物と生物と動物がごちゃまぜになったモンスターたちだっておかしい。

 あんなのは本来はいるはずがないんだ。」


「またその話?」


 ミリアンは聞き飽きたとばかりに、虚ろな目をぼくからそらす。


 水色の長い髪に毛穴のない白い肌、砕いた紫水晶のように複雑にきらめく瞳。

 この上なく整っているがゆえに、目を離すとすぐに溶けてしまいそうな儚い顔立ちの下に続く細い首の更に下には、男であればどんなわがままでも喜んで聞きたくなってしまいそうな、めりはりのあり過ぎる体が、窮屈そうに毛皮の服に包まれている。


「君だっておかしいんだ。

 なぜ君のような女性が、ぼくなんかと二人きりで長い旅を続けてくれているんだ?」


「だから、いつも言っているでしょう?

 難病の弟を救うための薬を作るための薬草を手に入れるために、あなたが必要だって。

 薬草は魔王の城の中にあるんだもの。

 私の力だって、他のどんな人の力だって無力なのよ。

 あなたじゃないと、魔王は倒せないわ。」


「なぜぼくなら倒せると思うんだ?」


「だって、あなたは救世主なんですもの。」


「そう、ぼくは救世主だ。」


 それは、有翼人の集落に泊まったさい、神からのお告げで分かった事だった。

 その時の事をぼくは思い出す。


 天使のように白い翼を背中に生やした有翼人の巫女が、天に最も近いと言われるお告げの間で踊っていた。

 白い柱と屋根だけの周囲は、一面雲に包まれ、白くぼやけたその姿は、とても幻想的に見えた。


 そして、やがて、何度も手を天に掲げるような動作を繰り返していた巫女は、不意に立ち止まる。


「神からのお告げがありました。」


 巫女の厳かな声は、雲間を縫って、ぼくの心に突き刺さるように鋭く聞こえる。


「あなたこそ我々が何百年も待ちわびていた、この世界の救世主です。」


 その瞬間、切れた雲の隙間からあふれだしたベールのような光が、巫女の背後から神々しく輝き出す。


「だが、それだって、何だか何もかもがぼくにとって都合が良すぎる気がして、どうしても、ぼくは全てに馴染めないんだ。」


 ミリアンは、黙って風の音を聞いているように目を閉じる。


「世の中には運のいい人もいるのよ。

 弟のように運の悪い人もいれば、あなたのような人もね。」


 ぼくは、黙る。黙って、黙って、それから長い時間旅を続けて、ぼくは、ある日、ミリアンから離れて遠くへ走って行く。


 緑の木立がぼくを招き入れるように次々と現れては背後に消えて行く。


 ミリアンの吐く息と、ぼくを呼ぶ声が切れ切れに聞こえ、ぼくは、目を閉じて、頭の中でぼくを乗せて空中を飛ぶ巨大な鳥のようなものを思い描き、手を前に伸ばす。

 すると、手に確かなつるつるとした羽とその下の躍動する体を感じ、ぼくは、その鳥の上にまたがる。


 鳥は空へ飛び立ち、ミリアンも風の魔法を使ってある程度は上がって飛んでついて来るが、鳥の速度に負けて、徐々に遅れをとりはじめる。


「弟を助けてくれるって言ったじゃない!」


 消えて行く声を聞きながら、ぼくは目を閉じて、再度目を開き、前を見る。

 前方に広がる空間とその先の世界は、ミリアンから分断された真新しい世界だった。

 ぼくは、ゆっくりと息を吐き、新鮮な空気に自由を感じながら、それを思い切り吸っては体の中を満たしていく。



 それからのぼくは、ぶらぶらとこの世界を移動して、気まぐれに集落に立ち寄っては戦力を提供して暮らしている。

 しかし、どの集落も、どの村も、城のある城下町だって、結局は全て同じだった。


 ぼくは、どこにいても、自分の救世主としての力を発揮し、人々を助け、崇め奉られて、ドンや主や王などになった。

 ぼくを敵視する人間やモンスターなどどこにもいないし、ぼくの行動の妨げになる現象もどこにも存在しない。


 その結果として、ぼくは、果てしなく感じられるほどの退屈さに身を持て余した。

 こんな事ならミリアンについて行くべきだった。

 それがぼくの後悔の内容の全てである。


 仮について行ったとしても、結果的には疑念に囚われはしただろうが、少なくとも何らかの新しいと思える出来事が起きただろうし、目的に向かって前進している感覚によって多少は満たされた事だろう。


「ああ、つまらない。」


 ぼくは、声に出して言ってみて、少し可笑しくなって立ち上がる。


 すると、壁面に立てかけてある、透き通る鉱物と銀色の金属で作られた全身鏡に、自分の姿が映る。

 細いが程よく引き締まった長身の体。

 銀に近い金色の伸びない短髪に、青く透き通った瞳、髭も生えず黒子もない白すぎる肌。

 目つきこそ鋭く男性的だが、小ぶりで印象に残らない鼻と、いつでも笑顔を浮かべているように見える優し気な口元のせいで、全体的にどこか幼く見える、青年と少年の間を頻繁に行き来する瑞々しい顔。


 絶対にこんなはずはないんだがなあと思いながら、ぼくは、まじまじと自分の顔を他人を見るように眺める。

 じゃあ、本来のぼくがどんな顔をしていたのか。どんな人生なら、どんな物理現象に支配されているなら、本当の世界なのか。

 ぼくには何故かとんと見当もつかなかった。 


 ミリアンはそんなぼくを評して、いつもからかうようにこう言ったものだ。


「あなたの言っている本当の世界とか本当のあなたって、私から見れば作りごとの幻想みたい。

 あなたがそう思うのって、あなたの持つ合成と創造の力によるものなんじゃないの?」


 ぼくは、ミリアンの言うように、頭の中で幻の世界を創造し、その幻の世界と現実の世界を合成しようとして、結果的に現実の世界を否定しようとしているのだろうか。

 だが、ぼくには最初に砂漠にいた時より前の記憶がなく、だから、いつどこでどうやって言語を習得したり、物理現象を学んだりしたのかさえ謎なのだ。


 いずれにしても、ここが非現実なのだとすれば、思い出せるはずの現実を、ぼくはどうしても思い出せなかった。

 だから、ミリアンの言う事を完全に否定する根拠をぼくは持たない。


 最近ぼくは一つ発見した事がある。

 それは、夢の世界の中では、ぼくは、ぼくが思う通りの世界の中で生きているという事だ。

 ぼくは、それに気付いてから、積極的に夢を見て、その中にぼくの思う本当の世界と、この世界が間違っている根拠を探そうとしているのだ。


「ドン、そろそろ宴の準備をお願いします。」


 遠くの方から聞こえる反響する銅鑼声を無視して、現実から逃れているのか、現実に向き合おうとしているのかがよく分からないまま、ぼくは、静かにベッドに沈み、夢の中にするりと潜り込んだ。

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