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マーちゃんの深憂  作者: 釧路太郎


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邪竜モココココ

 マーちゃん中尉を巡ってイザー二等兵とマリモ子の争いが起きてもおかしくない状況ではあるが、イザー二等兵はマーちゃん中尉に対してほんの一欠けらも好意を抱いていないので何の問題も起きなかった。

「あのさ、その邪竜なんとかかんとかってのはマーちゃんじゃなくても倒せたらいいってことだよね?」

「倒してくれるんだったらマーちゃん中尉じゃなくてもいいけど、他に誰が倒せるって言うのよ。そんな人いるわけないじゃない」

 マリモ子についていた最後の虫を回収したイザー二等兵は阿寒湖に向かって真っすぐに手を伸ばして空に魔法陣を描きだした。その魔方陣は何かを移動させるときに使用される転移魔法陣にも似ていたのだが微妙に配置が異なっていた。魔法には詳しいはずのマーちゃん中尉も見たことがない魔法陣からゆっくりと出てきた人は目も耳も口も鼻も全て縫い付けられている状態であった。

「ちょっと、アレはいったい何なのよ。なんであんな怖そうな人を呼んでるのよ。何か意味でもあるの?」

「うるさいな。まだ途中なんだから黙って見てなさいよ。ここで止めたら邪竜を呼び寄せることも出来ないでしょ。昔から邪竜を呼び寄せるには極悪人の血が一番って言うんだし、今からあいつの血を湖に流して邪竜を呼び寄せるわよ」

「待って待って待って待って絶対に待って。そんなことしちゃダメ。神聖な湖を罪人の血で穢すなんて絶対にダメだって」

「ダメって言われてもね。それ以外に邪竜を呼び寄せる方法なんて知らないし、これが一番早いんだから見てなさいって」

「だから、そんなことしなくても邪竜モココココはやってくるから。簡単に呼び寄せることが出来るから」

 イザー二等兵はせっかく呼び出した罪人をどうしたらいいものかと悩んでいた。殺すためだけに呼び寄せた罪人をもう一度向こうの世界に戻すというのは良くないことなのだ。死を覚悟して召喚された罪人にもう一度死の恐怖を与えることにもなるわけだし、そんなことが許されるはずもないのだ。

「罪人って言ってたけど、どこの世界で何をしたやつなのよ。少なくともこの世界には罪人をあんな風にする文化なんて無いと思うんだけど」

「私も見たことなんて無かったわよ。でも、どっかの世界で死刑囚はあんな感じにされちゃうってこともあるのかもね。余程の事では死刑にならない国があんなことをやるのかもしれないわ。反対に、信号無視とかスピード違反でも気軽に死刑にしちゃう世界もあったりするのよ。そういうところはゲームみたいに命の数が一つじゃないってことが多いわね」

「さっきから何言ってるのか分からないんだけど。さっきの魔法陣っていったい何なのよ」

 イザー二等兵に対して言いたいことを代わりにマリモ子が言ってくれるのはマーちゃん中尉としても助かるのだろう。マーちゃん中尉も何度か口を挟もうとはしていたのだけれど、自分が言いたいことのほとんどをマリモ子が言ってくれていたので何も言うことが無くなっていたのだ。


 イザー二等兵が描いた魔法陣は他の世界から死刑囚を呼び出すものであった。一か月で三十人まで呼び出して自由に使っていいという事なのだが、死刑囚という事もあって最終的には確実に死を与えなければいけないそうだ。

 そんなサブスクがあってたまるかと思っていたのだけれど、目の前で見せられた以上は信じるしかないのだ。実際のところ、死刑囚の精神だけを送り届けてもらって肉体は忠実に再現されたものであるという事なのだが、さっきの人は元の世界でも目や口や鼻を縫い付けられているのかと思うと恐ろしく感じてしまった二人であった。

「このまま返すわけにもいかないし、邪竜を呼び出してもらって食べてもらうことにするか」

 イザー二等兵がまたとんでもないことを言い出してしまったのでマリモ子はイザー二等兵と死刑囚の間に割って入って止めようとしていた。

「だから、そんなことしなくてもいいって。変なもの食べたら邪竜モココココが体を壊しちゃうかもしれないでしょ。そんな事になったら大変だって」

「大変って、邪竜がいなくなるのはいいことなんじゃないの?」

「良いことでもあるんだけど、良いことだけじゃなくて悪いことが起こるかもしれないのよ。ずっと昔からこの地に影響を与えてきた邪竜モココココが急にいなくなったらどんな影響があるかわからんし」

 当然のことではあるが、マリモ子は死刑囚の事なんてこれっぽっちも考えてはいないのだ。そもそも、死刑囚であってもこの世界の住人ではないしどこの誰かもわからないのだ。そもそも、人間かどうかも定かではないような存在なのだ。

「それだったら、邪竜なんとかかんとかをマーちゃんが倒すのも良くないってことじゃないのかな」

「それは大丈夫。マーちゃん中尉は国防軍に正式に所属している立場なんだから邪竜モココココを倒しても問題ないのよ。それどころか、国防軍の隊長クラスの人間が直接始末したとなればすぐに代わりの神様がやってきてくれると思うの。だから、マーちゃん中尉が邪竜モココココを倒すのは問題ないって事なのよ」

 イザー二等兵はさらに何かを言いたそうにしているのだが、今の状況を変えるのは難しそうだという事を理解していた。

 こんなことに時間をかけてもしょうがないという気持ちもあるのだが、邪竜がどこにいるのかわからないと何もしようがないのだ。戦うにしても戦わないにしても一度くらいはその姿を確認しておきたいところである。


「これから邪竜モココココを私が呼び寄せます。その恐ろしい姿を一目見ればあなたも考えを改めると思うのでじっくり見なさいよ。さあ、邪竜モココココよ。その姿を我が眼前に示せ」

 マーちゃん中尉もイザー二等兵も阿寒湖から出てくるものだと思っているので一生懸命湖面に変化がないか目を皿のようにして確認していた。だが、風も吹いていない今日みたいな天気の日は水面に映し出されている綺麗な景色がやたらと心を落ち着かせてきた。

「どこにもいないんだけど。邪竜モココココってどこにいるんだ?」

「邪竜どころか遊覧船も出てないんだけど。こんな小田屋から湖からどんな化け物が出てくるって言うのよ」

「えっと、凄く言いにくいんだけど、阿寒湖から出てくるんじゃなくてあっちの山から向かってくると思うよ」

 マリモ子は雌阿寒岳を指さして二人に教えていたのだ。二人とも阿寒湖から出てくると思っていたので少し拍子抜けしてしまったのだが、表れたじゃ中の姿を見てさらに気が抜けてしまっていた。

「ごめん、こいつが邪竜だって知らなかったから、さっき私がボコっちゃった。ちょっとだけイライラしてたんだけどね。ちょっとやり過ぎちゃってるかも」

 弱点が変化するので倒すことは実質不可能だと言われていたはずの邪竜モココココは体のパーツが一つずつ欠損した状態でフラフラと宙を漂っていた。なぜあの状態で生きているのかが不思議に思えてしまうくらい体が傷付いているのだが、そんな状態でもイザー二等兵を見つけた邪竜モココココは媚びるような態度でゆっくりと近付いていったのである。

「いったいどういう事なのよ。なんであのプライドの高い邪竜モココココがあんなことになってるのよ」

 何もかもがおかしいと思いながらもこれですべて丸く収まったなと思ってしまったマーちゃん中尉であった。

 何も解決はしていないけれど、これで一安心だという感じで片付けようとしているのであった。

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