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冬王と鞠姫  作者: チゲン
第一話 冬王と鞠姫
9/24

8頁

 右爪の重い一撃を、短刀の刀身で受け止める。

 風のうねりを感じて背後へ跳びすさった。異形の左腕の突きが空を切った。

「ウウ……」

 異形が体を捻り、苦しげに呻いた。背の傷が痛むらしい。そのためか動きにも切れがなかった。

「いける」

 冬王は心中でほくそ笑んだ。

 再び異形が飛びかかってきた。

 その足元に潜り込み、左のももを斬りつけた。異形が悲鳴をあげて、バランスを崩した。

 流れるような動作で斬り上げる。左手の爪を五本とも一気に切断した。

 異形がひるんだすきに、背後に回り込み、今度は右腕に短刀を走らせる。

 二の腕をざっくりと切り裂いた。肉が裂け、どす黒い血が飛び散り、異形がまた絶叫をあげた。

 一旦離れて呼吸を整える。

「どうしたよ。もう終わりか?」

 冬王が余裕の笑みを浮かべ、異形を挑発ちょうはつする。

 その言葉を理解したのかどうか、異形は血が溢れでる右腕を押さえつつ、憎悪に満ちた目を冬王に向けた。

「北条ノォ……」

「さっきから北条北条うるせんだよ」

 北条と言えば、この鎌倉どころか日本じゅうで知らぬ者はいない家名だが、少なくとも今の冬王には関係がなかった。所詮しょせん、異形の戯言たわごとだ。

「これで終わりだ」

 トドメのひと太刀を浴びせるべく短刀を構える。

「オオオオオッ!」

 咆哮ほうこうをあげて異形が跳びかかってきた。

 だが遅い。左の拳を易々(やすやす)とかわすと、隙だらけの懐に飛び込む。

 狙うは、その首。貰った。

 だがその短刀の刃を、異形がガチリとくわえこんだ。

「!」

 一瞬動揺した冬王の腹に、左の拳が叩き込まれる。

「がッ!」

 体が軽々と飛ばされ、大路に叩きつけられた。

「ぐ……」

 痛みで意識を失いそうになる。

「くそ……やりやがったな」

 力を振り絞って何とか立ち上がった。だが視界がくらくらと揺れ、姿勢を制御できない。

 まずい。

 異形がゆっくりと近付いてくる。

 このままではられる。

 異形が左腕を振り上げる。

「冬王!」

 いつの間にか、鞠が異形の背後に駆け寄っていた。

「ばか、来るな……」

 喉から声をしぼりだすが、鞠には届かない。

 異形が背後の気配に気付き、振り返ろうとした。だがそれより早く、鞠が手を伸ばして異形の背に触れた。

「ガアッ!」

 その瞬間、異形がびくりと反り返った。

「え……」

 冬王は目を疑った。

 鞠が触れた部分から黒いもやが噴きだしていた。まるで肉が焼けげるように。

「ガアァァ……」

 異形は目を剥き、震えながら、苦悶の声をあげている。

「何だよこれ……」

「これが異形の正体です」

 鞠が告げた。

「アアアアア……」

 その醜悪な形相が、徐々に人間のそれに戻りつつあった。

「まさか……」

「もう少しです。もう、少し……あった。きっとこれが核」

 鞠の額から汗が滲みでる。

「行きます!」

 ぎゅっと目を瞑り、まるでそこから何かを送り込むように、掌を強く異形の背に押しつけた。

 次の瞬間、異形の背からひと際大量の靄が飛び散った。

「ぐアッ!」

 異形が白目を剥き、その場に崩れ落ちた。

 いや、その姿はもはや人間そのものだった。髪や髭が伸び放題なこと以外、とくに変哲へんてつもない壮年の男だ。

「嘘だろ……」

 冬王は恐る恐る男の顔を覗き込んだ。

 傷だらけだが、まだ息をしている。

「ほんとに元に戻しやがった」

 今度は鞠の顔をまじまじと見つめた。

「良か……」

 微笑みかけた鞠の体が、不意に傾いだ。

「危ねえ!」

 咄嗟に抱き留める。

 柔らかい感触が腕を通して伝わってきた。

「おい」

 息が細い。顔色は蒼白そうはくで、体温もずいぶん下がっているようだ。

「しっかりしろ」

「私、うまくできましたよね」

「ああ」

 冬王が頷くと、鞠が満足げに微笑んだ。

「良かった……」

 今にも消え入りそうなほど弱々しい声だったが、安堵に満ちていた。その目蓋まぶたがゆっくり閉じられていく。

「おい、おい」

「ふゆおう」

「何だよ」

「ありがとう……」

 鞠の体から力が抜け、ずしりとした重みが伝わってきた。

「ちょっ……」

 最悪の事態を想定したが、鞠は安らかな寝息を立てていた。どうやら気を失っただけのようだ。

おどかしやがって」

 心の底から安堵の息が漏れた。

「……にしても」

 改めて倒れている男を見やる。

 返す返すも信じられない。幻を見せられているかのようだ。

「世迷い言じゃなかったんだな」

 腕のなかで安心したように眠る鞠を見て、少し困る。

「うーん、どうすりゃいいんだ」

 まずは彼女をどこかで休ませる必要があるだろう。さすがに地べたに寝かせるというのは酷だ。だがこの男を放っておくのも気掛かりだ。

「一旦こいつをウチに連れて帰ってから、また戻ってくるか」

「その必要はない」

「!」

 不意に、背後で何者かの声がした。

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