表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬王と鞠姫  作者: チゲン
第一話 冬王と鞠姫
8/24

7頁

 その日の夜。

 溜め息交じりに、冬王は人気のなくなった鎌倉の町を歩いていた。

 異形は夜に多く出る。故に人々は日が落ちると家に閉じこもり、早々に火明かりを消してしまう。

 外で多少の物音がしても……例え助けを呼ぶ声が聞こえても、決して戸を開けてはならない。

「まったく」

 篝火に照らされた仄暗ほのぐらい道を歩きながら、冬王は再び溜め息を吐く。

 目下、彼の頭を悩ませる問題は二つ。

 ひとつ目は幕府の番兵による巡回。

 犠牲者が増え始めて、ようやく幕府も異形対策に重い腰を上げていた。番兵による深夜の見回りもその一貫である。

 庶民にとっては頼もしい限りだが、冬王にとってはありがた迷惑だった。もし見付かれば、昨夜のように不審者として追われてしまうからだ。

 そして二つ目。

「いつまでついてくる気だよ」

 冬王は強い口調で、背後の闇に声をかけた。正確には闇ではなく、彼が振り向いた瞬間に物影へ隠れた人物に向かって。

「……」

「バレバレなんだよ。いいから出てこいって」

 すると物影から、小柄な少女が、決まり悪げな顔をしながら姿を現した。

「おまえさあ、跡つけるんなら、せめてもうちょっとうまくやってくれよ」

「……うまくやっておりました」

「どこがだよ」

「やっておりました」

 小柄な少女……鞠が、ねたようにそっぽを向く。

 冬王は溜め息を吐いた。

 今朝のやりとりを思いだす。


「異形退治に連れてけぇ?」

 冬王はまたか、と呆れて嘆息した。

「さすがに冗談よね?」

 なづるが若干じゃっかん強張こわばった笑みを浮かべて問い返す。

「いいえ、冗談などではありません」

 鞠はきっぱりと否定した。

「私は何としても異形を人に戻さなければならないのです」

 どうやら本気らしい。

「その……何があったか知らないけど」

 なづるは少し困ったように、子供をさとすような優しい口調で鞠に言い含めた。

「危険すぎるわ。あなたも、夕べのことでそれは判ったでしょ?」

「……」

 あれほど恐ろしい思いをしたのだ。大の大人でも、しばらく表を出歩く気にさえならないだろうに。

「確かに、私の見立てが甘かったのは認めます。でもだからこそ、冬王の力を借りたいのです」

「俺の力?」

「冬王の……異形を退しりぞけるほどの力です」

「力って何のことだよ」

 冬王がわざとらしくとぼける。だが鞠は、かぶりを振って否定した。

「ごまかさないで下さい。冬王があの刀で斬りつけたときだけ、異形が苦しんでいたではありませんか」

「……気付いてたのか」

 冬王の短刀は、新熊野いまくまのというめい妖刀ようとうだった。異形を斬ることができる数少ない刀である。これが無ければ、いくら冬王とて異形をほふることはできない。

「ダメよ」

 横合いから、なづるがきっぱりと言い放った。

「例え冬王がいっしょだったとしても、危険なことに変わりはないわ。相手は異形だし、何があるか判らない。ほんとは冬王にだって、異形退治なんてやってほしくないんだから」

「おい俺は……」

 思わず冬王の方が反論しかける。が、なづるに目で制された。

「……承知しました」

 案外素直に、鞠は説得を受け入れた。

「無理を言ってしまいました。どうか忘れて下さい」

「いいのよ」

「では私は失礼します」

 必死だった割りには、あっさり引き下がってくれた。

 とにかく冬王もなづるも、ほっとしながら鞠を見送った。 


 てっきり、それであきらめたとたかをくくっていた。

「頼むからさっさと帰れ」

「嫌です」

 かたくなに鞠は拒絶する。

「ほんとに死ぬぞ」

 しかも楽に死ねるとは限らない。四肢ししを引きちぎられたり、生きながらはらわたを喰われたという話もある。

「だいたい異形を人に戻すなんて、できる訳ねえんだよ」

「ですから、それを試してみたいのです」

「遊びじゃねえんだぞ」

「それくらい判っています」

「じゃあ、どうやるんだよ?」

「どうって……口では説明できません」

「あのなあ」

 冬王は頭を掻きむしった。

世迷よまごともたいがいにしろよ」

「私は本気です!」

「本気って……」

「私にはこれしかないのです」

 そう呟いて、思い詰めたように拳を握りしめる。

「……」

 判らない。何が彼女をここまで駆り立てるのか。

『おまえみたいなガキに異形退治なんかできる訳がねえ』

 ある人に言われた言葉がよみがえる。あのとき感じた悔しさも。

「くそ」

 再び乱暴に頭を掻く。

「いいよ、もう。送ってってやるから、家まで案内しろよ」

「ですから……」

「今晩はしまいだ。昨日の今日じゃ、どうせ見つかりっこねえし」

「そうなのですか?」

 いくら頻発していると言っても、さすがにそう毎日毎晩出没する訳ではない。まして広い鎌倉で、そうそう都合よく遭遇できる訳がなかった。

 昨夜の異形も、噂をもとに数日かけてやっと見つけたのだ。

「ですが……」

 鞠が何か考え込んでいる。

「夕べの異形には、恐らくすぐに出会えると思います」

「はァ?」

 妙に確信めいた物言いに、冬王は首をひねった。

「だから、そう簡単に見つけられんなら苦労……!」

 そこまで言って、体が硬直する。

 生ぬるい風が吹いてきた。

 通りの先から、何者かがゆっくりと近付いてくる。

「まさか……」

 微かな腐臭。これは血の匂いだ。

「北条ノ匂イガスル」

 掠れた声が耳朶を打った。

 暗闇から、のそりとそいつが姿を現す。

 伸び放題の髪と髭。さながら刃のように長く伸びた爪。

 眼窩の奥に光る、赤黒い眼。

 口から溢れる瘴気のような息。

「昨日の異形……」

「北条ノ匂イガスル」

 異形が呟く。

 冬王は腰の短刀を抜いた。

「ほんとに現れやがった」

 信じられないが、鞠の言った通りになってしまった。に落ちない部分はあるが、今はこの好機に感謝したい。

「ブッ殺してやるぜ」

 舌なめずりをする。

「冬王、待って下さい。あの方を殺めては……」

「うるせえ。引っ込んでろ!」

 しゃしゃり出ようとする鞠を一喝いっかつした。

 短刀を握る手に力を込める。体が熱を帯びてくる。

「さあやろうぜ、化け物!」

「オオオッ!」

 異形が跳ね、冬王の短刀がきらめいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ