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冬王と鞠姫  作者: チゲン
第一話 冬王と鞠姫
7/24

6頁

 朝餉を終え、ようやくひと心地ついた。

「ごめんなさいね。こんなものしか出せなくて」

 クズ野菜と魚のアラ、それに僅かばかりの米が入っただけの質素な雑炊ぞうすいだが、これでも冬王たちにとっては結構なご馳走だった。

「いいえ、とても美味しかったです」

 鞠が満足そうに微笑む。

「それなら良かったわ」

「お世辞で喜ぶなよ……いてッ」

 なづるに脇腹をつねられ、冬王が思わず顔をしかめる。

「色々な物が手に入りにくくなっていると聞きましたが、本当なのでしょうか」

 鞠の問いに、なづるは軽い溜め息を吐きながらうなずいた。

「ええ」

「やはり御謀反ごむほんの影響ですか」

「そうみたいねえ」

 一昨年、京で時のみかどによる討幕計画が明るみになった。

 事態を重く見た幕府は、帝を捕らえて隠岐おき配流はいる。だがその後も帝の意をんだ様々な勢力が周辺各地で兵を挙げ、二年が経過した現在も畿内きない一帯は内乱状態にあった。

 ろく波羅はら駐屯ちゅうとんしている幕府軍も、鎮圧ちんあつに相当手を焼いているらしい。その影響で西方からの物流がとどこおっているのだ。

「何だおまえ、そんなことも知らねえのかよ」

 冬王が、したり顔で鞠をからかった。

「ガキでも知ってるぜ」

「わ…私はその……」

 鞠がしどろもどろになる。

「こら」

 なづるが冬王の頭を小突こづいてたしなめた。

「人には人の事情があるの。知らないことは決して恥ずかしいことじゃないわ。冬王だって、まだ自分の名前をちゃんと書けないでしょ」

「そりゃ……習い始めたばっかりだし」

「手習いが嫌で、しょっちゅう逃げだしてるのは誰?」

「う……」

 痛いところを突かれ、冬王は口をとがらせた。

 そんな二人のやりとりを見ながら、鞠が微笑ましげな、それでいて少しさびしげな笑みを浮かべる。

「恥ずかしながら、私は屋敷にいることが多くて、世の中のことを全然知らないのです」

「屋敷?」

 その単語を、冬王は耳ざとく聞き分けた。

 鞠が思わず口に手を当てる。

「屋敷って……」

「冬王」

 すかさず、なづるが冬王を制した。

「人には事情があるって言ったでしょう」

「……判ってるよ」

 どうやら、彼女は早い段階から何かを察していたようだ。

「ところで二人は、どこで知りあったの?」

 なづるが話題を替えてきた。もっとも無理に替えたという感じではなく、本当に興味があるらしい。目がきらきらと輝いている。

「どこって……こいつ、夕べ異形に襲われてたんだよ」

「えええ!?」

 しかしさすがのなづるも、これには驚かざるを得ない。

「本当?」

「……はい」

 鞠が、ばつが悪そうに顔を伏せる。

「何があったの?」

「それは……」

 言葉に詰まる鞠に替わって、冬王が口を開いた。

「そのくせ、こいつ俺に、異形は殺すなとか言うんだぜ」

「どういうこと?」

 なづるの頭に、たくさんの疑問符が浮かんでいる。

 二人の問い詰めるような視線に耐えかねてか、鞠は歯切れが悪そうに言葉を発した。

「あの、私は異形を、その……」

「何だよ。はっきり言えよ」

 冬王が苛立ちまぎれに口を挟むと、鞠はびくりと身を竦ませた。

「こら冬王。そんな乱暴な言い方しちゃダメでしょ」

 なづるが再び冬王を嗜める。

「無神経な子で、ごめんなさいね。いいの、無理に話さなくていいわ」

「でも……」

「事情があるんでしょ?」

 鞠が小さく頷く。

「ほら、冬王もちゃんと謝りなさい」

「はァ? 何で俺が?」

「女の子には優しくしないとダメ。いつも言ってるでしょ」

「嫌だね。だって、こいつが邪魔したせいで異形を取り逃がしたんだぜ。あの野郎、今度会ったら絶対ブッ殺してやる」

「……!」

 その言葉に反応して、鞠が視線を上げた。

「な…何だよ」

 どこか思い詰めたような表情に、冬王は思わず息を呑む。

「異形をあやめるのはやめてほしいのです」

「またかよ」

「何度でも言わせてもらいます」

「おまえな……」

「異形といっても元々は人です。私たちと同じなのです」

「んなこた知ってるよ。でも一度異形になっちまったら、もう戻れねえんだよ。おまえも夕べ見ただろ」

「確かに見ました。でも私なら……」

 そこで一旦、口ごもる。

「私なら、人に戻せるかもしれないのです」

「……え?」

「はァ?」

 予想もしなかった告白に、冬王もなづるも互いの顔を見合わせた。

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