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冬王と鞠姫  作者: チゲン
第一話 冬王と鞠姫
4/24

3頁

 少年が、握っていた短刀で異形の背を斬りつけた。

「グアッ!」

 赤黒い血を巻き散らし、異形がよろけた。

「えっ!?」

 少女が驚愕する。武士の斬撃ざんげきではひるみもしなかったというのに。

「オオッ!」

 異形が背後に向かって爪を走らせた。だが少年はひらりとかわすと、少女をかばうように異形との間に立ちはだかった。

「おい、動けるか?」

「は…はい」

 少女は反射的に答えていた。

 見知らぬ見る顔だ。粗末そまつな小袖を着て、髪は無造作に後ろでくくっている。

「邪魔だから下がってろ」

「で…ですが……」

 少年の向こうで、異形がゆっくりとこちらを向いた。だが、すぐに苦悶くもんの声をあげてよろめく。背に受けた傷が痛むようだ。

「とどめだ」

 少年が身を低く構えた。

「待って!」

 少女が、咄嗟とっさに後ろから少年の袖を掴んだ。

「えっ!?」

 少年が驚いて背後を振り返る。

 その隙を突いて、異形が家を飛びだした。

「あっ、待て!」

 少年が、少女の手を強引に振りほどき、慌てて追いかける。だが表に出たときには、すでに異形の姿は闇に消えていた。

 まさに一瞬の出来事だった。

「嘘だろ……」

 異形が逃げていった方向を見て、少年が呆然ぼうぜんと呟いた。

「やっと見つけたのに」

 余程ショックだったのか、あわれなほどがっくりと肩を落としている。

「あの」

 少女が恐る恐る少年に声を掛けた。

「お怪我けがはありま……」

「どういうつもりだよ!」

「ひっ」

 突然の怒声に、少女は思わず首を竦めた。

「ど…どういうとは……」

「あと一歩ってとこで邪魔しやがって」

 物凄い剣幕けんまくで、少年が少女に詰め寄る。

「おまえ、あいつの仲間なのか!?」

「ち…違います」

「じゃあ何なんだよ!」

「何と言われましても……」

「言われましても、じゃねえよ。くそ、もうちょっとで、あいつをブッ殺せたってのに!」

 少年が心底悔しそうに、右の拳をパンと左のてのひらに叩きつける。

「こ…殺すなんていけません!」

 突然、今度は少女が声を荒らげた。

「はあ?」

 思わぬ反論に少年は耳を疑う。

「何だって?」

「ですから、軽々しく殺生せっしょうをしてはいけないと言ったのです」

「おまえ、まさかアレが何か知らねえのか?」

「そ…それは知っていますが……」

 だが少年の威勢に圧されたのか、たちまち声が小さくなってしまう。

「ちッ」

 少年は苛立いらだたしげに舌打ちすると、少女に背を向けた。

「あの、どちらへ?」

「決まってんだろ。あいつを追うんだよ」

 すると少女が、先程と同じように少年の袖を掴んだ。

「でしたら、私も連れていって下さい」

「はっ?」

 少年は再び耳を疑う。

「何で俺が、おまえを連れてかなきゃならねえんだよ」

「どうか、お願いします」

「そもそも、おまえが邪魔したから逃げられたんだぞ。それを……何なんだよ。さっきから意味が判らねえよ」

「お願いします。どうしても連れていってほしいのです」

「嫌だ」

 少年はきっぱり拒否すると、少女の手を振り払った。しかし少女も、りずに再び少年の袖を掴んだ。

「やめろって!」

「ですから、私も連れていって下さいとお願いしているではありませんか」

「だから嫌だって言ってんだろ。いいから放せ!」

「いいえ。連れていくと言うまで放しません」

「放さねえと……」

 少年が拳を握って振り上げる。

「!」

 少女は一瞬首を竦めるが、気丈に唇を引き結び、逆に少年の顔をにらみ返した。

「お…女子おなごを殴るなど、悪師わろしのすることです!」

 その気迫に思わず少年がたじろぐ。言葉の意味をよく理解できないせいもあったのだが。

「何だよ、わろしって」

 そのとき、表通りの方から複数の人間の足音が聞こえてきた。ちらほらと松明たいまつの明かりも見える。

 こちらに向かってくるようだ。おおかた夜の町を巡回じゅんかいしていた幕府の番兵たちだろう。

「くそ、もうぎつけやがった」

 少年が忌々(いまいま)しげに顔をしかめた。

「ついてねえな」

「!」

 その瞬間、少女が動揺して少年の袖から手を離した。

「あん?」

 先程までの気丈な様子から一転、まるでい子のように心細い顔をしている。

「ほんとに何なんだ、こいつ」

 とりあえず解放されたことに間違いはないので、少年は闇のなかへ身を転じた。

「あっ、待って下さい。まだ話が……」

 気付いた少女が呼び止めるが、

「じゃあな」

 一陣の風のように路地の隙間に消えていった。

「あそこだ!」

「そこの者、待て!」

 四、五人の番兵がその後を追う。

「まだ聞きたいことがあったのに」

 少女が肩を落とす。

「あら?」

 足元に小さな巾着きんちゃくが落ちている。どうやらあの少年が落としていったようだ。

 少女は巾着を拾い上げると、もう一度少年が走り去っていった方角を見た。

「動くな!」

 そのとき複数の番兵が少女を取り囲んだ。

「怪しい奴!」

 番兵たちが槍を構え、包囲の輪を縮めてくる。

「あの、私は……」

 少女はおろおろしながら番兵たちの顔を見回す。松明の火が目に痛い。

「待て」

 そのとき、番兵の間を割って直垂姿の青年が姿を現した。

「あ……」

 少女が小さく声をあげた。

「ここはいい。おまえたちは死体の始末と、今しがた逃げた者を追え」

「ハッ」

 青年が命じると、番兵たちが動きだす。

「あの……」

 少女が、ばつが悪そうに小さく声を掛ける。

 だが青年は、きつい眼差まなざしで少女を睨みつけた。それだけで、少女は思わず首を竦めてしまった。

「また、お屋敷を抜けだしてきたのですか?」

 青年が少女に詰問きつもんした。言葉こそ丁寧ていねいだが、有無を言わせぬ口調だった。

「それは……」

 少女が口ごもる。

「このようなことはおやめ下さいと、何度も申し上げたはずです」

「……ごめんなさい」

「まったく」

「あの、どうか父上には内密にお願いします」

「……」

 呆れたように溜め息を吐く青年。

「とにかく、お屋敷までお送りしましょう」

「父上には……」

「心得ております」

 青年にうながされ、少女は夜道を歩きだした。

 そのときになって、自分が手のなかの巾着を握りしめていたことに気付く。

「あの子……無事なら良いのだけど」

 また少年が逃げ去った方を見やった。

「いかが致しました?」

「何でもありません」

 巾着をふところにそっと仕舞しまうと、少女は青年に連れられて夜の鎌倉を歩いていった。

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