四十八話 生徒会長
カラスマスクの男が、暗翔を退けると紅舞の手首を強引に掴んだ。火球を手元に宿し、一度は抵抗する。だが、他のメンバーが暗翔の瞳に刃を向けたため、能力を鎮めるしかなかった。
「黒城黒城の殺害が目的だが、目撃者である貴様も処分しなければならないようだ」
引き摺り出された紅舞だが、なぜかデバイスの通知音が鳴る。
『【レグルス女学院】理事長権限により、周囲一キロメートルの範囲内における【実践戦闘】を一時的に解除します』
紅舞が、悔しげに唇を噛んだ。徐々に刃が喉元に入り込んでいく。肩を震わせながらも、男達を睨み返していた。
暗翔は未だ倒れ込んでいる。能力を使えば、一時的に状況を変えられるかも知れないが、暗翔が人質である以上は意味がない。
視線の抵抗は虚しく空を切る中、どこからか冷徹な口調が呟かれた。
「申し訳ありませんが、我が校の生徒から離れていただけませんか? 非常に不愉快で堪りません」
紅舞の目の前に、突如として現れた球体が、男達を纏めて吸い込むと、そのまま消えてしまった。まるでブラックホールのように光一筋も見通せない球体は、目的を終えたのか、収縮して霧散する。
呆気に取られていた紅舞の名が呼ばれた。
「大丈夫ですか……ほぅ? 貴女は人殺しで有名な『一ノ瀬』さんですね」
「せ、生徒会長……!?」
「先程の輩は理事長の刺客か」
驚愕げに目を丸めた紅舞。すると、暗翔の再生が終わったようで、すらりと立ち上がった。
「そちらは黒城さんですか。団体戦での噂は聞き及んでいますよ。なんでも、三秒で【ヴラーク】を全滅させたとか」
「あれは仕方なくだな……」
「謙遜する必要はありません。自己紹介がまだでしたね。私は『蒼冥』と申します」
よろしく、と暗翔が軽く告げる。紅舞は形だけ礼儀正しく頭を下げた。
「……丁度良いな。今回のランク争奪戦には生徒会長の力が不可欠だ。俺なんかが頼むのもおかしいだろうが、協力してくれないか」
ランク争奪戦を引き起こした原因には、暗翔自身が大きく関係している。万が一にも【アルカディア魔学園】が負けては洒落にならない。
生徒会長という立場上、協力はしてくれるだろう。だが、暗翔自らが頼んだ意図とは、無関係な全生徒を巻き込んだという申し訳なさが心に尾を引いているからだ。
「蒼冥と呼んで結構ですよ。それで、頼みについてですが……断ります」
「え、生徒会……蒼冥さんはランク争奪戦に積極的だと思いましたけど……」
眼鏡をずらした蒼冥に、紅舞が遠慮がちに呟く。
「無論、先程のような工作員から生徒達を守るために動きはしますよ」
「なら勝負してくれ、蒼冥。そして、俺が勝ったら全力でランク争奪戦に挑んでくれないか?」
「……ははっ。私に挑戦しますか。これも生徒会長の役目ですかね。良いでしょう――」
返事の旨を耳にした瞬間。
暗翔は地を蹴飛ばすと、蒼冥の胸元に入り込む。手に握られていた一振りの短剣が、弧状の軌跡を描いて首先へと迫る。蒼冥と視線が合う。なんと、彼は危機的状況なのにも関わらず、満足げに微笑んでいた。
「なるほど、噂に違わない強さだ。しかし、そこまで簡単に要求は飲めませんね」
着実に目標の首元へと辿り着いた刃先だったが、血を喰らうことはなかった。
「っ……これは厄介だな」
暗翔の姿勢が崩れると、背後へと吸い込まれるようにして、身体が浮かぶ。ブラックホールとも呼べる物体が、暗翔と紅舞を飲み込まんと豪快に辺りを吸い上げていた。建物や道路、木々や電線――この世の全てを虚無に帰すかのように、中へと消えていった。
暗翔が地面に足を引っ掛けるも、掴み先のない紅舞がブラックホールへと吸われていく。時間はない。恐らく、飲み込まれてしまえば即死。その前に、蒼冥を倒すしか選択肢はない。これは【実践戦闘】。しかし、カラスマスクの男達が一時的に解除したという通告が来たため、もろに食らえばひとたまりもない。
【レグルス女学院】の連中には、既に能力の存在が共有されているだろう。
【アルカディア魔学園】唯一にして孤高のランク七。学園最強の男が、最強暗殺者と視線を交える。刃物のように鋭利な瞳が交錯。
正真正銘、蒼冥は本気でこちらを殺しに来ている。つまり、対等の殺し合いを望んでいるということだ。ならば、相応の応酬を返してやらなければ――。
「世界に終焉をもたらせ『封印されし起源の書たちッ」
人類史上最悪の天災をもたらした能力の名を、弱冠二十歳にも満たない青年が叫ぶ。呼応したように、背後に四つの書籍が浮かび上がった。
「……はっ!? 暗翔、それって能力じゃないのッ」
「ほぅ……まさかとは思いますが、大陸に出現した初代【ヴラーク】を討伐したのは――」
はっとしたように、紅舞が蒼冥に視線を注ぐ。もはや能力を隠すつもりもない暗翔が、不敵に唇の端を上げた。
「『第三章』の開幕だ――あぁ、始めようか。仕事を」
一冊の書籍が、高速で捲られていく。黒い煙がトグロを巻いて暗翔の片手を包み込むと、杖の形を形成。頂点にはめられた闇色の宝石が、毒々しく光っていた。
「正直、一度傷を負ったから漫然の状態じゃない。二度目で終わらせる」
「手加減は不要でしょうね」
「暗翔……!」
紅舞の下半身がブラックホールに飲み込まれている。
「『ニュートン・グラビティ』。この杖の名前通り、重力操作が可能だ。全力で行かせてもらう」
一度杖を地面に叩くと、周囲の物体が全て重力方程式を無視したかのように、浮遊する。粉々に瓦礫の屑となったアスファルトの残骸が空を占領。世紀末の景色だ。
暗翔や蒼冥も空中に躍り出た。呼吸をしようとして口を開けると、重力に肺が押し潰されたかのように胸元が痛む。
無数の瓦礫を集約すると、蒼冥に向けて総重量を放つ。受け止めれば肉片も残らないような速度と物理量が、空をひたすらに飛来する。
「甘いですねッ」
三つのブラックホールが現れたと思いきや、堂々と瓦礫を収束させていき、全て分散されてしまう。
「甘いのはお前だろう? 蒼冥……ッ!」
「なっ……!?」
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