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掌編小説

青空の下で

作者: タマネギ

「最後にもし敵に捕まり、

捕虜となった時には、この玉で死ぬんだ。

ただ、それは、おまえがやりたいように

やればいい」


「ありがとうございます。

いただきます」


私は隊長から最後の玉を受け取り、

首からぶら下げていた

お守り袋の中に、大切にしまった。


隊長は私が玉を受け取るのを見届けると、

血だらけの笑顔を見せて

息絶えていった。

油の残り少ないランプが、

かろうじて、隊長の顔を照らしている。


隊長……

死んでゆく仲間を置き去りにしてまで、

この地下壕に逃げ込んだのも束の間、

隊長の頭の傷は思った以上に深くて、

最早、その命が尽きることも、

おわかりになっていたんですね。


たから隊長は、

残り少ない水を私に飲ませて、

自分は一滴も口にしようと

されなかったんてすね。

さぞかし苦しかったでしょう。

隊長、ほんとうに、

私のために、すみません。

ゆっくり休んでください。


私は隊長の亡骸を

地下壕の隅に横たわらせた。

できればすぐにでも外に連れ出し、

体調が好きだと言っていた青空の下で、

荼毘に付してさしあげたいが、

今は外に出てゆくことはできない。

最後に‥お前がやりたいように‥の一言は

死ぬなという意味になるのだから。


しかし、今のままでは、

もうすぐ、私も死ぬことになるだろう。

せめて、隊長の為にも、

もう一度青空を見て死にたい。

なんとか外に出て、ほんの一瞬だけでも

空を見上げられないだろうか。


ランブの灯りも、もう後少しで消えるだろう。

暗闇になるのが先か、

私が倒れるのが先か、

ああ、ほとんど何も見えなくなってきた。

よしっ、どの道闇にしか行き着かないんだ。

隊長を背負って外に出よう。

そして、空を見て死のう。


心の中でそう決めると、

体の中から不思議な気持ちが

湧いてくるような気がした。

私はふらつく足元で、どうにか隊長を背負い、

地下壕の入口に向かって歩き始めた。


遺体となっていた隊長は、

思っていた以上に重く、

途中何度か落としそうになりながらも、

漸く鉄板でできた扉の前に

たどり着くことができた。


隊長をいったん下ろし、

鉄板に耳を当てて外の様子を窺う。

近くに奴らはいないのか。

とても静かだが……


耳を澄ますと、遠くで風の音が聞こえる。

鳥も鳴いている。

木が揺れ、森のざわめきが……


ああ、なんて、優しい音なんだ。

それにしても様子が変ではないか。

奴らはどうしたんだろう。

あれほど、容赦なく、

我々を攻撃していたのに。


よしっ、ここまで来たんだ。

扉を開けるぞ。

隊長、もう少しで空か見えますから。


私は隊長を背負い、

そのまま体重をかけて、重い扉を押した。

日の光が少しずつ差し込んて、

暗い地下壕の奥へ伸びてゆく。


隊長が背中からずり落ちそうになり、

もう一度背負い直してから

最後のひと押しをすると、

扉は完全に開いた。


私は眩しい日差しに思わず目を瞑り

そのまましゃがんだ。

そして、隊長を草の上に横たわらせ、

上を見てゆっくりと目を開いた。


……ああ、隊長、青空ですよ。

その下には緑の森が広がっています。

なんて美しいんだろう。

夜戦に紛れて逃げ込んだために、

地下壕の入口がこんな高台にあったなんて……

隊長、見ていただいてますか。

感慨にふけりながら、

横たわる隊長に話しかけた。




「ううううっ、ここは、どこだ?」


「……」


「やけに明るいなぁ、眩しい」


「ああああっ、隊長、まさか……

生きておられたんですか」


「俺はここにいるじゃないか」


「そうですね、隊長……よかった」


「やけに、静かだな。奴らはどうしたんだ?」


「わかりません。外に出てみましたら、

誰もいなかったんであります」


「おまえ、顔をやられたのか?

ひどい傷じゃないか。よく外に出られたな」


「私の顔は大丈夫であります。

私ははっきりと、隊長のお姿が見えております。

それにほら、この青空も、眼下に広がる

森の緑も、はっきりと見えております」


「そんなはずはないだろう。

目も潰れているんじゃないのか。

そうか、この俺を喜びせようとしているんだな。隊長

おまえはなんて強靭なやつなんだ」


「何をおっしゃっているんですか?

私ははっきり見えているんです。

隊長にこの青空を見ていただこうと、

そのために、地下壕から出てきたんです。

隊長、ご覧になってください。

隊長がお好きな青い空であります」


「そうか、青い空だな。広くて美しい。

わかった、よくわかったぞ、ありがとう、

俺は嬉しいぞ」


「喜んでいただけて、光栄であります」


「だが、おまえには話さなければならない

ことがあるようだな」


「なんでありますか?何でもおっしゃってください」


「おまえ、あの玉を持っているか?」


「はっ、はい、ここにあります」


「よし。その玉で、この俺の頭を打て」


「えっ、隊長を打つのであります?

そんなことはできません。

せっかく生きておられたのに。

そんなに苦しいんでありますか?

しっかりして下さい」


「落ち着いて聞くんだ。

俺はこの場所があの世だと思う」


「あの世?隊長は我々が

死んでいるお思いですか?」


「わからん。そうかもしれないと思っただけだ。

だから、試してみるんだ。

俺はもう年だし、充分生きてきた。

お前の足手まといにはなれん。

いいか、もし俺が目を覚まさなければ、

ここは我々がもといたところだ。

そのときは、お前は生きろ。

幸い奴らはもうここにはいない。

それに、お前は優しくて強い。

まだまだやるべき事があるはずだ。わかるか?」


「……」


「そして、もし俺が再び目を覚ましたなら、

その時は二人で迎えを待とう。

きっとご先祖様が迎えに来てくれる。

さあ、やるんだ」


「隊長、私は……私は……あああああっ」




私は隊長の命令をどうすることも出来ず、

お守り袋を握りしめ、突っぶして泣いた。

真っ赤な涙が流れ落ちて、

あたりの草が茶色く変わってゆくのが見えた。

その間、隊長は仰向けになったまま、

穏やかな顔で、青空を見つめてくれていた。

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