婚約破棄された元聖女ですが、腹いせに魔物ぶん殴っていたら魔王におもしれー女と言われました
「アリス・ミラー! お前との婚約をここで破棄させてもらう!!」
それは私の婚約者、ルイス・アークライト第二王子の誕生日パーティーでのこと。
私ことアリス・ミラーはその会場で婚約破棄を告げられた。
「はい。それでは謹んでお受け致します」
私はペコリと一礼する。そんな様子に困惑していたのは婚約破棄を告げた王子の方だった。
「な……! 俺を侮辱するというのか!?」
「侮辱ですか……? 一体何のことでしょうか? わたくしはただ、王子がそう在りたいというのですから、その希望に沿った行動をしているだけなのですが」
私の言葉に、王子は歯噛みをする。困惑、動揺、そんな空気に満ちた会場内。婚約破棄を告げたというのに、告げられた側である私が毅然とした態度を取っていたら、王子の面子も丸つぶれだろう。
王子が困惑するのも無理はない。何故なら、私はこの婚約破棄を王子に告げられるその前から知っていたのだから。
「酷いですよ~~、アリス様。わたくしだけではなく、婚約者であったはずの王子までこうして辱めを受けさせるなんて~~。 貴方、それでも聖女なのでしょうか?」
ここで王子の隣に、一人の貴族令嬢がゆったりとした足取りでやってくる。イザベル・ヘイワード。僅かにたれ目で、私と同じ十七とは思えないほどの童顔。肩まで伸びた銀の髪と、金の瞳が特徴的な貴族令嬢だ。
「そ、そうだ! お前はイザベルに随分と酷いことをしたらしいな! 聖女の名を使って、裏で彼女のことを虐めていたとそう聞いたぞ!!」
「……らしい? 聞いた? 随分と曖昧な表現をされるのですね。もしかして王子は確証なくそう仰られてるのでしょうか?」
私が知る王子は曖昧なことを嫌う。特に噂や人伝に聞いた話で他人を評価することを嫌い、自分の目で確証を得たがる人物だ。
だと言うのに、今の王子からはそんな様子カケラも見えない。王子は少し言い淀んだ後、イザベルに視線を送り、再び口を開く。
「ええい黙れ! 全てはイザベル自身が言っていたのだ! 彼女の言葉に偽りがあるわけないだろう!!」
私はチラリとイザベルに視線を向ける。イザベルはあたかも私に虐められたか弱い令嬢を気取って、王子の背に隠れていた。その手はギュッと王子の服を掴んでいる。
「わたくしはアリス様にたくさん酷いことをされましたわ〜〜。階段から突き落とされたり、学園の廊下で足を引っ掛けられたり……挙げ句の果てにはわたくしの研究を自分の物だと言い張って……。
アリス様……いや、アリス・ミラーは聖女の名を騙った悪女なのです〜〜!!」
なんだこのクソアマ、悲しむような素振りは一瞬で、嬉々として私を批判してくるじゃねえか。
……っと、ついつい本音が出てしまうところだった。しかし、この状況はどう見ても私に良くない。
何故なら、イザベルの言葉が本当か嘘か置いといても、会場はイザベルの言葉に賛同する声の方が多いからだ。
「わたくし見たことありますわ! アリス様がイザベル様を虐めているところ!!」
「わたくしもですわ。わたくしが目撃したのを気付いたかと思えば、聖女の立場を利用して脅してきて……」
「まあ! わたくしなんて、アリス様が路地裏で怪しげな人達と話しているところを見ましたわ!」
と次から次へと出てくる私の悪い噂。それらを最初に囁き始めたのは、イザベルの友人だ。つまりこれはあらかじめ仕組まれていたことなのだろう。
ざわつく会場に、私への非難の目線が一つ、また一つと増えていく。普通なら萎縮するところだが、私はこの展開をあらかじめ予知していたため、なんとか平静を保てている。
(ここまで予知と一致していると、マジで卒倒したくなるわね)
私が聖女と呼ばれる所以、それは未来を予知する能力と人並外れた光属性の魔法が使えるからだ。
未来を予知できると言っても、予知が起きるのは偶発的で、さらにいつの未来かイマイチ分からない。なんともまあ使いにくい力だ。
ちなみにイザベルが言っていたことは半分嘘で半分本当のことだ。階段で落とされたというのは、イザベルが階段で私にわざとぶつかってきて転ばそうとしたが、イザベルの体幹が弱くて自分が転んで落ちただけだ。
足を引っ掛けてきたのはイザベルの方で、私が転ばなかったら、向こうが勝手にバランスを崩して転んだのである。
研究成果云々に関しては、どうしてもと言うから資料などを貸したら、私の物を自分の物だと主張してきたのだ。おかげで私は追加の研究を短期間でする羽目になった。
「彼女は私に真の愛とは何か説いてくれた! お前みたいな力があっただけの聖女とは違う!! 慈悲の心を持つ彼女こそ、真の聖女に相応しい!!
お前から聖女の称号を剥奪する!!」
王子の、この宣言は私の予知でも見なかった物だった。
***
「はあ……今日は色々と疲れた」
私は学園の制服に、薄茶のローブを羽織って、人知れず王都郊外にある森に来ていた。
王子に婚約破棄を告げられ、さらに聖女としての称号も剥奪すると言われた後、その場にいた人達から会場を出て行けと言われ、更には……。
「何が、地方貴族の貴女には聖女の称号は重すぎたのですわ……だ。
私だって好きで聖女になったんじゃねー!!!」
近くに人がいないことをいいことに、私はそう叫ぶ。
私は王都出身の人間ではない。地方にある小さな町を治める貴族の出だ。
聖女としての力は生まれつき持っていて、近所の人が褒めてくれる程度だった。だがその力の話を聞いた行商人達が聖女がいるという噂をし始めたことがきっかけで、私の存在が王族や大教会に知れ渡ったのが数年前。
その後、私は有無を言わさず、王都に連れて来られ、王都の貴族や王族しか入れないような学園に入学し、ルイス・アークライト第二王子と互いが望まない婚約をしたというわけだ。
「王子との仲が冷めきってたのは否定しないけど、私だって努力したんだよチクショー!!!」
バァン!と近くにあった木を殴りながら私はそう言う。
私と王子の仲は冷めきっていた。そもそも私達の婚約は互いが望んだわけではない。王子には婚約者がいなくて、そこに聖女という立場だけで選ばれたのが私だった。
無論、最初の方は仲良くしようとあれこれ努力した物だ。しかし王子は……。
『俺達の婚約は望んだ物ではない。君が無理に俺に付き添おうと思わなくてもいい。
俺が君に婚約者として求めるのは聖女としての振る舞いだけだ』
なんてことを言われて、聖女としての振る舞いや役割を果たすことを徹底するようになった。
勉強や環境にも慣れて、聖女としての立ち振る舞いや役割を全う出来るようになった頃、イザベルに嫌がらせを受けるようになり、そして今日のあれが起きた。
「何が真の愛! 何が真の聖女!! 浮気を正当化してるだけじゃない!!! あんな! 性悪女に! 聖女が務まるわけないでしょ!!!」
色んなことに怒っているのはその通りだが、一番怒りたいのは未来が見えながらも、あの場で何も出来なかった自分にだ。
あの場では強がって毅然とした態度を取っていたつもりだけど、全てが終わってみれば、私がただただ全てを失っただけだ。
厳密にいうと聖女の称号はまだ残っている。王子は剥奪すると言っていたが、王子の独断でそれを決めることは出来ない。大教会がそれを認めなければ、私から聖女としての立場や称号を剥奪することは出来ないのだ。
「王子だけじゃ無理にしても、イザベルが厄介すぎる……!! あいつならやりかねない!!!」
イザベルは枢機卿の娘だ。彼女は大教会に顔が効く。つまり、イザベルはやろうと思えば、私から聖女としての称号や立場を奪うことが出来る。それどころか、偽聖女としてあらぬ罪を着せることだって出来てしまうだろう。
「あーー!!!! もう!!! これからどうすればいいっていうのよ!!」
幾ら考えても、打開策なんて思いつかない。
いっそのこと人知れず、このままどこか遠い場所に行ってしまおうかと思った時だ。ズシン、ズシンと重たく巨大な足音が森に響く。
『グオオオオオオオッ!!!』
「魔物……ってデカ!?」
私はそれを見上げる。三メートルは超えるだろう巨大な熊。ジャイアント・グリズリー。それが私の目の前に立っていたのだ。
恐らくだが私が怒りのあまり、はしゃぎすぎたのが原因だ。近くにいたジャイアント・グリズリーを起こしてしまい、眠りを妨げられたことで怒っている。
それが私に襲い掛かろうと腕を振り下ろす。その光景に私は……。
「今怒ってるのは私なんだよ!! 空気読めやこのボケェ!!!」
私は魔力を込めてジャイアント・グリズリーに拳を叩き込む。ジャイアント・グリズリーは数十メートルは木々を薙ぎ倒して吹き飛び、二度と動くことはなかった。
ジャイアント・グリズリーが吹き飛んだせいか、魔物達の眼光が私に向く。どうやらここらの魔物を怒らせてしまったみたいだが……今の私にとっては丁度いい。
「文句のある奴しかここらにはいないようね。
丁度いいわ……お前らの命で婚約破棄、追放その他諸々の鬱憤晴らしてやろうじゃない!!!!」
光属性の魔法には、邪悪なる存在を滅し、人々の力を引き出す力を持っている。人並み外れたその才能を持つ私は、どんな魔物ですら一撃で屠ることができるのだ。
「一匹!!」
走りながら放った膝蹴りが狼型の魔物を跡形もなく消滅させる。私に敵意を見せるからこういうことになるのよ。
「二匹!!」
踵落としが魔物の頭部を砕く。私、以前にトマトを踏み潰してしまったことがあって、それと同じような感じに魔物はなった。トマトには申し訳ないと思ったが、魔物にそんな感情微塵も湧かない。
「三匹とその他ァ!!」
正拳突きが魔物に突き刺さって、衝撃波で周囲の魔物もろとも消し飛ぶ。これだけ殴ってもまだまだムシャクシャは止まらない。
『グ……ルル』
魔物たちが怯えて、私から遠ざかろうとしている。そっちから喧嘩売って、不利になった途端逃げるとか、そんな行動私のシマじゃ通じないから。
「オラァ! まだまだストレス溜まってるんだ!!! 逃げるんじゃねー!!!!」
逃げる魔物を追いかけて、私はさらに森の奥に進んでいくのであった。
***
「そもそも! あの王子! 王子としての自覚が少な過ぎるのよ!!」
私は魔物をぶん殴りながら王子への愚痴を口にする。二撃目辺りから魔物の抵抗がなくなったが、そんなのは気にしない。
「悪徳貴族にはすぐ騙される! 後先考えず、すぐに金を使う!! 一人で仕事を抱え込む! 生活に関することは私に何一つ相談しない!!
そんなに私が頼りないかどちくしょー!!!!」
魔物の頭を鷲掴みにしてフルスイングでぶん投げる。頭が引きちぎれて、粉々になったが一向に気が晴れない。
「はあ……はあ……で、ここどこ?」
私は呼吸で肩を揺らしながら、周囲を見渡す。ストレス発散に森で魔物を殴り始めてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。私は見知らぬ土地に来ていた。
「まあここがどこかなんてどうでもいいや。
それよりも王子もそうだけど、あのクソ女共もよ! 学園では散々私をいじめてきたくせに……!!」
イザベルとその取り巻き達。誕生日パーティーであることないこと口にしてきたあのクソ女狐……ではなく、いい性格をした貴族令嬢達は、学園で私を散々虐めてきた。
お茶会と称して、私を招いたかと思いきやお茶の中に下剤が盛られたことがあった。(光属性の魔力のおかげで毒への耐性があったからなんともなかったけど)
また別のある日には怖いお兄さん達をけしかけられたこともある。(路地裏で少し話をしたら大人しくなってしまってなんともなかったが)
はたまた料理実習の授業では故意的に刃物や作りかけの料理などが飛んできたこともある。(全部綺麗にキャッチ出来たが)
本人達はうまくやってるつもりで、私にバレていないと思っているようだが、魔法を使った魔力感知や予知で知った未来から逆算して、犯人を突き止めることなんて私にとっては造作もない。
一歩間違えれば大怪我もあり得ただろう。無論聖女を故意的に怪我させたとなればただ事では済まない。だというのに、彼女らは私をあれやこれやと虐めてくるのだから、そのモチベーションは凄いものだ。
「あいつらの脳みその中身一回見てみたいわ全く。どんな脳細胞してたら、あの場であんなこと言えるのよ」
「お前の力なら頭の中身を見るくらい可能だろう」
「物理的な話じゃありませんよ。精神的な話ですよ精神的な」
「そうか。ならば精神操作の魔法はどうだ? 魔法さえ使えれば口を割らすことはできるだろう」
「精神操作の魔法……たしかにそれはいいですねありがとうございます……って」
……って!!!!
「貴方誰ですか!? 気軽に話しかけてこないでください!!」
私は飛び退くような勢いで、声の主から距離を取る。も、も、もしかしてあの光景を見られていた……!?
「もしかして見ていました?」
「ふむ、見ていたというのはどこから見ていたのかを問うているのか? ならば答えは鮮明だ。お前が魔界に入ってきた時から一連の出来事は見させてもらったぞ」
「そうですか。残念ですが、一連の出来事を目撃されたというのなら仕方ありません」
私は全身に魔力を激らせて、私は相手の頭部目掛けて回し蹴りを放つ。何、少し記憶を飛ばしてもらうだけだ。
全力の魔力を込めて放った一撃だったが、結果は私が想像しないものとなった。
「余程見られたくなかったのか? 質問の答えを聞くなり、この俺に向かってよもやノータイムで攻撃してくるとはな」
私の回し蹴りは相手の頭部には至らず、腕で軽く受け止められてしまった。それも無傷で。
「それにこんな威力で回し蹴りなんてしようものなら、普通の人間は……いや、そこらに転がってる魔物だって即死するぞ」
「……貴方、何者ですか。私の回し蹴りを受けるとは只者ではないとお見受けしました」
私は足を元の位置に戻しながらそう言う。
彼の容姿をよく見ていなかったが、かなりの高身長だ。黄金の瞳に、漆黒の髪、微笑めば貴族令嬢達がこぞって色めき立つような優しげな顔つき……正直に言おう、私の好みから外れている!!!
まあカッコいいと思うし、びっしりと決めた礼服のような服装も似合ってる。ただ、額に生えている二本の鋭利な角が、聖女である私とどうあっても相容れないことを示していた。
「魔族ですね。それも高位の」
「そういうお前は聖女だろう? 長く生きたつもりだったが、これほど強い魔力を持った聖女は初めて見る」
僅かに低音の、耳障りのいい男性の声。確か一部貴族令嬢の中では、こういう聞きやすい声のことを、声がいいって言うそう。恐らくそれ。私は重低音の、男ではなく漢みたいな声が好きなので好みから外れるが。
「ふむ、そこまで見抜いたのなら名乗ってもいいだろう。俺の名前はジャバウォック。この魔界を治める魔王だ」
「魔王……!? っていうかここ魔界!?」
目の前に立っているのが魔王というのも驚きだが、ここが魔界ということにも驚きだ。魔界って、王都からかなり離れたところにある。歩いて数日で行けるような場所ではないのは確かだ。
「気が付かず魔界に入ったとは……つくづく面白い。数刻前だ。強大な魔力反応があったと思えば、多くの魔物ごと時空の穴が開いて、君が魔界に落ちてきた。
魔物の魔力とお前の魔力がせめぎ合った時はないか? そこで時空に大穴が開いたのだろう」
「……あ!」
そう言われて思い出す。ドラゴンと戦った時だ。ドラゴンが吐くブレスと私の拳がせめぎ合った時があった。恐らくその時に、時空に大穴が開いたのだろう。
「実は私、一度魔界に来てみたかったんですよね!!」
「……は?」
私は周囲を見渡す。
赤い空! 巨大火山! 寂れた大地! 黒い雲から降ってくる雷の槍!!
教会の資料で見た時から一度は来てみたいと思った。私が見たことない景色! 私の常識では測れない世界!
この世にこんなところがあるなんて、私思ってみたことなかった!!!
「空に浮かぶ島とか、紫の永久凍土があるって本当なんですか!?」
「……あ、ああ。確かにあるぞ。溶岩が流れる大滝もな」
「凄い! ここが本当に魔界なんですね!!」
憧れの地に足を踏み入れて、誕生日パーティーでのことは一気に吹き飛んだ。
「……クククク、魔界に来てみたかった聖女なんて初めて見た。普通は恐るはずなのにな」
「私の場合は恐怖よりも、好奇心が優ってしまう人間なので。偶然とはいえ、こんなところに来れるなんてとても感動しているんです!!」
見渡す限りの未知の世界!
そんなのを前にして、興奮しない方がおかしいだろう。
「恐怖よりも好奇心……か。俺の前でそんな風に振る舞ったのはお前が初めてだ」
「あ、そういや貴方魔王でしたね。最初は驚きましたけど、怯えたところでどうしようもないと思ったんですよね。さっきは防がれましたけど」
私は彼を見据える。この距離なら次は外さない。
「この距離なら当てます。私の見立てでは、ここでなら私と貴方対等です」
「対等故に恐れはないと。お前のいう通り、お前ならば魔王を殺せるし、私ならば聖女を殺せる。
その一点において我々は確かに対等な存在だろう」
彼の魔力が膨れ上がる。私の光属性とは対極の闇属性の魔力を肌でピリピリと感じる。どんな魔物が現れても命の危機を感じなかった。
だが、今私の目の前にいる魔王には、これ以上なく命の危険を感じている。けれど何故だろうか。不思議とここ最近で一番心地よい。
「まあ物騒なことを口にしているが、こちらとしては殺意も害意もない。むしろ、お前に興味が湧いた」
「ええ、奇遇ですね。私も貴方に興味が湧きました」
彼がニヤリと笑ったのを見て、私も同じく笑う。魔王と聖女、相反する存在だから相容れないと思っていたが、意外とそうではないのかもしれない。
だって、私たちは今、互いに興味を抱いているのだから。
「なるほど。俺を前にして興味を持ったか!
一目見た時からもしやと思ったが、この感情嘘ではない! お前に言わなくてはならないことがある」
彼は喜びを隠すことなく、そう口にする。
そして、彼は次の瞬間、私にとって衝撃的な一言を発する。
「面白い女だ。俺の嫁になれ」
「…………は?」
き、聞き間違いだろうか?
いやでも、彼は確かに……。
「まるで何を言っているのか分からないといった表情だな。お前に興味が湧いた。
お前を何がなんでも俺の女にする」
「……い、いやいやいやいや!!! わわわわわ、わたしを嫁にするって!? いや……ええ!?」
私は飛び退きながら、彼へそう言った。
ウブな訳ではない。これでも王子と婚約していた身だ。(少し前に婚約破棄されてしまったが)
それでも彼……魔王から飛び出してきた言葉は私の予想外だった。からかっているだけかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。情熱的に私を見つめる瞳が、それが本心であると語っていた。
「いや〜〜私、先程婚約破棄された身ですし、なんならついでに聖女を剥奪されかけてる身ですし……田舎者で、貴族とかそういうのは……ってそうではなくてですね!!!」
あああああああ、私なんて余計なことを口にしてしまったのだろうか!! 混乱して言わなくてもいいことを口にしている気がする!
「私は人間で、貴方は魔王なんですよ!?
どう考えたって、私と貴方が釣り合う訳ないじゃないですか!!」
「そうか? お前は人間といえど、聖女だろ? それにお前自身言ってたじゃないか。俺とお前は対等であると」
「だからその聖女は、ここに来る前に剥奪されているんですよ!!
それに対等っていうのは、その命のやり取り的なそういう意味であって……!!!」
カアアアと顔が赤くなるのをひしひしと感じる。目の前で起きていることに頭が追いついていない!
「何、数百年聖女や勇者というのを見てきた。その中で君は最高の一人だ。お前以上に聖女としての才能を持っている人間は見たことがない」
「そ、そうかもしれないですが……。
でも私、ストレスが溜まると貴方が見ていたみたいに、こう、暴力的な衝動に走ったり、本当は自分の意見を言わなかったりするのが苦手で、なんでも口にしてしまうというか、なんというか」
マジで何を言っているんだ私は。
これでは自分を必死に卑下しているみたいじゃないか! いやみたいではなくてそのものか。
私がそんなこんな混乱していると、彼は痺れを切らしたのか、魔法で私との距離を一瞬で詰めて、私が逃げられないように腕を私の身体の後ろに回して引き寄せる。
「先程、婚約破棄が云々と口にしていたが」
そして、空いた片方の手で私の顎を持ち上げ、私の視線を物理的に、彼の目が見えるようにしてきたのだ!! そうこれは俗に言う、顎クイというやつだろう!!
「君は意外と純情なんだな。こうするだけで顔が真っ赤になっているじゃないか」
「ッッ〜〜〜〜〜!!!!」
言葉にならないような声を上げる。
私の背中に触れる指は意外にもがっしりしていて、私が見せさせられている顔は、ほんの少し意地悪できりっとしている。
上腕二頭筋や大胸筋は鍛えられた男のそれであり、硬くも安心感と心地よさを感じてしまう。
そしてこの状況。様々な要素が一斉に私へと襲いかかり、心臓は高鳴りすぎて、今にも口から吐き出してしまいそうだ。
「愛を知らないように見える。お前のこと、もっとよく聞かせてくれないか?」
ええ、ええ!!! 撤回しましょう!!
声のいい男は好みじゃないって言ったこと! というか、彼をあんま好みじゃないしとか言ったことを!
優しげにそう聞かれて、落ちない女性がいるなら見てみたいものだ! 自分の感情が口に出せないほど、私は今、彼に惹かれつつあるのだ!
「お前を魔王城に招待しよう」
***
「ここが魔王城だ」
「魔王城」
私はついついそれを反復して言ってしまう。
確かに私の目の前にある城は禍々しくて、如何にも魔王が住んでいますよ感が溢れ出ている。彼はそれを気にもせず堂々と正門から入っていく。自分の家だから当然か。
「どうした? 入ってこないのか?」
「ま、まあ入りますけど……。なんというか現実感なくて」
私は彼の後に続いて、正門から魔王城に入ろうとする。その瞬間、正門の左右に置いてあった巨人の石像がゴゴゴという音を立てて、手に持っている大斧を私めがけて振り下ろしてくるではないか!!
「実は私を殺そうとしているとか、そういうことはないですよね?」
大斧は私に触れることなく、身体のギリギリのところで何かに阻まれたように止まっていた。私の魔力が大斧を阻んだのだ。
「そんなことはない。ただこの門番は融通が効かなくてな。特に聖女や勇者という奴が魔王城に入ろうとしたら、躊躇いなく攻撃してくる。
それを俺が忘れていた。すまないな」
「まあ怪我した訳じゃありませんし、そういうことで許してあげます……よっ!」
私は魔力を解放する。次の瞬間、光属性の魔力に当てられた巨人像は端からボロボロと崩れて消滅した。手加減したつもりだったが、この程度で壊れてしまうならもう少し強度を見直すべきだと思ってしまう。
「流石俺が見込んだ女だ。大魔法も耐えるように作ったはずだったのだがな」
彼はパチンと指を鳴らす。すると元いた位置に巨人像が現れたのだ。次は私に襲いかかってくることはない。
私達は魔王城の中に入る。私達が入ると廊下の端に控えた使用人たちが一斉に礼をする。
『おかえりなさいませ魔王様』
「……客を連れてくるから、それはやめろと言っただろう」
彼がそう言ったのを見て、つい私は吹き出しそうになる。だって、今まで散々毅然とした態度で私を口説いてきた人が、ツーンと唇を尖らせて不機嫌そうな表情をしているのだ。
「魔王様。お言葉ですが、貴方はこの城の主。こうして出迎えなくては下々の者そして、そこの人間に示しが付かぬというもの」
彼の前に、老齢な使用人が立ってそう言う。人間と口にした時、使用人達の目線が私に向いたのは気の所為ではないだろう。その目線は冷えていた。
「それに……人間、それも聖女を客人として迎えるなど、我々は賛成しかねます」
「ふむ、お前の意見は分かるがなセバス。お前は一つ大切なことを忘れているぞ」
セバスというのが使用人の名前らしい。そのセバスに向かって、彼は言う。
「彼女は客人であり、聖女であり、そして俺の嫁だ。それを忘れるな」
『な……ッ!?』
私とセバスの声が重なったのは偶然ではないだろう。そんなことはどうでもいい。それよりも私が気にしなくてはならないのは!!
「まだ認めていませんからね!!!」
「そうなのか? てっきりこの招待を受けた時点で認められた物だと思っていたのだが」
「そんな訳ないでしょう!? 頭のネジ足りていないんですか貴方!?」
「な!! 貴様! 魔王様に向かってなんて口を……!!!」
使用人達の敵意が増した気がする。そういや、彼は魔王だから、私の言葉は彼らにとってはありえない発言なのだろう。
「くくくく、やはり面白い。よい、彼女の発言は俺が許している」
「ですが……!!」
「くどいな。俺が許しているのだ。それともお前達は何をすれば認めるのだ?」
場の雰囲気がひりついていく。私としては全然構わないが、出来れば荒事はなしにしてほしいものだ。
「聖女と言うなら、光属性の魔力と魔法に精通しているはずです。魔王様の客人たりうる実力の持ち主かどうかこの身を持って試させていただきます」
「……それってつまりどういうことですか?」
私はそう言ったセバスに向けて聞く。私よりも一回り以上大きいセバスは、全身に魔力をたぎらせながら言う。
「お前の全力を見せてもらおう。聖女がある程度の攻撃魔法などを修めているのは知っている。手加減は不要だ」
「……じゃあ全力でやりますよ。文句言わないでくださいね」
こうして真正面から喧嘩を売られると中々全力で殴りにくい。今はさっきほどイライラしていないから、何かを殴ろうという気にならないのだ。
「そうだな。変に手加減するようなら、俺が見た一連の出来事を言いふらしてしまおうか」
「ということなので、全力なんて生ぬるいことは言いません。殺す気でぶん殴るので死ぬ気で耐えてくださいね」
私がストレス発散に魔物を殺しまくっていたなんてバラされよう物なら、聖女からヤベー奴になってしまうではないか!!
というかあんなのどう考えても黒歴史だから誰にもバラされたくない!!!
私は魔力を全力で解き放ち、セバスの鳩尾めがけて正拳突きを放つ。
ゴッッ!!という鈍い音が響いた後、身長190はあるだろうセバスの体はくの字に折れ曲がり、壁まで吹き飛んでいった。
ドン! べキャ! ドンガラガッシャーン!! そんな音を立てながら、セバスは数部屋ぶち抜いて吹き飛んでいった。
「これでよかったんでしょうか?」
「さあな。ただ、あれでは聞くことも出来ないだろう」
数部屋吹き飛んだ先でセバスは気絶していた。ドラゴンなら軽く消し炭になる威力だったのに、それを耐えるとは中々の耐久力だ。
「一応聞くが、これで文句のある奴はいるか?」
彼がそう聞いたとき、使用人達はただ視線を床に落としていた。
***
「先程は悪かったな。奴らも悪気がある訳じゃないんだ。そこは理解してやってくれ」
「自分の立場は分かっているつもりなので、まあ別に気にしていませんが……」
玄関でのゴタゴタが済んだ後、私は彼によって魔王の座というだだっ広い部屋に通された。
「さて、お前には聞きたいことが山ほどあるが、先ずは何故聖女が魔物と戦っていた?
そういうのは勇者や騎士、魔法使いの役割だと思っていたが」
彼は玉座に座りながら、私にそう聞く。たしかに一般的に考えれば聖女が魔物と積極的に戦うことはない。
聖女は一人でもある程度戦えるが、本来の役割は光属性の魔法や予知の力を活用した後方支援だ。私みたいに魔力で肉体面を強化しながら戦う聖女なんて、長い聖女の歴史でもごく僅かだ。
「別に大した理由はありませんよ。むしゃくしゃして魔物をぶん殴っていた……ただ、それだけです」
「もしかすると、お前が口にしていた婚約破棄が関わっているのか?」
察しがいいなこの魔王。まあこの際、何があったなんか話さなくても話しても大して変わらなさそうだし、胸にまだ残っているモヤモヤを解消するために私はこれまでのことを話す。
王子のこと。
聖女に選ばれてクソ王子と婚約したこと。
クソ野郎が真の愛だのほざき、私を悪女に貶めて婚約破棄したこと!!!
「話してたらイライラしてきた!!!」
一通り話し終えて、私は叫ぶ。このストレスどうにも収まる気配ないから、もういっそのこと直接あの二人をぶん殴るしかないだろう。
「大体のことは分かった。いくら聖女の力が強くとも、権力には勝てない訳か。面倒だな人間の世界とは」
「ええ! ぶん殴って解決するならどれほど良かったか!! それで私はストレス発散のために森で愚痴を叫んでたら、魔物が寄ってきてぶん殴っていた訳です」
「それで魔界にやってきたと。くくく、帰してやることは出来るが、帰ったところで聖女としての立場も剥奪されているだろう。帰ったところで何もないのはお前も分かっているだろう?」
彼の言うとおりだ。ずる賢いイザベルのことだ。私から聖女の立場を奪って、私が表舞台に出て来れないよう何か画策しているかもしれない。
そう考えたら帰るだけ無駄だ。なら私はどこに……? 故郷にでも帰る? 聖女を剥奪されて、王子から婚約破棄されたって両親が聞いたらなんて思うだろうか?
「どうだ? ほとぼりが冷めるまで魔王城にいるというのは。魔界にいたいのはお前とて本望だろう?」
「そ、それは嬉しい申し出ですが……貴方の部下から反感を買うだけなのでは?」
さっきの使用人達を見ていた感じ、聖女である私は魔族から嫌われてしまうだろう。目の前にいる彼だけは別だが。
「俺が黙らせる。それにお前が俺の嫁になれば、話は早くなると思うんだがな」
「貴方の嫁になるかは別として、貴方がそう言うなら頼らせていただきますね」
よくしてもらってるし好意だって感じる。ただ彼の嫁になるかはまた別の話だ。魔王の嫁になるなんてまだ全然踏ん切りがつかない。
「強情な女だ。どうすれば俺の女になってくれるんだ?」
「そう来ますか……うーんどうすればですか」
そう聞かれるととても困る。最初はない!って思ってたけど、私に手を差し向けて、こうして話し相手になってくれているのは確かだ。意外とこうしているのも悪くないと思う自分がいる。
ただ魔王の嫁になって、私自身どうなるのか想像もつかない。そもそも魔族と人間の恋なんて成立するのだろうか……?
そんなことをうんうんと悩んでいる時だ。
「……え?」
不意に予知がやってくる。私の予知は未来で起こる出来事を映像として見ることができる。いつもならそれだけで終わるのだが……今回は違った。
『どうやら魔物が大量に減っているようですわね』
『ああ、今のうちに魔界に攻め込むぞ!!
これが俺達の晴れやかな共同作業としよう!』
『ええ! 私たちの力を魔族に見せてつけてやりますわ〜〜! オホホホホ』
「……あーなんか、すっっっっごいイラッとする会話を聞いた気がする」
私が見たものはあのクソ王子とクソ女が軍を率いて魔界に進軍する姿であった。さらにその映像が流れた後、現在の二人の様子まで流れてきたのだ。
婚約者であったはずの私ですら一度しか入ったことがない王子の自室で、二人はイチャコラとそんな会話を繰り広げていたのだ。随分と仲が良いことでペッ!!
「どうかしたか? 一瞬だが周囲の魔力がお前に集まる気配がしたのだが」
「……予知を見ました。私の予知は多くの魔力を使うため、周囲の魔力が集まったのはそのせいでしょう」
恐らくだが、魔王城の魔力は私が元いた王国とは比べ物にならないほど多い。そのせいで普段は見られない、予知対象の現在……言い換えると千里眼的な力まで発現したのだろう。
「聖女の予知とはこれほどまでに魔力が動くのか。少なく見積もっても高位の魔族が使う上級魔法並みの魔力だぞ」
「実は私も驚いています。いつもなら見える未来はいつどこで、どんなふうに起こるのか分からないまま、未来で起こる出来事を映すのですが……今回は確信を持っていつ起こるまで分かりました」
パーティーで起きたことを予知した時、私が聖女を剥奪されるところまでは見えず、見えたのはパーティー会場らしき場所で王子とイザベルが私を責めている一幕だけだった。
しかし今回は未来の映像が見えると同時、それがいつ起こるのかまではっきりと分かる。未来を予知した本能がそれを察知したのだ。
「ほう? ならば聞くが……何を見たんだ?」
当然話の流れはそういうふうになるだろう。普段なら予知の内容なんて話さないが、この魔界で起こりうることなのだ。隠さず正直に話すのが筋というものだろう。
「ルイス・アークライト第二王子と、現聖女イザベル・ヘイワードがアークライト王国軍を率いて魔界に侵攻する姿です」
「ほう? なるほど、どこぞの誰かが魔物を減らしたおかげで魔界への侵攻が楽になったのか」
彼の視線が、どこか愉快そうに私へと向く。た、たしかに。魔物を減らしたのは私だが……。
「……うっ! そ、それを言われると少し痛いですね」
「過ぎたことを責めるつもりはない。だがまあ、ふむ。お前の元婚約者とそれを寝とった女が来るのか」
「ねと……!?」
彼が愉快そうに口元を歪めたのに対し、私はその言葉に驚く。意味は分かるし、実際その通りなのだが、それを口にすると負けた気がしたので黙っておく。
「お前に良いものを見せてやろう。それも最高の特等席でな」
「いいもの……?」
なんだろうすごい嫌な予感がするのだけど、同時にこれから起こるであろう出来事を待ちきれない自分がいる。
「ああ、意気揚々と魔界に足を踏み入れたことを後悔させてやろう」
そう言う彼の顔は魔王らしい笑みを見せていた。
***
「魔界に向かって進軍せよ! 魔族共に真の聖女である彼女の力と、高潔たるアークライト王国軍の力を見せつけるのだ!!」
ルイスの声が兵士たちを鼓舞する。
ド派手な戦車に黄金の鎧と光り輝く聖剣を持ったルイス。その隣には豪奢な衣装で身を包んだイザベルがいた。
「イザベル、この魔界進軍が成功した暁には、俺が王位を継承することになるだろう。そうすれば君を王妃として迎えることが出来る」
「ええ、楽しみにしていますわルイス様。この魔界進軍必ず成功させましょうね」
「ああ。それに君は俺に愛を説いてくれた真の聖女だ。行方不明になった偽物の元聖女に、今のイザベルを見せつけてやりたいくらいだ」
「ふふふふ、きっと彼女は嫉妬で狂って死んでしまうわ。だってこれは聖女にしか纏えない聖なる衣ですもの」
イザベルは笑いながらそう言う。実際、イザベルが身に纏っているそれは女神の衣といい、聖女にしか着ることが出来ないと伝えられている。邪悪なる力を跳ね除けて、仲間達に聖なる加護を与えるとも。
「それにルイス様の聖剣もとても美しいですわ。見ていて惚れ惚れするくらい」
「そうだろう! この剣と君の力があれば魔王すら簡単に倒せるはずだ!! そうすれば国王の座は俺のものに……!!」
ルイスは手に持った聖剣を天高く掲げて言う。かつて魔王を倒したと言われる聖なる剣。どんな邪悪すらも切り裂く無二の剣だ。
ルイス達が率いる王国軍が魔界へと突入する。何故か開いた次元の大穴を通って魔界に出た時だ。
「ふむ、どうやらお前が開けた穴というのは、軍隊が通って来れるくらいには大きかったようだぞ」
「す、すみません……むしゃくしゃしたとはいえやり過ぎました。反省はしますが、反映出来るかは約束出来ないかもしれません」
そんな男女の声が空高くから聞こえたのだ。
「なっ……!?」
「あ、あれは……!?」
それを見て一番驚いたのはルイスとイザベルであった。
なぜなら空高く。そこに長身の男性に抱えられたアリスがいたのだから。
***
は、は、は、恥ずかしい〜〜〜!!!!!!
なんで!? いや!! 興味が全ての元凶なんだけど!!!
私は、王国軍を前にしてなんで魔王に抱えられている訳!?
いや理由は分かりきっている。少し前だ。魔王である彼に、王国軍が来ることを予知してそれを伝えたら、特等席で良いものを見せてやると言われたからついてきてみればこれなのだ。
「あ、アリス・ミラー!! どうしてお前がそこにいる!?」
「そ、そうですわ!! まさかあなた王国を裏切ったのですか!? それでも元聖女でして!?」
クソ王子とクソ女の声が聞こえてきた時だ。
ブツっと私の頭で何かが羞恥心と共にブチ切れた。王国を裏切った? それでも聖女? そうさせたのはどこの誰だ鏡みやがれどちくしょー!!!!
「酷い言われようだな。さて、あいつらをどうして欲しい? それともどうしたい?」
「……少なくとも王子だけは一発ぶん殴らせてください。クソ女の方はどうでもいいです。見せつけとばかりに女神の衣きやがってちくしょう」
それは私が着たかった憧れの物だったのに!!!
結局着ることが出来ないまま、聖女を剥奪されてしまったのだが。
「そこにいるのは魔王だな!? この聖剣の輝きでお前を滅してやる!!」
「そうですわ! ちょうどいい機会ですし、堕ちた元聖女共々、女神の加護を受けた王国軍の力の前に平伏しなさい!!」
あの女、ちょうどいい機会とかぬかしやがった!! よし、あいつも後で一発ぶん殴ろう。
私はふと視線を下に向ける。女神の衣の力によって王国軍が光属性の力を纏っていくのが目に見える。これって何気にピンチなのでは? と私は魔王の方を見る。
「ふむ、女神の加護と聖剣の力か。たしかにそれは恐ろしいな」
「この光に焼かれて消え去れ!!」
聖剣の斬撃が私たちに向かって飛ぶ。女神の加護が上乗せされた強力な一撃だ。魔王は、片腕で私を抱きかかえたまま、もう一方片腕を前に突き出して……。
「それが本物の力であればな」
そう一言だけ言って、聖剣の斬撃を軽々しく握り潰したのだ。
「な!? ど、どういうことだ!? 魔王を倒した聖剣ではないのか!?」
「私による加護だってありますのに、こ、こんなことありえないですわ!?」
慌てふためく二人。二人は何度も力を奮って魔王へ攻撃するが、全部片手で払いのけられた。
実際、私にも何が起きているのか分かっていない。聖剣と女神の衣は王国に伝わる伝説の武具だ。だというのに魔王に傷一つすらつけられない。これは一体どういうことだろうか?
「説明が欲しければ後でしてやる。それよりも前に、お前はお前のやりたいことをやってこい」
「……それもそうですね。魔王様」
私は魔王の腕から離れる直前、魔王の方を振り返る。そして。
「たしかにちょっと良いものが見れました。だから次は私が良いもの、見せてあげますね」
理屈は分からないが、あんなに誇らしげに奮った力が全く通じないというのは、それはそれで良いものが見られた。
それに慌てふためく二人の姿は見ていて痛快だ。特等席で良いものは見られた。
だから次はこちらの番。ふわりと羽ばたくように魔王の腕から空へと移動して、そのまま直下にある二人がいる戦車へと落ちる。
ズガアアアン!!という音と砂埃を立てて、私は戦車に着地する。全身に魔力を身に纏わせて。
「……お、お前!! だ、誰を相手にしようとしてるのか分かっているのか!?」
「そ、そうですわ! 復讐なんて変なことを考えるのはおよしなさい!! そ、そう! ここで手を引いて魔王を倒せば、大神官としての立場は約束して差し上げますわ!! 悪くない条件でしょう?」
私に身の危険を感じてくれているようで何よりだ。そんなへっぴり腰で何を言われても私に届くことはない。心置きなく私はぶん殴れるというものだ。
「おおおおお落ち着きなさい!? たしかに貴女には悪いことをしたと思っていますわ!? だからそう! 今戻って来られるなら、ヘイゼル家が貴女を教会の人たちに推薦することだって出来ますわよ!? だからどうかお考え直しを……」
「ゴチャゴチャとうるせー!!!」
私に駆け寄ってきたクソ女に対して、私は前蹴りを放つ。俗的な言い方をするとヤクザキックだ。それはクソ女の腹に突き刺さり、クソ女は何度かバウンドして戦車の後ろへと吹き飛んでいった。
「ひ……ひぃ!? す、すまなかった!! これは一時の気の迷いなんだ!! この通りだ! 俺の一生を使って君に償う! だからどうか許してくれ!!」
クソ王子は頭を床に擦り付けるようにして謝る。いつもなら殴りにくいとか思っていたが、あいにくこの二人にはそんな感情持ち合わせていない。
「顔あげてください。いや、上げさせますね。失礼します」
「いだっ!?」
私はクソ王子の髪の毛を握って顔を上げさせる。恐怖で顔が引き攣ってそれはそれは酷い様相だ。私はニコリと微笑む。その笑みにつられて、王子がゆっくりと笑いかけた時だ。
「謝って済むなら騎士団はいらねえんだよこの頭スカスカ王子!!!!」
「へぶぅ!?」
顔面に右ストレートをかます。吹き飛ばないように髪の毛から胸ぐらに掴み直して、王子を片手で持ち上げておく。
「私の苦労とか!! 努力とか!!! そういうのを見ようともしないでよくそんなことが言えたな!?」
一発で収まるわけがなく。私は立て続けにクソ王子をぶん殴る。数発殴ったところで王子の顔は原型が分からないくらいパンパンに腫れていたが、私には関係ない。
「いっぺん!! 人生やり直してこい!! こんのドアホーーー!!!!」
胸ぐらを掴んだ手で王子を振り回した後、王子を戦車に叩きつける。後頭部を強打した王子は目を回して気絶していた。
「……ふぅ! 言いたいこと言ってスッキリした!!」
ストレス発散は直接ぶん殴るに限る。私は晴れやかな気持ちで振り向く。そこには一連の出来事を目撃して怯えた兵士達がいた。
「さて、文句のある人はかかってきなさい。文句がなければ回れ右してお家に戻ることをオススメするわ」
「て、撤退ー!! 魔界進軍は失敗!! 全軍撤退せよーー!!!」
聞き分けのいい兵士達で助かった。兵士たちは一斉に回れ右をすると、我先にと時空の大穴へと飛び込んでいく。そんな喧騒の中、魔王が私の前に着地した。
「ちなみにこの二人はどうするつもりだ?」
「別にもういいですよ。この人達は縁もゆかりもないただの他人です。これでもうね」
ストレスの原因とは断ち切るに限る。彼らも私には関わろうとしないだろう。
「しかし、まあ良いものを見させてもらった。益々、お前を面白い女だと思った。お前のことが欲しくなったぞ」
一連の出来事を見ていた魔王は、私に笑いながらそう告げるのであった。
***
王国軍とのゴタゴタから翌日。私は魔王城で客室を借りて一夜を過ごした。そして今、私は魔王の自室に来ている。
「それで……なんで魔王様には聖剣と女神の加護が効かなかったんですか?」
私は魔王へそう聞く。昨日残った最大の謎が私の中で消化しきれていなかった。
「ああ、それはな。あれらが偽物だからだ」
「偽物……!? いやだってあれ、王国に伝わる伝説の武具ですよ!! それが偽物だなんて」
そういえばそれっぽいことをこの魔王は言ってた気がする。
「ああ。数百年前だ。俺に挑んできた勇者達がいてな。その時に聖剣や女神の衣は力を使い果たしたのだ。王国に残っているのはそれらを再現しようとして、再現しきれなかったレプリカだな」
「まさかそんな話があるなんて……」
まあでもそれなら魔王に攻撃が効かなかった理由にも納得がいく。あれらは見た目が派手なちょっと特別な武具止まりだったということだ。
「それでどうだ? 気分は晴れたか?」
魔王は私にそう聞いてきた。そう聞いてきた魔王に対して私は。
「ええ、スッキリしました。これでこれからのことに目を向けていけそうです!」
「そうか!! ならば俺の……いや、ちょっと待て」
魔王は言葉を途中で止める。おかしい。私の予想ではこの後に俺の嫁になれというはずだったが、何かが違う。
「そういえばお前の名前を聞くのを忘れていた。とんでもない失態だ。
先ずはそこから始めてみないか?」
「…………ぶっ!!」
私はついつい噴き出してしまう。確かにそうだ。私は魔王の名前を知っているけれど、私は名乗っていなかった。確かに、始めるとしたらそこからだろう。
「そうでしたね。名乗るのを忘れていましたね魔王ジャバウォック。私の名前は……」
私の名前を私の言葉が紡いでいく。それを聞いた魔王……いやジャバウォックは笑みを浮かべてこういうのであった。
「アリスか……どこまでも面白い女だ。必ず俺のものにしてやるぞ」
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