甘味の館密室殺人事件:04話
ライムが館で働くようになって、一週間が経過したころだった。ライムが庭の花に水巻をしていると、ブオン、バリバリという轟くエンジン音が近づいてきて、館の前に駐車した。使用人の豊見永と相山が玄関まで出てきて、真紅のシボレーの運転手に礼をした。
「カナコ、先、入っといて。」という男の声が聞こえ、20代前半くらいの、明るい茶髪のギャルが助手席から出てきた。車はそのまま、館の東側にある駐車場へと去っていき、程なく、男が降りてきた。豊見永と相山が、男に「おかえりなさいませ、浩様。」とお辞儀をしていた。『そうか、あの人が話に聞いていた、八木末家の跡取り息子だな』と、ライムは豊見永から教わった家族構成を思い出した。館には、息子の浩が随分と幼いころの写真しか残っておらず、見た目からだけでは写真の人物が成長した姿とは思えなかった。金色のジャラジャラとしたネックレスを身に着け、黒いサングラスをかけ、髪はパッションフルーツのような毒々しい紫色に染めている。『元の世界にも居た居た、ああいうのをかっこいいと勘違いしていた奴が。たしか、ゾンビ隊の2番隊長だったかな。あいつの動きのトロさといったら、もう』と、昔のことを思い出してフフッと笑ってしまった。ライムが顔を上げると、浩とその連れの“カナコ”と呼ばれた女が目の前に立っていた。
「っひゃぁ!す、すみません!」
「コラ、何笑ってんだババぁ、テメェ!」
「あ、あの、先ほど庭の掃除をしていたときに、目にハエが入ってしまったことを思い出してしまって、…アハハ」
「ぁンだよ、コッチ見て笑ってんなよ、ババぁがよ」
「ってかオバサン、まつ毛長すぎて、ハエがハエトリソウだと思ったんじゃね?ウケるんですけど(笑)」
「いいから入るぞ、カナコ」
『確かに、父である魔王ロデから授かったこの長いまつ毛は自慢ではある。が、それをハエトリソウと一緒にするなど…!魔法が使えたのなら、お前たちを犬の糞にでも変えて、それこそハエがたかるようにしてやる!』と怒りを覚えたが、ここは穏便に済まさねばと思い直し、必殺の作り笑いでその場をやり過ごした。その二人は、事件が発生した当日の、珍しく午前中に館に戻ってきていた。普段は、浩が通う都内の大学近くのマンションで同棲しているらしく、めったに帰ってくることは無いそうなのだが。
庭仕事がひと段落したころ、まだ陽は高くギラギラと輝いていた。ちょーっと休憩がてら、厨房の冷凍庫に隠しておいたチョコチップアイスをいただこうかしら…と、ライムは口元ゆるゆるの顔で館に入り、厨房の一つ手前の扉を開けようとした。そのとき、バーンと扉が開き、ライムは鼻をぶつけてしまった。
「アイタッ!」
「ん?オバサン、ここのドアの開け方知らなかったの?」
「イテテ、いや、そうじゃなくて!ドアの向こう側には魔もn…じゃなかった、人がいるって教わるでしょ!」
「うるさいわね、オバサン。」
としていると、館の主の息子の浩が厨房から出てきた。
「オヤジには話付けといたから、帰るぞ、カナコ。」
カナコは「ちーっす」と言いながら、浩に付いて行き、やがて外から爆音のブロロ、バリバリが響き、音が小さくなっていくのが聞こえた。
『あ、そうだ』と、厨房に来た目的を思い出したライムは、再び扉を開けようとしたが、またバーン、である。
「イッ!」
「邪魔だっ!まったく!」
声の主は館の主人、良治であることに気づいたライムは
「ッ…!ヒェェ!すみません!」と謝ったが、頭を下げる使用人には目もくれず、主はドタドタと足早に去っていった。
「あんた、何してんの?」
「イテテ、あ、相山さん。」
使用人の先輩である相山幹恵によると、息子の浩は都内で夜な夜な遊び歩いているらしく、資金が底をつくと、こうして家に戻ってきて、親に軍資金をせびるのだそうだ。
その後、ライムは赤くなった鼻を冷やしながら、ちゃっかりアイスを食べたのは言うまでもない。
===登場人物紹介===
ライム 魔王ロデの第三王女。訳あって日本へと飛ばされ、人間として
八木末家の使用人として働き始める。
八木末良治 スイーツ専門店“アパレイユ”の三代目社長。自身の書斎で遺体と
なって発見される。
八木末万里子 良治の妻
八木末浩 八木末家の一人息子。大学生。
カナコ 浩と同棲中の女。
豊見永紗江 八木末家に住み込みで働く、年配の使用人
相山幹恵 同じく住み込みで働く、若い使用人
冨波恒夫 “アパレイユ”の副社長。会社の経営方針で良治としばしば揉めている。
浦田恭 八木末家お抱えの運転手。事件の2日前から失踪しており、行方が
わからなくなっている。
五里警部 八木末家の事件を捜査するため、屋敷にやってきた。
高梨刑事 同じく、事件を捜査している。
安倍 取調べの際に、ライムを五里警部からかばった、若い青年。