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甘味の館密室殺人事件:03話

あれから3ヶ月。仕事をサボっていたことと、貴重なお菓子を盗み食いしていたことは、魔王ロデに筒抜けだった。『魔界探偵まで雇い、身内を調査させるとは…お父様も、娘を信用してくださいな!外にもやることなら、たーっくさん、あるんじゃないかしら』と余計な一言さえ言わなければ、こんな辺鄙な世界へ飛ばされずに済んだかもしれない。


魔王ロデの第三王女である、魔女ライム。彼女は魔法が一切使えない世界、とりわけて顔の平たい人間が多く住んでいる“日本”と呼ばれる国へ飛ばされてしまった。人間に姿を変えられて。森を彷徨うこと1日、歩き疲れたライムの眼前に、大きな館が物憂げな表情で、それでいて煌びやかさを失わずに構えていた。人が200人は両手を広げて整列できるほどの庭の中央には、たっぷりと髭を蓄えた初老の男性の銅像が凛々しく立っていた。その男の左手には、柄に装飾が施されたスプーンが握られており、右手ではプリンの皿を所持していた。『もしかして、ここでご馳走にありつけないかしら…』飲まず食わずだったライムは、最後の力を振り絞って、人が1000人は整列できるほどの庭を駆け抜けて、その勢いのままで玄関を強くノックした。

「ごめんくださぁい!何か、何か温かくて甘い飲み物と、冷たいプリンをください!」

と叫んだところ、使用人らしき年配の女性が出てきて、にこりともせずにライムを中へと誘導した。


そこからは、ライム自身も驚くほどトントン拍子に話が進んだ。この館の主人は、全国にチェーン展開しているスイーツ専門店“アパレイユ”の三代目社長、八木末良治という男性だそうだ。訳あって、都心へ用事で出かけているとのことだが、夜には戻るそうだ。なんでも、最近雇った若い使用人が立て続けに2人も辞めてしまい、新たな募集をかけようとしていたのだが、ちょうどよくライムが迷い込んで来たため、採用したいと言い出した。

『スイーツ専門店、悪くないわね。ちょうど良い砂糖加減…じゃなくて、ちょうど住む場所と食事を与えてもらいながら、お金も稼げるわ。それに、奉仕しながら“徳”を積むことで、元の世界に戻れるようになるかもしれない。』そう考えたライムは、使用人の豊見永紗江の申し出を二つ返事で快諾し、八木末家の使用人として働くこととなった。

屋敷の使用人は、ライムと豊見永、それに相山幹恵という若い女性の3名だけだ。3階まであり、中央の階段を上ると、東西に長い廊下が広がっている。廊下の左右には部屋があり、1階は使用人たち、2階は子供たち、3階は主人の八木末良治とその妻万里子の寝室と書斎がある。屋上からは屋敷の南北を見渡すことができるが、郊外ということもあって、ライムが彷徨っていた南側の森と、北側には遠くに山が見える。何故か、日当たりの悪い北側に、白線で区切られた区画があり、相山にあれは何かと聞いたところ、テニスコートと呼ばれる遊戯施設だとわかった。相山はライムには興味が無いらしく、質問したときには眉を吊り上げて、まるで『そんなことも知らないの』と言わんばかりに怪訝な顔を見せた。午前中にザザッと降った雨のせいか、コートには水たまりができていた。

屋敷を一通り見て回った後で、ライムは使用人の服に着替えた。ちょうど着替え終わったときには午後6時のベルが屋敷中に暗い音色を響かせていた。程なく、玄関が開いて、“アパレイユ”の副社長である冨波恒夫が入ってきた。社長と連絡を取りたいが、電話もメールも無視されて頭にきた冨波は、なんと社長の自宅まで押し掛けたようだ。豊見永に聞くと、しばしばあることのようで、会社の経営方針で冨波と八木末は揉めているらしいことを教えてくれた。それからすぐ、八木末の妻である万里子が帰宅し、冨波とちょっとした会話を交わした。豊見永が、新しい使用人としてライムを雇いたい旨を万里子へ申し入れたところ、彼女はライムの頭から足先までを2、3度往復して、「あの人が好きそうな娘ね」と言い残して、豊見永の申入れを了承し、自身の書斎へと去っていった。その後、掃除・皆の食事の準備・後片付けをして、午後8時にはふぅと一息つくことができた。束の間の休息だったが、休む間もなく、主人の良治が帰宅した。お抱え運転手の浦田恭に介助されながら、へべれけの主人が屋敷に入ってくると、使用人は整列してこれを迎えた。良治は、ライムに目線をやると目をキラッとさせて「新入りさんかね。どうぞよろしく。」と言ってきた。「はい!どうぞよろし…」と答え終わる前に、冨波が良治のところへズカズカと歩いてきて

「社長!どうしていつも電話に出ないんですか!あんたね、会社のことを私に任せっぱなしにしておいて、役員会議にも欠席するなんて、言語道断だと思いますがね!」

と、唾が出るほどの勢いで良治を問い詰めたが、酔いが回っている良治にはノーダメージのようで、運転手の浦田を顎で使って、自身の寝室へと戻っていった。


その浦田は、事件の2日前に失踪しており、行方が掴めていない。1階の彼の寝室には行先を書いた置手紙などはなく、部屋の中が荒らされた様子も無かった。

===登場人物紹介===

ライム    魔王ロデの第三王女。訳あって日本へと飛ばされ、人間として

       八木末家の使用人として働き始める。

八木末良治  スイーツ専門店“アパレイユ”の三代目社長。自身の書斎で

       遺体となって発見される。

八木末万里子 良治の妻

豊見永紗江  八木末家に住み込みで働く、年配の使用人

相山幹恵   同じく住み込みで働く、若い使用人

冨波恒夫   “アパレイユ”の副社長。会社の経営方針で良治と

       しばしば揉めている。

浦田恭    八木末家お抱えの運転手。事件の2日前から失踪しており、

       行方がわからなくなっている。

五里警部   八木末家の事件を捜査するため、屋敷にやってきた。

高梨刑事   同じく、事件を捜査している。

安倍     取調べの際に、ライムを五里警部からかばった、若い青年。


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