甘味の館密室殺人事件:02話
青く細長い指を持つ女は、普段ならキィと音を出してしまう番を指でなぞりながら、まるで蟻の足音のように小さな声で呪文を唱えた。すると、食物を貯蔵するための冷暗庫の門がすっと空いた。彼女は少女のような可憐なものとは違った、ひきつった不気味な笑みを浮かべながら、冷暗庫の中へ入っていった。
魔王の第三王女であるライムは、何よりもこの倉庫でこっそりとプリンを食べる至福の一時を楽しみにしているのである。人間どもとの争いや、お父様が進めている世界征服、最近各地で現れた「勇者」を名乗る若くてイケメンな青年たち、といった世界情勢には露ほどの興味も無く、ただただ甘いもので腹と心を満たすことに快感を覚えている。しかし、勇者のせいで、姉のリャラスが支配する地域からの食糧調達が困難になり、砂糖が手に入りにくくなってしまったため、魔王城でもお菓子は制限されるようになってしまった。
『これも全部、お姉様が勇者(人間の男)に現を抜かしていたからよ』
と、ライムは心の中で姉を責めながらも、夜間にベッドを抜け出してプリンを食べることを日課としていた。あの忌々しい若造、勇者ガアラが率いる一行にコテンパンにされてからというもの、ライムは魔王城に引きこもっていた。表向きは“静養のため“としていたが、姉のリャラスが勇者の誘惑から目覚めない限り、勝ちを見出すのは難しいと踏んで、しばらくの間は関わらないようにボッチを決め込んだのだ。
階段を下り、右手側にある棚を見ると、今日もプリンが3個、誘惑のオーラを紋々と滲み出して佇んでいた。ライムには、暗視の魔法の力で、灯りがともっていなくても容器の場所、形がはっきりと見えていた。棚のビンに手を伸ばしながら、
『スプーンで、まずは黄色い貴方の横腹をつついて、それから甘ぁいカラメルソースを一舐めするのよ…』と唾をゴックンした。
ライムの指先が透明なガラスのビンに触れた瞬間、彼女の体はギュンと宙へと浮かび、棚のプリンは床に落ちてビンが割れ、石畳を黄色く汚した。