甘味の館密室殺人事件:01話
不憫、という言葉の意味を検索してみる。手元のスマホには“かわいそうなこと。あわれむべきさま。”との文字が映し出される。『あぁ、まさに今の私のことだわ。』そう思いながら、はぁ~と長い溜息をつく。
「次、玉豆さん、玉豆来夢さん。こちらへ。」
扉の近くにいた警察官に名前を呼ばれ、えっちらと腰を上げて隣の部屋へ移動する。ノックして入ると、先ほど高梨と名乗っていた線の細い刑事と、眼光鋭く胴が太い男が部屋の真ん中で座っていた。
「先ほどお話伺いました、高梨です。んで、こちらは五里警部。」
五里という名の男は、頭が小さく胸が厚そうで、まさにゴリラといった印象を持った。
「玉豆ライムさん、でいいんだね。君は昨晩、この家の主人の八木末良治氏が遺体となって発見されたとき、どこで何をしていたか、改めて聞かせてもらえないかね。」
見た目とは裏腹に、五里は丁寧な口調でライムに質問した。
「昨晩の22時から23時の間は、部屋でケーキを食べながらテレビを見て休憩しておりました。」
「ふむ。それを証明できる人間はいるのかね。」
「このお屋敷は敷地が400坪、お部屋は大小含めて12もございます。しかし使用人は少なく、皆それなりに忙しく働いておりましたので、私が部屋にいたことを確実に証言してくれる方はいらっしゃいません。」
「そうでしたか。やはり、少々引っかかるところがありましてね。貴女は3ヶ月前に突然雇われた。その前の職歴が一切無い、ときた。言っちゃあなんだが、28歳になるまで、どこで何をしていたんだね。」
『・・・まさか、魔王軍の幹部として勇者率いる討伐隊と死闘を繰り広げ、束の間の休息の際にこちらの世界に飛ばされた、と言っても信じてもらえないだろうなぁ。それに、28歳の独身クールビューティ、という設定は少々イタかったか…。』と心の中で思いつつ、
「それはやっぱり気になりますよね。えぇ。大学院時代に就職浪人しまして、それから、やっと入社が決まったと思ったところ、面接官からのセクハラ被害に遭い、1年ほど外に出られずにおりました。そこで、私には俗世…いえ、世間一般の会社ではお勤めできないと思いまして、たまたま募集がかかっていたこちらのお屋敷にお世話になることになりました。」
「たまたま、ねぇ。貴女、ここの主人は女癖が悪いという話は、聞いてなかったのかね。」
「いえ、そのようなお噂は…。」
「亡くなられたご主人から、性的な嫌がらせを受けたりはしなかったのかね。」
正直、あのどスケベおやじからは、身体を舐めるように見られたり、風呂あがりに下着が無くなっていたり、後ろから急に抱きつかれたりと、身の毛のよだつような行為を受けていた。元の世界なら、十字架に張り付けて火あぶりの刑に処していただろう。もっとも、この世界でその罰を受けるのは、魔女側と決まっているようだが。が、嫌がらせを受けていたことを言ってしまうと、先ほどの虚言の「面接官からのセクハラを受けて、引きこもった」という発言の信憑性が落ちてしまう。
「警部さん、あまりセンシティブなところをグイグイ聞くのは失礼ではないですか。」
急に聞こえた声の方角を見ると、部屋の右隅に、全身ビシッとした灰色のスーツで身を固めた男が立っていた。おそらく、ずっと部屋にいたようだが、今のいままで気が付かなかった。
「安倍君、これはちゃんとした捜査の一環だよ。彼女だって容疑者の一人なんだ。口を出さんでくれんかね。」
「彼女にはちゃんとしたアリバイがありますよ。昨夜、彼女と会ったときに、口の周りにクリームがついていましたから。その見た目のクールさと違っていたので、よく覚えていますよ。直前まで何か甘いものを口にしていたことの証明になりませんかね。」
「うーん。安倍君の証言が正しいなら、彼女はシロだな。」
ひとまず、容疑は晴れていないが、昨夜のお楽しみの時間だけは信じてもらえたようだ。この安倍という青年と、大魔女ライムの初めての邂逅は、豪邸で起きた密室殺人事件の取調べ中に果たされたのだった。