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聖天海武  作者: 弌樹カリュ
第一部 西海殿の武神官
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8話 人影

「うっひょおおおおおー! 人だあーっ!」


「ま、待て! うかつに他のやつに近付くなああああ!」



 途端に急降下して、人影のいる扉へ近付く静客。

 それを止めるジェスは独占欲の塊――というわけではなく、純粋に飛翔のための法術への法力供給を止めたことを心配しているのだ。


 飛翔は一つの法術だが、実際は複数の工程が含まれている。

 地面から足を離す、自由自在に自分や対象を動かす――そして、地面に足を着ける。


 この一連の動きを法術、飛翔で行うのだが、静客はそれを知らないばかりに法力供給を止め、一気に地面へ近付いていく。


 その先の未来が待っているものは。

 静客がぐしゃり、と潰れることだ。


 もっとも、神官の身に昇天した今、死ぬことはないのだが痛みは伴う。


 ジェスは咄嗟の判断で、静客が落ちるであろう場所に見当を立てて、緩和剤のようなものを法術で作り出していく。

 無事に静客はそれに降り立ち、人型の影が舞う砂埃の中であった。



「ジェス、ありがとうっ!」


「わき目も振らず、進むんじゃないっ! ひとまず止まって! 別に彼らは食ってかかってくるようなやつらじゃないだろうけど、静客がそんな早さで突進すれば敵だと思われる――――!」



 ジェスの言葉は既に遅かったようで。

 門前にいた三つの人影は、全員が全員、戦闘態勢の構えを取っていた。



「オレは静客! つい昨日、神官になったばかりでさ、未熟なんだけど西海殿で働くことになったんだよ! オマエらは?」


「…………」



 回答はない。

 ただ、静客が一定の距離を保って立ち止まったことに安堵したようにも見えるが、依然として構えに緩みはない。



手前テメエみてェな奴が神官だア? 舐めてンのか?」


「ちょ、ちょっと……やめなさいよ! まったく、もうっ!」


「パパランタ、パパランタ! 名乗ってから名前を聞く心意気。吾輩は気に入ったぞ! パパランタ、パパランタ!」



 追いついたジェスが、静客との感覚共有で聞いていた感想は――――。

 なんだこいつら。





 喧嘩腰の静客と同じ黒髪の青年は、シンと名乗った。

 静客よりも身長は小柄だが、その存在感と威圧感、そして何よりも偉そうな態度はジェスにも負けず劣らず。


 シンを止めた少女はルルメヌォットと名乗った。

 シンよりも身長が高く、静客より少し小さいぐらいだが、かかとに高さのある靴を吐いているので、本当のところはもう少し小さい。


 ――――女性にしてはどこか声が低いような……いや、すっごくすっごく偉い上位精霊として淑女にそんな疑いを持つなんてあるまじき行為だ。ぼくは女性というものをどこか見誤っているのかもしれない……


 ジェスの感想はもちろん、言う事もなく。


 最後に、パパランタ、パパランタ! と口癖のごとく笑っていた大男は、トルート・ロロと名乗った。

 ロロの民族では、姓名の順に名乗るらしく、トルートが名字、ロロが名前だ。


 身長は静客の二倍以上はある。今は座っているが、腕や脚の太さが静客の腹囲よりもあるのでは、と思うほどだ。

 豪快にパパランタ、パパランタ! と笑うのは昔かららしい。



「それで、オマエらは何してんだ? 西海殿の神官様、なんだろう? あ、神官様なら敬語を使った方がいい……ですか?」


「今更じゃないの~。それに、アナタも神官なのでしょう? 黒の衣に、クッキョウそうな体つき……ううんっ、武神官なんでしょう? きっと、衣の中は凄いコトになっているのでしょうねえ……」



 魅惑の笑み。

 そう表現するしかないほどの笑みを浮かべるルルメヌォット。


 ジェスは彼女のことをどこか訝しむよう視線で見つめているが、単純馬鹿な静客はルルメヌォットの笑みに十分に落ちている。

 ――――ついでに、大男ロロも加えて。



「ケッ。馬鹿らしい。俺たちはなア、手前を待ってたんだよ。手前を!」


「オレか? なんでだ?」


「……馬鹿らしい。ウォリシア、説明しろ」



 ウォリシアって誰だ? と静客が口を開けるよりも先に、誘惑していたルルメヌォットが口を開く。



「も~! シンちゃんったらっ! アタシのことは名字じゃなくて、名前で呼んでって言ってるでしょっ!」特に思ってもいなさそうな口調で言う。「そんなんじゃ、嫁になってくれる人がアタシぐらいしかいなくなっちゃうわよお~?」


「ケッ。手前は別に女じゃねエだろ?」


「あ?」



 それはドスの利いた声だった。

 ジェスも、静客も、シンも、ロロも聞いたことのないような、地を這う怒りの声。


 しかし、ルルメヌォットの顔つきは一瞬でもとの魅惑の笑みへと戻り、そして、静客とロロには驚きの表情が浮かんでいた。



「ええっ!? オマエ、女じゃなかったのかよっ!」


「なんと。吾輩を騙すとは、中々度胸があるな。パパランタ、パパランタ!」



 ジェスの心の中では、やはりか、という言葉が響いていた。

 そして、繰り出されるルルメヌォットの拳。


 華麗に四人の頭に繰り出していく。



「あいたっ!」


「グッ」


「パッ!」


「ええ……」


「この辺で勘弁しとくわっ! アナタたちにとって、女って言うのは体のことなのかしら? だとしたら、心が女のアタシは認めてくれないってことなのね!」



 嫌そういう訳じゃなくて。

 否定する言葉を口にしてしまう前に静客は気付く。


 自分は女性というものを見誤っていたのではないのか、と。

 見た目が美して、自分を誘惑してくるルルメヌォットを女性だと認識していたのはつい、数十秒前まではそう認識していたのだ。


 だというのに、体が自分たちのものと変わらないのだと知ると、ころっと意見を変えてしまった。これは、村にやって来た絶望の淵の客人たちとも重なることではないのか。


 そんな風に刹那、考えが浮かんで。

 静客は素直に謝罪の言葉を口にした。



「すまん、ルルメヌォット! オレは、オレからしてみれば、オマエの悩みは全く分かんねえものだけど、共感は出来なくとも理解はできるって言うのに、オレはそれを放棄してた! ごめん、許してくれ!」



 対するルルメヌォットは、目を瞬いて驚いていた。

 彼の――否、彼女の中で自分が女性になることはできない、ということはどこか諦めていることだった。


 法術を使えば、自分の好きなように姿を変えることはできる。

 しかし、それはあくまでも仮初の姿でしかない。


 本当の自分は――どんなに望んだとしても、男の体のままで女の体になることはできない。だから、どんなに心が女性だと主張したとしても、自分は女性になることはでき。


 そして同時に、全うな男性にもなることが出来ない。

 どっちつかずの不気味な存在なのだとずっと、そう思っていた。



「――まさか、出会ったばかりのアナタにそんなことを言われるなんて思っても見なかったわ……アタシ、アタシ、そんな風に言われたの初めてで……その、なんていうか、ありがとう! 救われるわ!」


「おう!」



 生まれて初めての心からの満面の笑みを浮かべるルルメヌォットとそれにこたえる静客。

 ジェスはそれを見ていて、もう一度、自分の価値観を考え直してみようと思った。


 静客につられて、ジェスが心の中で単純馬鹿2号と名付けた大男ロロも謝る。



「吾輩は難しいことはよくわからない。ただ分かるのは、目の前にいるのが別嬪さんで吾輩にとって大事なのはそこだけだ。そこに女も男も関係はない。先程の非礼を詫びよう」


「あら、いいのよぉ~アタシ、クッキョウなおとこ大好きなのっ! 静客ちゃんもイイんだけど、アナタみたいな大男が大好きなのよぉ~!」


「パパランタ、パパランタ! 吾輩も貴様のような別嬪が大好きだ!」



 二人は笑いあう。

 ジェスはなんとなく思った――この二人、いつか結ばれるかもしれないな、と。



「ほら、行けよ、シン」



 心の中で失礼なことを考えていたジェスは巻き添えと言えなくはないので、最後に残ったシンにどうしても視線が集まる。



「ケッ。謝ったところで何になる。此奴こいつがオトコオンナであるって事には、変わりがねエじゃねエか」


「それは違う! オマエがどんな風に考えてもいい。オレはそれを止めはしない。オマエがオレをどんだけ嫌おうが、ルルメヌォットを嫌おうが構わない。けどな、それを口にするのは止めろ」



 静客の視線はいつになく真剣だ。



「言葉は簡単に人を殺せるんだ。そしてな、言葉は簡単に人を喜ばせられるんだ。なら、人を喜ばせられる言葉を吐けよ。もしそれでも相手に配慮しないぶしつけな言葉を吐くって言うんなら――――」



 場は静客の言葉が支配している。



「オレは容赦しねえぞ?」

その言葉、その眼差しに宿る思いは――――。





新キャラだあああああ!

これ、めっちゃ偶然なんですけど、ルルメヌォットとトルート・ロロの名前の最初の二文字合わせると……?

ロロは本当に大きいです。

静客の身長が平均より+10くらいのイメージ(平均を考えていないのですけど笑笑)

その倍で、足と腕の太さが静客の腹囲ですよ!? はひ!? 



次回は、『9話 四人の神官と一体の精霊』ですっ! つまるところ、5人(この表記でいいのか!?)にフォーカスが当たります。

ひと段落したら閑話を投稿したいっと、メモメモ。

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