6話 戦利品
「ジェス、それにみんなも本当にお疲れ!」
「静客もそれなりに活躍してたみたいじゃないか。すごくすごく偉いぼくは……」
いつも通りの調子ではなくなって――といってもまあ出会って一日も経っていないが、突然、フラッとこちらに傾いてくる。
「ジェス……ッ!?」
「どうや……ら、法力を使いすぎ、た……みたい、だ……」
法力切れは大変なことになるって、佳幻様も言っていたよな!? どうすればいいんだ。
ジェスの変容にあたふたしていると、ジェスの呼んだ賢者たちにも異変が現れだした。
「どうやら、今回はこの辺でお暇しなければならないようです」
「ジェスターニ殿、そして静客殿とともに戦えたこと、誉に思いまする」
思い思いに好きなことを言うと光の粒に包まれて賢者たちは跡形もなくなった。
そこに残ったのは、法力切れで息も絶え絶えなジェスとそれにあたふたしているオレの二人だけだった。
「……もう、夕暮れか」
ジェスは未だに起きていない。
オレは法力でどんなことができるのか、と思いながら法力の環をいじってみた。
その結果は、色んな物が作れた。
剣を作ることもできたし、果物だって作ることもできた。
――食べ物系はとことんまずかったが。
「ふわぁ……よく寝た。すっごくすっごく偉い上位精霊であるぼくのことを介抱するなんて、並大抵のことじゃないけど…………体に負担はない、よね?」
「ん? ああ、あん時法力をごっそり持っていかれたのは、オマエが奪ってたのか」
賢者たちがいなくなって、ジェスを抱きかかえていた時。
突然、法力の環が光ったと思えば、法力が奪い去られたのだ。
意図的に何かに使おう、と思って法力を引き出したわけでもないのに起きたことだったから少しびっくりした。
オレが責めるような口調で言うと少し極まりが悪そうな顔をする。
「いや、そんな真剣な顔するなって! 法力の価値がイマイチ分かんねえオレからしてみれば、法力なんて減っても増えても特に何も異変はねえし……ってそれより、オマエは大丈夫なのかよ! オマエは!」
「うふふんっ! 何だってぼくは、すっごくすっごく偉い上位精霊だからね! 静客に心配されなくてもそれぐらい事足りるんだよ! ふふん」
すっごくすっごく偉い上位精霊っぽく胸を張っているが、感謝の言葉もナシに人様の法力を喰らって過ごしている上位精霊だと指摘した方がいいのだろうか。邪な考えが横切っていると、ジェスがオレの腕の中から離れて行って、側に降り立った。
ジェスの足が地面に就いた途端だった。
辺り一帯が輝きに満ち溢れ、ジェスがその中心の――花の中心のように存在感を漂わせて立っている。
「静客、ありがとう。ぼくはきみの法力に二回も救われたみたいだ。すっごくすっごく偉い上位精霊であるぼくの主人であることを最上の誉れだと思って、ぼくの主人としてこれからも精進してね!」
「オマエにとってはそれが至高の謝辞なのかもしんねえけど、まったく感じないぜ!」
「むーっ! じゃあ、ぼくはどうやって感謝の言葉を言えばいいんだよ!」
そうだな……
「単純にありがとう、でいいんじゃねえか? そっちの方が分かりやすい」
オレの言葉にそっぽを向いて、耳まで顔を真っ赤にさせて蚊の泣くような声でジェスが言ったのは純粋な感謝の言葉だった。
「…………ありがとう」
「ジェスの感謝の言葉も聞いたことですし、じゃあ、西海殿へ向かうか!」
「……え?」
「え?」
せっかくかっこよくキメたってのに、邪魔すんなよ!
ジェスはオレの提案には不服そうに八の字に動き回っている。
「そんなウジウジ動いたところで、オマエの母ちゃんじゃないんだから、考えなんて読めねえぞ! 口に出して言え。口に出して伝わんなかったら、そん時は……そん時考える」
「ズコッ!」
飛んでいるくせに、転ぶような真似をする。
器用な奴だ。
「肝心なこと、忘れてるでしょ! せkっかく、戦ったんだよ!? なのに、アレ、しなくていいの! アレ!」
「アレ……? 別に、戦ったからって何か高いモンでももらえるって……ああ、アレか」
恐らく、ジェスが言っているのは、戦利品集めのことだろう。
キラエラはあまり天界には登場しない、と言っていたし、もしかしたらその材料とかは貴重なのかもしれない。
村の生活では、週に一度は狩りに出ていたというのに、着てすぐの天界でそんな常識を忘れているとは。……っぐ、何たる不覚っ!
「一人でそんなことやってないで、早くするよ静客。どうせ不覚だなんて思ってもいないんでしょ?」
「うん、その通りだ」
「潔いねえ。そんなに潔いとすっごくすっごく偉い上位精霊のぼくでも呆れて言葉も出てこないよ」
別に、思っていることを口にしなければならない、というわけではない。
また逆もしかりだ。
甘言を良しとしているわけじゃないが、たまにはオフザケ気分で嘘を言ってみるのもアリだろう。
「戦利品ってどんなのに使うんだ? まさか天界に質屋みたいなところがあるとでも……?」
村の質屋、といっても、中央の商会へ戦利品――つまるところ、獣の皮とか歯とかだな――を買い取ってくれる換金所的役割をになっていた。
他の村なら貴重なものだから、とそれを持っていることもあるそうだが、貴重なものを持っていても腹は膨れない。竜の住処、内竜山脈と言われるだけあって、辺りには貴重な野獣がたくさんいるのだ。一匹たりとも、一部分たりとも無駄でにはできない。
「うん、すっごくすっごく偉い上位精霊で、下界をあまり見たことのないぼくからしたらそんなところはないけど……まあ、個人的に買ってくれるような神官はいることにはいるよ」
「いることにはいるって、いつもはしないみたいな言い方じゃないか」
「うん。そんな不思議そうな顔をしなくてもいいじゃない。だって、この場所は聖天だよ!? 天界の中でも三つしかない大陸だよ!? そんな場所で態々、貴重な物をお金なんかと交換する意味がないよ!」
今、ジェスお金「なんか」って言った……?
天界じゃお金は全く役に立たない、ということだろうか。
「うん、その通り。少なくとも天界に通貨という概念は存在しないよ。ほとんどは物々交換。商業の神様だってきっと、お金は持っているけれど、美術品的な価値ぐらいにしか思っていないんじゃないかな?」
「ぬぉ……村でのオレのお金の喘ぎようを聞かせてやりてぇ……」
「まったく、静客は人間らしさが抜けきっていないな! 神官になったんだよ! 法力があって、法術が使えるじゃないか! お金で何かを買う前に、自分で作る。それが無理だったら周囲の神官に頼る。だから、この世界ではお金がないんだよ!」
自給自足。
それが、天界の常識、ということか。
果物は――まずかったけれど、食えないことはない。ただ、単純にまずかったけれど。
それ以外のことにも言える。
神官に支給されている法衣は、自由自在に変えられるんだ。でも、洗うってなったらどうするんだろうか?
「洗うのも法術。ちなみに、衣食住の全ては法術と法力で賄うことができる。分かった? 通貨なんて、お金なんて必要ないってことが」
「おお! 天界ってすごいんだな!」
「まあね」
なぜジェスが得意げになっているのかは分からないが。
それはさておき、そんなこんやでジェスとキラエラが残していった残骸を集めては色々と話していく。
「へえ、キラエラは杖にするのがいいのか……」
「今の静客は、法力を自由自在に扱える、とは言えないだろう? そういう時、法力を使ったこともないような幼い神官候補生たちは何か道具を使って、法力を操作できるようにするんだ」
「なるほどなあ……その道具が杖で、キラエラは法力を吸って大きくする傾向があるから、注ぎ過ぎても杖がバンッてならないからイイってことだな?」
「語彙力の無さに頭を抱えたくなるような説明だけど、大方間違いはないよ」
すっごくすっごく偉い上位精霊は、出会った当初から比べれば、何倍も丸くなったと思う。
そんな優しくなったすっごくすっごく偉い上位精霊に色々と教わって、戦利品の回収はすぐに終わった。
「さあ、戦利品を集め終わったことだし。それじゃあ、西海殿へ……ってその顔、まだ何かあんのかよ……」
「ほらっ! せっかく、戦利品を手に入れたんだよ? 何かすることがない?」
「杖を作る、か…………?」
オレがそういうと、正解、とでも言うように満面の笑みで頷いた。
――西海殿へ向かう頃には日の高さはどこへ行っているのやら……
「というか、野営の準備でも始めた方がよくないか?」
「野営の準備をするためにも、法具が必要なんだ。「グレンド」という法具でね、三箇所を決めると、その三箇所を囲っている内部を守るように結界ができるんだ。意外とこれがよくてね。例えば……」
ジェスの説明を聞いていると頭が爆発してしまいそうになるので、ささっと聞き流して、適当に頷いていく。
「――ってな訳なんだよ。理解したかい?」
「ああ、あらかたな! それで、どうやって作るんだ!」
「すっごくすっごく偉い上位精霊としてすっごくすっごく威信が傷つけられたような気がしなくもないけど、静客はそういうやつだもんね。落ち着こう落ち着こう」
なんだか、ジェスの琴線に振れたようだ。
ジェスが教えてくれた手順は簡単で、同じ大きさにしたキラエラの木片に法術の紋章を描いていくだけのものだった。
「紋章を書くことで持続することができるんだ。普通の法術はその時だけ、あるいは法力を直接注ぎ続けている間だけしか効果を発揮しない。けれど、紋章付きの法術ならば法力が着れるまで効果は持続するんだ」
「ほほぉっ! すっげえ!」
感心しているオレをよそに、ジェスは完成したばかりのグレンドを設置していく。
するとすぐに薄い膜のようなものが出来て、テントみたいになっていく。オレは持っていなかったがあいつが持っていたな、と思い出した。
「それじゃあ、このすっごくすっごく偉い上位精霊であるこの僕が、静客、きみに法術を教えて進ぜよう」
「おうおうおう!」
「まずは、火を出す法術だ」
時は流れていく。
ジェスが法術を見せれば、すぐに静客が真似をする。
最初は簡単な法術だから見様見真似で二、三度も試して使えれば、筋がいい程度なのだが、ジェスが二十番目の法術――神官でも使用できる者は少ない上級者向けの法術をたった一度で真似できたところで、ジェスの表情が硬いものへと変化する。
「静客、きみ本当に才能があるんだね」
「そうかあ? オレからしてみりゃ、こんな魔法みたいな神様しか使えないような不思議なことができるてるんで、夢じゃねえかって思うよ」
「夢、ねえ……」
しかし、その表情に静客は気付かない。
――――若しかしてぼくは、凄いやつを見つけてしまったのかもしれない。
「静客、ちょっと失礼するよ」
「うぉおおおっ!」
了承を聞くこともなく、ジェスは右手を静客に突き出し、中へ入れようとする。
しかし――
「……ぼくの手を阻む? 仮に主従関係を結んでいるとはいえ、再会の黒武の静客と上位精霊であるぼくとでは格が違うというのに……っ!」
「何してんだ、ジェス?」
それは、気さくのいい少年の声ではない。
ドスの利いた――気を害された竜のような低い声。
静客は、あっという間にジェスの右手をつかんだかと思うと、一気にひねり上げる。法力の環が光り、そこから飛び出た鎖状の光がジェスを捉えていく。
「このぼくを捕らえられるなんてっ! ……きみは、おまえは何者だ、静客っ!」
「俺かい? 俺の名前はなあ」
言い終わるよりも先に白目を向いてその場に仰向きに倒れる。
同時にジェスを捕らえていた光も消え開放される。
自らが上位精霊であることに対する自慢するような表情ではなく、上位精霊であるからこその不安を宿した顔つきでジェスは静客に触れていく。
やがて――肉体を漁るようにして、法力が集合するその場所を握る。
「法力が発生する核――ここには、世界を問わずして生きた証や記憶が残されている……っ! この強い反発力……やっぱり、静客、きみはただの下界からやって来た神官じゃない……もっと何か……ぼくよりも上の――神や八邪王族の気配を感じる」
「つー、つー、つー……」
その核に触れ、一人不安を募らせるジェスを側に、静客は――
寝息を立てて眠っていた。
ジェスが感じ取った一抹の不安は一体何なのか――――。
ぬおおおおおおお! 予告詐欺をしてしまったああああああ!
テスト期間をおえたので、今日からできる限りの毎日投稿をしてみせます!!!
あと、三人称の小説形式にしてみようかなーって! キャラ全員のそれぞれの思惑は、閑話を載せるのでそれまでお待ちください!!!!
それでは、次回こそは!
『7話 西海殿へ』をお楽しみに!!!