26話 神殿案内
「その言葉がどれほどの重みを持っているのか、お前は理解しているのか、静客。只ならぬ努力では足を踏み入れることもできない至宝の頂だぞ。抑々、下人風情がおいそれと簡単に口にしていいような願いではない」
「ルルとか、シンとかの話を聞いてたから何となく分かってんだよ、それぐらいのこと。聖天海武って、言わば世界の王様だろ? そんなのが難しいことぐらい理解してる」
トオジャは笑っているが、オレは一度なる、と決めたものはなるのだ。神官の仕事も理解しているわけじゃねえし、聖天について詳しいわけでもねえけど、幸いなことにオレを支えてくれる仲間は多いようだ。トオジャはオレの放った法力を不快そうな表情で一つ一つ丁寧に取り除いている。
「この際だから、もう一度はっきりとさせておきたい。神官には等級があり、その出自によっても出世や仕事が左右される。能力主義ではなく、間違いなく血統が物を言う世界だ。神殿の中では上位存在こそが正義であり、黒の衣は最も神殿内で力を持たない」
「それぐらい分かってる」
「いや、お前は話として聞いているだけで、実際に神殿を訪れたわけではないから、理解しているとは言い難い。そのような世界で生き抜くためには多少なりともここが重要だ」
トオジャはオレの頭を小突く。
「何だよ。自分の夢を叶えるためには胡麻を擦れって言ってんのかよ。本当にそんなんで神官名乗れんのかよ!」
「違う。正義感は重要だし、確かに根回しは重要だ。しかし、最も重要なのは頭を使うことだ。神殿での立ち回りは誰も教えてくれないはずだ。ましてや、お前のような下人にな」
「……色々、オレへのあたりがきつい奴だけど、お前、意外と優しい奴だな。青の衣にも色々いるんだな」
「勘違いするなよ。私はお前のことを認めたわけではない。こうしてお前たちを拾っているのも、神殿へ案内するためであって、私の善意ではない。仕事だからしているだけだ。お前はもう良い。ルルメヌォット、お前は相当優秀だと聞いていたが、つるむ連中を間違えているのではないか?」
「……」
「どういうことだよ、オレたちじゃルルメヌォットと喋ってもいけねえのかよ」
「青の衣のお方の仰ることとはいえ、私的な交友関係には口を出さないでいただきたいのですが……」
「やっぱり、オマエ隠してることあったな」
「そろそろ鐘が鳴り、門が閉まる。急ぐぞ」
「閉門には間に合ったようだが、普段の落ち着きを取り戻すにはまだ少し時間がかかりそうだ。神殿長からのお達しもあったことだし、新人神官を引き連れて神殿案内をしよう。ここは外門付近の客間だ。他の神殿の神官や視察の者が訪れた時に利用する。西海殿の新人は百名ほどだったはずだ。もう少し待ちなさい」
「おう。分かったぜ」
「それで先ほどトオジャ様が仰られていたことの真意はどのようなものなのか、教えてもらえるか。ルルメヌォット」
「真意も何も……その通りなの。アタシが名門神官の一族の出身だって話はしたわよね。トオジャ様は両親とも繋がりがあって、アタシも昔、話をしたことがあるの。かなり血統にうるさい方だから、下界出身の静客と一緒にいない方がいいと、トオジャ様なりに助言をくれたのよ」
「何だよー、そんなことたっだのか。オレはルルがどんなやつでも気にしないからな。オレは絶対に離れないからな!」
「ありがとう。やっぱり静客ちゃんには助けられることになりそうね」
「どうだ。シン殿はこれで納得ができたかな?」
「……そんだけで、あんなに無言にならねェだろ。ルルメヌォット、オマエも本当は血統に縛られて、下界出身の俺達を馬鹿にしてンじゃねえよな?」
「ルルメヌォットに限って、そんなわけないだろ! 確かにオレは長く一緒にいたわけじゃねえけど、コイツがそんな奴じゃないってことぐらい、分かってるぜ。シン、撤回しろ」
「シン殿、下界出身の神官を揶揄する風潮が貴殿を傷つけることはあっても、ルルメヌォット殿が直接何かをしたわけではないのですぞ」
「静客ちゃん、ロロちゃんも。ありがとう。けれど、シンちゃんが心配しているのは、アタシと皆の配属や扱いが違うことについて、でしょう? ご想像の通りよ。アタシは血筋のせいで、ある程度の下駄を履かせてもらえる。いくらアタシが優秀だったとしても、家の名前はどこまでもついてくる」
「それなら、やっぱり俺達と一緒にいる意味がねえだろうが。切り捨てるンなら早いうちにしていたほうがいいぜ」
「シン、お前、その言い方はないぜ! 仮にもルルメヌォットの優秀さに助けられた身のくせによ!」
「けれど、シンちゃん。アタシは約束するわ。絶対にアンタたちを見捨てたりしない。静客ちゃんの人の好さにやられちゃったのかもしれないわ。この言葉をすぐに信用してもらえるとは思わないわ。アタシの行動で判断してちょうだい」
「……ああ、分かったよ」
続々と他の新人神官たちが客間へとやってくる。オレたちみたいにまとまっている連中もいれば、一人でやってくる奴もいる。足止めを食らっていたから、下町で会っていてもおかしくなかったのに、こいつらはどこにいたのだろうか。
疑問に思っているとルルメヌォットが察して教えてくれた。気の利くやつだ。
「神官の多くは神殿に歩いてこよう、とはならないのよ。聖天で生きていれば神官でなくとも、空飛ぶ馬車を持っていてもおかしくないもの。一家に一台はあるんじゃないかしら。だから、通達が来たのよ家を出る前にきっと」
「新人諸君、ようこそ、西海殿へ。ここは聖天の西端に位置する神殿です。目の前に広がる西海は、あの彷徨深海に繋がっているとも言われています。職務遂行のためには西海に入ることもありますが、移動の渦には巻き込まれないよう、注意してくださいね」
「移動の渦……?」
「よくそれぐらいの知識で神官になろうと思ったな。彷徨深海……言わば異世界への扉、みたいなもンだ」
「あ、ジェスターニが前、教えてくれたような気もする。というか、あれが神殿長か?」
「いいえ。あの方は神殿長の次に偉い、神官長ですわ。あの方は……文の神官長のようです」
「それでは、神殿を案内しよう。客間を出よう」
空まで繋がっていそうな高さの扉が開かれると、真っ白な神殿が広がっていた。天井は夜空のように星が輝いているが、壁にはところどころ装飾のある扉があり、床には黒の絨毯が敷かれている。
「外門に近い部屋は低位の神官の部屋となっている。色が上がらなければ個室は与えられない。ただ、こちらは執務室であるため、不在にしている神官も多い」
中央まで行くと、大きな白色の球体が浮かんでおり、そのあたりを色とりどりの宝石が移動している。ルルメヌォットによると、神殿の象徴のようなもので白い球体が聖天を指しており、それぞれの法衣の色が聖天を守護している、というのを指しているらしい。
オレにはよく分からなかったので、神殿案内に参加している他の神官たちの顔を覚えておくことにした。
「外門を背にして、右側には神殿長の執務室があり、左側にはそれぞれの神官長室と西海へ降りることのできる船着き場へ到着する。西海では浮力の法術が通用しないため、神官は皆、ここで舟に乗らなければならない。海に出てみたいと思っている神官が多そうなので、西海に出てみようと思う」
「静客ちゃん、アタシ船に乗ったことないのだけど、助けてくれるかしら?」
「全然かまわねえぜ。近くでよく川遊びしたのを思い出すぜ」
「ちょちょちょ、何してるのよ。法衣を脱ごうとするなんて、殺されたいの?」
「だって、船の上とはいえ濡れたら話にならねえだろ?」
「なんのために法術があると思っているのよ。濡れても大丈夫よ。神官たるもの公衆の面前で法衣を脱いではならない。これは神官としての常識よ。理解したかしら?」
「はぁ~い」
「舟は法力を動力源とし、勝手に操作される。手を加える必要はない。西海は深く、神官は浮力の法術を使えないため、一度、船から落ちると溺れ死ぬ。もちろん、亡骸を回収することもできないため、注意するように」
「さて、それでは案内の続きからだ。外門を背にして目の前にあるのは、居住区域となる。執務室が共同だったのに対して、原則として個人で暮らすことができる。色によって部屋の大きさや位置は異なるため、励むように。これから部屋に案内するため、荷解きを終えたものから順番に食堂に集まるように。それではまた後で会おう」




