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聖天海武  作者: 弌樹カリュ
第一部 西海殿の武神官
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25話 矜持を示せ

「下人風情が神官の衣を供されたからと、神官の血統を受け継ぐ我らと同格の存在であると誤解しているのではありませんか? どうかくれぐれも分別を弁えるようにと吾輩は其方に助言しておきましょう」



 嫌らしい眼差し、下人出身であることを理由に馬鹿にしてくるような物言い。


 佳幻さまからうかがっていたから、ある程度は分かっているつもりだったけれど、いざ経験してみるとなると何とも言えない嫌な気持ちになる。村でもオ婆に育ててもらったオレのことを馬鹿にしてくる子供はいたけれど、大人から親のいない奴だなんて言われたことはなかったから迫害されるというのは初めての経験だった。


 足許から頭までねっとりと粘着質な視線を感じながら、オレは絶対にこいつから目を離さないと決めていた。

 ……この神官様が西海殿からやって来た奴ならばいつかは絶対立ち向かわなければいけないんだ。オレは逃げ出したりは絶対にしない。


 誰が口を開くのかと迷っているその時だった。


 べしゃっとそのいやーな神官が何かを投げてきた。反射的に右手で捕まえると、やつの視線同様にねばついていて、手が気味の悪い包まれる。



「ぬわっ、なんだよこれはっ! オッサン、こんなモン急に投げてくんなよ! 取ることができたからいいけどよ、これが顔にくっついてたら気持わりぃだろうが!」



 オレの剣幕にさすがのオッサンもいうことがなくなったのか、眉をぴくぴくと動かすだけで何も言わない。すぐそばにいたルルメヌォットやロロ、シンの顔色が悪くなっていく姿を見るにオッサンはやらかしてしまったらしいが、大丈夫なのかな。


 ん? でも視線はオッサンじゃなくてオレを見ているし、もしかしてオッサンの非常識じゃなくて、オレの非常識だったみたいだ。弁明のために口を開こうとすると、先にルルメヌォットに言葉を放たれ塞がれてしまった。



「今、青の文官さまが御投げになられたのは法力よ? いくら環がついているとはいえ、素手で受け取るなんて……常識が全く通じないわね! 静客せいかく、手にしびれはないかしら?」


「んー、別にじんじん痛むなんてことはねーな。今のヤツ素手で取ったらやべーなら、顔にぶつかったらもっとやばかったじゃねーか。素手で取って間違いなかっただろ!」


「そこは誇るところではないであろうな。静客せいかく殿だからできた所業であろう」


「同意だ。この非常識が」



 オレの常識、この世界の非常識は今に始まったことじゃないので、別にショックじゃないんだが、シンに言われるのだけは違う。こいつにだけはそんなことは言われたくない。



「つってもよ、法力なんて神官なら誰にでも流れてんだろ? 他人の法力を体の中にいれただけみたいなもんだろ」


「ンだよ。テメェ、本当に俺たちのことバカにしてンのか?」


「そんなつもりはない。誓って言える」


「ンだよ。うっぜェな」



 調子狂うぜと言いながらもシンはオレの行動のひとつひとつを細やかに説明してくれる。


 法力を受け取ったり、渡したりすることは普通できないこと。他人の法力を受け付けるのにはかなり不快感を覚えるので、普通有り得ないこと。そして何よりも、高速で投げられた法力を掴めるような身体能力は普通ないこと。


 常識が違うのは分かっていたけれどここまでとはとルルメヌォットにまで頭を抱えられてしまったら、オレはどうすればいいのだろうか。アイツに聞くのか? でも、アイツはオレにそんな危ないやつを投げてきたわけだし。



「ってか、オレの行動が非常識なのは十分わかったからよ。じゃあ、アイツはどうなるんだ?」


静客せいかくちゃん、口を慎みなさい。仮にもあちらにいらっしゃるのは青の衣をまとった方です。静客せいかくちゃんがアタシたちと同じ様に触れ合うことが許された相手ではありません」



 自分よりも上級の神官には礼儀を忘れるなというルルメヌォットなりの気遣いなのだろう。


 そして、同格のオレには常識のなさを指摘することができるけど、格上のアイツには指摘することはできないってことか……ふぅーん、やっぱり聖天なんてオレには合わねーな。



「お話はよろしいですか? それよりも今の行いはなんですか? 普通の神官ならばそのようなことはできない……神官にあるまじき行為です。即刻、捕らえよ!」



 ヤツがそういったと思った瞬間、影の中から人間が現れてオレのすぐそばまでやってくる。ジェスがいない間にロロに身体強化の法術を教わっていたので、オレはすぐに下半身に法力を集中させて動き出す。


 人間の数は……六つか。これはちょっと難しい追いかけっこになるなーと思いながらオレはヤツのそばからぐんぐん距離を取っていく。


 オレの行動を全く予測できていなかったようでヤツの目が見開かれていくのが面白い。お、ルルメヌォットやロロもだ。シンだけは驚いた様子を見せていなかった。



「ってか、このねばねばどうやったら取れるんだろう……」



 人影に集中するのも大事だが、オレにとっての最優先事項のこの右手のねばねばを取ることである。掃除のための法術を教えてもらっておけば良かったけれど、生憎残念なことにそんな術があるのかどうかも分からない。


「今あるものでなんとかする」は村の当たり前の掟である。


 オレは法術で水を生み出し、ぐるぐるとヤツの魔力を引っぺがした。



「ふう! 満足満足って、おわっ……あっぶねー。よそ見してるとやられるぜー」



 オレとヤツの影分身との下町鬼ごっこが始まった。


 攻撃を交わしながら、昨日と今日で回った下町の様子を見ていた。黒いもやの人間が出た辺り一帯はすでに活動が再開されていて、そんなこと全くありませんでしたと言っているみたいで少し面白かった。


 色んな法術や法力をぶつけた結果分かったことだが、影分身はかなり脆い作りらしい。


 オレのことを馬鹿にしていた神官さまだからどんなものだろうかと思ってみれば、なんてことはなかった。実にがっかりである。



「できることなら強いやつと戦いたかったんだけどなー」



 最後の影分身をぶち倒すとオレはヤツとルルメヌォットたちのいる場所へと戻った。ヤツだけでなくルルメヌォットたちも唖然とした表情でオレを見ているので、狙われてたから叩き潰したと釈明すると「そういう話じゃない」とぶった切られた。解せぬ。



「ぬおっ……くっ……‼」



 一人だけヤツだけが何かに苦しんでいる様子だった。もしかして黒いもやがこいつに……と思って駆け寄ってみるが、ロロ曰くよくある法力切れの症状なのだそうだ。心配した分だけ損をしたと思いながらヤツの法力が回復するのをルルメヌォットたちの傍で待っていた。



「回復したのかよ、法力」


「下人風情に心配される性分ではない‼ お前のことだけは絶対に許さない‼」


「畏れ多くも文神官様、どうかお怒りを御沈めください。こちらにいる静客せいかくは仰る通り下人の出なのです。高貴な御方が心を乱される必要はないのです」


「……名は何という?」


「ルルメヌォットと申します。アタクシの両親も神官にございます。こちらにいるのはロロ、シン、そして静客せいかくにございます」


「殊勝な心掛けだな。下人風情、命拾いしたな」


「どっちのせりふ「静客せいかくちゃん! その辺にしておきなさい。引き際を知るのも重要です」



 不服でしかないけれど、ルルメヌォットの言う通りにしていないとあとが怖い。それにオレだって別に問題を起こしたいわけではないのだ。すぐに押し黙るとルルメヌォットは状況の説明をして、同時に神殿の様子や黒いもやについての説明を求めた。


 ヤツの名前はトオジャと言うそうでオレと見た目はそう変わらないというのに、七〇年は西海殿で文神官をやっているらしい。青の衣が託されるほどには優秀で、今回は神殿の外にいたため、オレたちを回収する形で神殿に戻ろうとしていたらしい。



「まさか、下人風情にそれを邪魔されるとは全く思いませんでした。下人風情の割には私を手こずらせたのです。西海殿に入ってからは酷使してやりましょう。そして、先輩としての洗礼も授けてあげましょう」


「そりゃ、ありがとさーん」



 適当に返事をしているとルルメヌォットにはたかれてしまった。神殿では神殿長を含む上層部が姿を消して一時大問題になりかけていたところをオレの相棒ことジェスターニがなんとか解決してくれたらしい。


 トオジャの言いようだとジェスターニが本当に上級精霊なんだなーと思える。オレの前では我儘な少年ぐらいにしか思えないのに、人の目を借りると全く違う存在のように聞こえてくる。尊大なトオジャとジェスターニの相性は悪そうだが、どうだろうか。


 黒いもやについての説明は下町の医者から教えてもらったものとあまり大差なかった。神殿は魔女の存在に気付いてはいるものの、魔女だと認定することは難しいとトオジャは言った。


 なんでだ? と尋ねると、答えることはできないと頑なに拒否されてしまった。


 神殿がそれほど魔女の存在を忌み嫌っているのか、あるいは魔女なんて楽勝だと思っているのかは分からないけれど、状況が上手く転がっていくようにはどうも思えなかった。


 下町の人間がなぜそれほどまでに無碍に扱われているのかオレには分からない。


 神官さまには神官さまなりの事情があるんだろうが、それを説明をしてもらわないかぎりはオレが納得することはない。まあ、どんな理由があるにせよオレが納得するようなことはないだろうが。



「ならば、貴様がなんとかすればいいであろう? 神官の職務にはある程度下町の管理も含まれている。ある程度であれば責務を放棄しないのであればよかろう。下人を管理するのは下人風情で十分だろうしな」


「へえ、それぐらいは許してくれんのかよ。おまえ、意外といいやつだな‼」


「図に乗るな。私が言っているのは貴様が西海殿で順当に衣の色を上げていったらの話だ。黒の衣、しかも武神官が文神官の領分を侵すなど片腹痛いわ‼」



 はっはははとトオジャは笑っているけれど、オレの心の中は燃えていた。


 神官なんて肌に合わないと思っていたけれど、下界に逃げ出すってわけにもいかねえな。少なくとも下町を管理できるようになって、下町の人間が暮らしやすいようになるまではオレは武神官として名を上げるしかねえ。


 そこまで考えてある言葉が思い浮かんだ。



「聖天海武」


「あ? なんだ?」


「だーかーらー、聖天海武になればできんのかよ? 全部の下町、住みやすいように」


「貴様が? 聖天海武に?」


「ああ、そうだよ」



「あーはっははははははははっははっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」



 真剣に聞いた質問に大爆笑されるのは不快なんだな。オレはそう思ってヤツに法力をかっとばした。

 オレの右手にあったみたいなねばねばにトオジャは包まれていた。



「オレはなって見せるからな。下町も下界も全部オレが守れるぐらいに強くなって、おめーみたいな神官に馬鹿にされないようにする。いいか? よーく覚えとけ。聖天海武になるのはこのオレ、静客せいかくだ!」

下人神官嫌いのトオジャ登場です。

鬼ごっこが始まったかと思えば終わりました。

そして最後に静客は、夢を宣言!!


次は、西海殿に向かいます。

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