21話 街案内
「ふー、いっぱい食った食った。もうこれ以上はいらねえよー!」
「それはこっちの台詞よ! まさか店にある全部の米を食べられるなんて、ほんっと信じらんない! もっと、自重とか申し訳ないとか思わないの!」
「まあ、まあ、ナナよしなさい。曲がりなりにもナナを助けてくれた恩人なのだろう? そんな言い方は失礼にあたる。曲がりなりにも恩人なのだから」
そう。ナナから見れば、静客たちの救いの手は、九死に一生を得るような状況なのだ。
曲がりなりにも恩人なのだ。
二度も言ったけれど、少なくともナナの父親はそう思っていた。二度も言ったけれど。
「ちょっと! お腹がいっぱいになったからってすぐに寝るのは止めなさいよ! 豚になるだとか牛になるだとか、下界にはそういう迷信があるって知らないの⁉ っだー、もう! ほんっとに知らない! 豚になってもおいしくさばいてやるんだからね!」
「お、ナナ。オマエ、豚とかさばけるのか? じゃあ、今度持ってきても……」
「だから知らないって言ったでしょう!」
頬を膨らませるナナの表情と呆けている静客の顔を見比べるナナの父親。
ルルメヌォットと視線がぶつかって、『この二人、お似合いだね』と微笑む。
「美味しい朝食だった。特に、アリビア産の牛は非常にうまかった。あの……」
「ンだよ。折角、こッちはウマい飯が食えると思ったら、こんな図体のデケェ漢の話を聞き続けなきゃいけねエなんて。地獄か? ここは飯がウマいだけの地獄か?」
ロロの美食家ぶりが発揮されているようで、横で話を聞いていたシンがうんざりとしている。四半刻も話を聞かされていたら、それはうんざりするだろう。
くわえてシンは、うまいか、食えれば食べ物に頓着する性格ではない。
自分に合わない話をされるのは苦痛以外の何者でもないだろう。
ナナに口うるさく言われながらも朝食を済ませると、今日一日の行動についての話し合いが始まる。まだ神殿からの使者は訪れておらず、ジェスターニが帰ってくるような気配もない。そして、静客たちには昨夜の約束があった。
「ベーグさん――ああ、街の医者の名前はベーグさんと言うのだけれど、昼の鐘が鳴る前だったら構わない、って言われたわ。ベーグさんの診療所までには結構距離があるし、私が街を案内してあげようと思っているんだけれど、それでどう?」
「街医者のベーグな。覚えた。街を案内するってここら辺は労働者ばっか住んでるんじゃなかったのか? 見るところあんのか?」
「失礼ね! 労働者の街にだってちゃんと見どころはあるのよ。というか、労働者の街だからこそ見れない部分があるはずだわ。……たぶん、きっと」
小声になるナナ。静客がにやりと笑う。
「ちなみに他の街に行ったことは?」
「……ないわよ」
「ふーん」
「ふーん、じゃないわよ! 別にいいじゃない! 街にたまにやってくる旅人や行商人たちにこの街は労働者の街だからこそ、他の街並みとは違って面白いって言ってくれるのよ!」
「分かったから、分かったから!」
ナナはいささか頭に血が上りやすい性格なのだろうか。さっきから怒ってばっかりだ。
のんきに考える静客が、ルルメヌォットから溜息を吐かれていることには気付かない。
「それでこの街はどうだった? 最高だったで
「最高だった! 労働者の町、労働者の町って言うもんだから汚いっていうか、なんていうか。まあ、綺麗だとは思っていなかったけど、わくわくとどきどきが詰まっててまじ楽しかった!」
「……しょう? もうちょっとぐらい語彙力ってもんをつけてから言ってほしいわね」
ナナの表情はまんざらでもなさそうだ。
神殿すぐそばにあるこの街は、神官や神殿で働く仕官たちのために発展してきた側面を持っている。労働者の街といっても煙突と工場が乱立するような場所ではなく、染物や塑像といった芸術方面や下界で役立つ道具を開発する研究者のような人々が多いのだ。
街のあちこちには技巧をこらされた美術品が置かれていたり、あちこちが付け足されて魔改造された建物がある。
基本的に村から出たことのない静客だ。人が作る建物と言えばほし草の屋根と嵐に吹き飛ばされるような家屋しか見たことがなかったのだ。興奮するのも当たり前と言える。
なんであんな不思議な作りの建物が普通に建っているのかが分からない。
俺は別に建築物に興味がある方じゃないけれど、あんなもの見せられてどうなっているのか知りたい、と思わない奴なんていないと思う。そう思っていたけれど、ルルメヌォットたちの反応は無味乾燥というか、興味を持っていなさそうだ。
ワケを聞いてみると、「実家に比べたら」と返されてしまった。ロロも同じようで、俺は少ししらけたような気分になった。
同じ下界出身のシンに聞こうと思ったが、その必要はない。見たら一瞬で分かる。出会ってからあまり感情を移すことのなかった瞳に――移したとしても馬鹿にするような感情だけだった、驚きと興味の色がうかがえる。
「シンも不思議だと思うよな⁉ なんでこうなっているのかって思うよな⁉ 故郷の皆にも見せてやりたいって思うよな⁉」
「いや別に。……あいつらにも見せられたらいいかも知ンねエが、こんなモン見せるよりも、法術使ってるトコ見せた方が絶対、驚くだろ」
冷たい返答だけど、多分こいつは感情を口にするのが苦手なだけだ。そうオレの中で止めて、魔改造されまくっている建物に視線を向ける。
……ほほう。お、二階に誰かいるみたいだ。花瓶を持っている?
その瞬間、扉を開けて花瓶を地面めがけて落そうとする。
「なっ!」
――何してんだ。
そう言う前に、落ちていった花瓶が、地面にぶつかることなくそのまま空から降ってくる。まるで、ぶつかった先の地面が空中に繋がっていたみたいに花瓶は、さっきの人の手に戻ってくる。
オレたちにウィンクをしているあたり、パフォーマンスをしてくれたんだろう。
「見た目は完全に神官様で畏怖の対象のはずなのに、街のみんなからは好かれているみたいね」
「嫌われるよりはそっちの方が絶対いいのに、何で他の神官はそうしないんだろうな」
「そうね。……静客みたいな神官様が増えてくれればいいのにね」
オレの質問に答える気はないみたいで、ナナは赤い屋根の建物の扉を叩く。
「ベーグさん、ベーグさん‼ 昨日言っていた神官様たちです‼」
ナナの大声が一層大きくなって、扉の奥からがさごそと物音を立てて、ベーグさんと呼ばれた人が動いているのだろう。「大丈夫ですか?」と若い男の声が聞こえてきたり、何かが割れた音が聞こえた。
そして、扉の先にいたのは、よぼよぼのおじいちゃんだった。
よぼよぼおじいちゃん、街医者ベーグ現る――――‼
はい、やらかしました。
今回は無駄を省こう省こうと思って、プロットをがんがん進める気が、全く進みませんでした……
ここから先は静客の一人称視点です。最初からこうすればよかった? それなー。




