20話 黒いもや
「まるで、燃えているみたいだった。火はなかったけれど、母さんの体のあちこちから煙みたいな黒いもやが出ていたから」
「そうだったの……」
どんな反応をすればいいのか分からない。
そんな思いが透けて取れるような表情で固まっている神官たちにルルメヌォットが手を叩いてしっかりするように言う。
「ナナは苦しい思いをしたけれど、アタシたちに話してくれているってことは、ある程度は乗り越えたってことじゃない。アンタたちがそんな顔をしていたらナナが可哀想な子に見えるじゃない」
「ナナのことを可哀想な子だとか思っているわけじゃっ……!」
「分かってるよ。静客たちは稀に見るイイ神官様だもんね」
ちょっぴり皮肉な物言いをするが、そこに攻撃性は全くない。
ルルメヌォットの言う通り、ナナは彼女なりに母親をなくすという苦痛を乗り越えてきたのだ。
空気が気まずくなるよりも先に、ロロが手を上げる。
「我は少し疑問に思ったことがあるのだが、いくつか質問してもいいか?」
「ええ」
「なぜ、ナナの母君の体から黒いもやが出てきたのだ? 煙草のようなものが変化した? そうであったとしも、体のあちこちから煙が出てくるとは聞いたこともない」
「原因は……分かっていないの」
また無言の空気が訪れる。
ナナの目の前で黒いもやに覆われていった母親は、訳も分からずに苦しんで、亡くなった。
けれど、それはナナの母親に限ったことではない。
「街の医者も原因が分からなくて困っていると言っていたし、原因が分からないから治療の施しようも、対処の方法も何もないの。ただ神様に黒いもやに覆われる日が来ませんように、と祈ることしか……それぐらいしか」
……ナナは母親を失った悲しみを、大切な人を失った悲しみを他の人にも同じような体験をしてほしくないと切に願っているんだろうな。
静客の胸の内にじりじりと焦げるようなナナの願いが届く。
目の前に苦しんでいる人がいるのにも関わらず、何もすることができない心の苦しみは計り知れない。
ましてやそれが自分の家族であればもっとだろう。
「黒いもやが出て、亡くなった街の人間はどれぐらいいる? いつぐらいの時期から黒いもやが出るようになったのだ? 神官たちはどのように対応している? 他の街での事例などは調べているか?」
「ロロ、矢継ぎ早に質問するのは優雅ではないわ。くわえて、神官であるアナタが同じ神官たちと同じようにナナに質問したら、答えるように命令しているようにしか聞こえないわ。神官以外の信徒たちと話すときに相手への配慮にいささか欠けるようでは仕事にならないわ」
「大丈夫ですよ、ルルメヌォットお姉さま」
「……え? 今、なんて?」
「ルルメヌォットお姉様、と言いましたが? なんでそんなに驚くの?」
静客の驚きように、逆に目を見張るナナ。
静客以外はナナのルルメヌォットに対するお姉さま呼びに違和感はないのか、特に驚いているような表情はない。
「まあ、いいじゃない。静客が呼ばれたならまだしも、アタシが呼ばれたのだし」
「我の話に戻してもよいか?」
「あ、ああ。話をとってしまって済まない」
「質問というのは、どれくらいの人が黒いもやに覆われて亡くなったのか、でしたか? 私の知っている人だけで一〇人以上はいます。詳しい数は街の医者が知っているかと思います」
矢継ぎ早に質問された内容を覚えているのは、宿と酒場を兼ね備えている店の看板娘だからであろう。
ロロの質問に真摯に答えていく。
黒いもやが出るようになったのは五年ほど前で、母親が黒いもやに襲われたのは三年ほど前だと言う。当初は原因が分からず、伝染すると言われて死体は長らく放置されていたそうだが、次第に伝染しないものだと分かってきて、他の死体と同じように扱われているようだ。
神官たちの反応はあまり芳しいとは言えない。
原因不明の黒いもやは神官たちにもメカニズムが分からないらしく、死体が出るたびに、一応、調べには来るが最近はただ死体を観察するだけの場合もあるようだ。
気になった街の有力者たちが高いお金を払って、あちこちの街に向かう行商人や旅人たちに情報を集めさせているようだが、似たような事例は確認されていないようだ。
「原因も分からず人が死んでいっていると言うのに、しっかりとした調査をするわけでもなく死体を観察するだけとは……この街の管理をしている神官は、職務を全うしていないのではないか」
「仮にも先輩に当たる神官たちを悪く言うのは止めなさい。……とはいっても、管理不足や解明のための努力不足は避難せざるを得ないわね」
「夜が明けたら街医者のところに行かねえか?」
静客の言葉に一同が頷いて、ナナに道案内をしてくれるよう頼むと、今夜は解散となった。
翌朝。
静客はがさごそという物音で起きた。
「済まねエ。起こしたか」
物音を立てていたのはシンのようで、部屋を出ていこうとしている。
見た目から察するに体を動かしに行くようだ。
「まだ朝日も完全には昇っていないというのに、こんなに早くから修練か。すげえな」
「……別にすごかねエよ。体を動かさなきゃ鈍るのが早くなっちまうだろ。いくら武官になったとは言え、仕事の半分近くはデスクワークだと。ンなことなる前に、しっかり体鍛えておくしかねエだろ」
「ふーん。オマエ、色々考えているんだな。それじゃあ頑張って!」
……オレは二度寝するから。
その言葉は口にはせずにシンを見送ると、大きないびきをかいて寝ているロロに視線を向け少し笑うとまた布団の中に入っていった。
二度寝こそ至福と言わんばかりの笑みを浮かべて――――――。
実に一か月ぶりの更新になってしまい、申し訳ございません。
テストが……という言い訳は置いておいて。
今週は隔日投稿を予定しております! 詳細は活動報告をご覧ください!
次回、街医者に黒いもやについていろいろ聞いてみます‼




