18話 あと
「――――先程は助けていただき、ありがとうございました。お二人が倒してくれなければ、けがを負っていたかもしれません」
「いや、いいんだよ加勢の礼は。……ん? 助けていただき? 喧嘩じゃなかったのか?」
「あはは……やっぱり喧嘩だと思ってたんですね」
襲われていた少女の枯れた笑い声が路地裏に響く。
誤解していたことに気付き、目を合わせてシンと静客の二人は固まる。そして次いでに、下町をよく知っている天界出身者のルルメヌォットとロロの二人から離れていることにも気付く。
「で、でも、それでも、ありがとうございます。手を貸していただけなければ、どうなっていたことか……」
少女はこぼす。
「でも、オマエ、護身術とか習ってるだろ? 坊主の奴に放った蹴り、めっちゃ良かったぞ」
親指を突き立てて誉める静客の言葉に恥ずかしそうに赤面する少女。
隠すつもりはなかったのか少女は言葉にそのまま首を縦に振り、必死に弁明する。
「わ、私、っていうか父さんが店をやってるの! 父さんは義足で、片足がないし、母さんはいないし。店員だって雇ってはいるけど、信用しきれるってわけじゃないもの。という状況に陥ったら、私が護身術を習うしかないのよ」
「ほへー、店の手伝いをしているのか、若いのにすごいな」
「わ、若いって言っても、あなたとあまり変わらないじゃない! ……あっ」
少女は、静客たちが身に纏っている服が下町で見ることのない上等な法衣であることに気付く。天界における法衣を身に纏える存在はたった一つ。神官しかいない。
本来ならば神官に下町の人間が異を唱えるようなことはない。
なぜなら。
文句を言った。それだけのことで神官に処刑されるのが常だからだ。
少女は自分の失言に気付いた。あまりにも浮世離れしていて、話しているとついつい突っ込んでしまうといえ、話している相手は神官なのだ。自分は死んでもおかしくない、決心した瞬間だった。
静客はおとぼけ顔で、
「どうした? 頭でも痛いのか? もしかして、アイツらになんかされたか?」
少女の顔をのぞき込んでくる。
下町の人間にもいない、そのやさしさに少女の顔が赤くなる。
「だ、大丈夫です……お二人が助けてくれるまで、そう大したことはされていませんから……」
「ンなら、すまねエけど、大通りまで案内してくれるか? ツレと離れた」
「か、構いませんけど、礼のひとつぐらいさせてください! お金は頂戴しませんから、是非、うちのお店に来てください。宿と酒場が一緒になっているんです。ぜひ!」
少女の目は真剣だ。
静客とシンは一度、顔を見合わせてうなずく。
「なら、お願いしよう。……ええっと、名前は……」
「ナナです。お二人のことはなんとお呼びすればよいでしょうか」
「オレは静客だ。好きに呼べばいい‼」恰好をつけて言う。
「……シンだ」ぶっきらぼうに言う。
少女が先導し、三人は大通りに足を戻す。
数十分後――――
大量の商品袋を抱えた細身のルルメヌォットと、その荷物持ちとしてルルメヌォットの倍以上の商品袋を持つロロが三人の前から現れてくる。
「げっ……ルル、めっちゃ買い漁ってねえか?」
「きっと怒り心頭だろうな。手前の所為だかンな‼」
「オレだけのせいじゃないだろ‼ オマエも一緒になって飛び出したじゃねえか‼」
「二人とも喧嘩は止めて! あそこにいる綺麗な美人さんと巨人みたいに大きな男の人が探していたお仲間で間違いのよね?」
「ああ」「嗚呼」
取っ組み合いを始めよう、としていた静客とシンがナナの言葉にうなずく。
「さっきから喧嘩ばかり……仲が好いんだか、悪いんだか……」
すっかり三人は仲良くなっていた。
大量の商品袋はみるみるうちに近付いていき、やがて、地の底を這う女王の声がした。
「はしゃぐなと言わなかったかしら? 迷子になって困るのはどちらかしら? あら、素敵な子猫を拾っているじゃない。紹介してもらってもいいかしら」
怒りの矛先は、ナナがいるおかげでおさまったらしい。
ほっと胸を撫でおろすシンと静客に、ルルメヌォットはぎろりと視線を向ける。
「あとで話を聞かせてもらうわね」
「お、応……」「嗚呼……」
母親に怒られた幼児のようにか弱い声で返事をした。
その様子を見ていたナナとロロが笑う。
「あはは。仲が良いんですね、神官様たちは」
「同感である。怒っているとはいえ、ルルメヌォットは安堵しているのだ。じゃじゃ馬の二人の手綱がやっと帰って来たのだからな。ん、お主何者だ?」
「申すのが遅くなり、申し訳ございません。私は下町にある宿兼酒場の『太陽の風』亭主の一人娘、ナナ・レナスキンと申します。さきほど、静客とシンに助けていただき、その礼としてお二人を探していたのです」
「まあ、そうだったのね。人助けをするのは神官の務め。信者でないにしろ、それはすばらしいことだとアタシは思うわ。叱るのはヨシとしましょう」
ルルメヌォットはナナに向き直る。
「アタシの名前は、ルルメヌォット。神官だけれど、この二人の馬鹿と同じように気安く接してくれていいわよ。オネエちゃんと呼んでちょうだいっ‼」
「は、はひ。ルルメヌォットおねえちゃん……これでいいでしょうか?」
「うふふ。十分だわ」
十分らしい。
ナナに妹のような要素を見出したのか、嬉しそうに笑いながらルルメヌォットはロロを指さす。
「こちらは、ロロ。礼儀正しくさえあればとても寛容な素敵な人なの」
「はじめまして、ナナと申します。よろしくお願いします」
「うむ。吾輩はロロである。なにとぞ、よろしく頼む」
「ルルメヌォットおねえちゃんたちは、宿を探してない? わたしの店は宿兼酒場だから」
「あら、丁度いいわ。神殿のほうで何かあったみたいで、しばらくは下町で生活しなきゃいけなかったのよ。いつになるか分からないけど、神殿に入る許可が出るまで止まってもいいかしら?」
「ぜ、是非……!」
静客たちが最初、騙されたようにナナもルルメヌォットの外面の美しさに騙されていた。
ルルメヌォットが男性だと知ったときの驚きようはいかに。
ほどなくして、道を曲がり、突き進むと大通りとは違った雰囲気になってくる。
「ここはなんだか……あったかい、な」
「あったかい、ですか。この街に長らく住んでいるのでそんなふうに考えたことがありませんでした。ここは、職人とか商人とかの生活圏なんです。日中は大通りで働いている人も夜はこの街で眠る。父さんの店、太陽の風はまさにこの街を一番体験できる場所だと思いますよ」
「ふむ。汗と血、労働とが混ざり合っているからこそ清廉な街。良いな」
「おほめにあずかり、光栄にございます」
大通りで歩く人間の目がぎらぎらとしていたのに比べ、この街を歩いている人の目は和やか。
大通りの早歩きとは違い、己の速度で歩んでいる。
静客は街を眺めながらついていく。
「ここです。ここが、太陽の風です」
ナナが立ち止まった場所には、少しふるめの木造の建物があった。
石造りの建物の方が少ない住宅街なので、特に目立ってはいないが、木造なので古く感じるのだ。
太陽の風、と掠れている文字で書かれている。
「父さんに話をしてくるので、少し待っていてください。すぐに戻るので」
そういってナナは店の中へと入っていった。
少女ナナ登場―――――――‼
次回『19話 太陽の風』です‼




