閑話 そのころの上位精霊
「――大神官が姿を消した?」
「ええ、サフラン大神官を初め、四人いる全ての大神官が姿を消しているのです」
白塗りの神官、桃園は、ジェスターニのあっけらかんとした顔を見て頷く。
「調査をしてみたところ、どうやら隠蔽の秩序が働いているようでして……しかし、聖天におわす神々の把握なども行う聖天管理局に連絡を取ってみましたが隠蔽の秩序に関する神がいらっしゃるという情報はなく、見当がつかないのです」
「……神族はいなくとも、その眷属がいる可能性は?」
「眷属……考えてもいませんでした。眷属は主である神の側にいるのが常。しかしながら、離れることが出来ない、というわけでもない……なるほど。隠蔽の秩序に関する神の眷属が聖天にいる可能性がある、ということですか」
そういうことだ、とジェスターニは頷く。
桃園への返答も半ば。
ジェスターニは、どんな眷属たちが聖天に――西海殿の大神官に興味を抱くのか心当たりを浮かべていく。
一つの神につき、一二の眷属。
それが神の世界の理であり、神族の格でもある。
たまに、一対で一つとする眷属もいるがそれは少し例外だ。
一二の眷属たちは主である神の体や魂の一部から零れ落ち、主とともに与えられた秩序に従う。
もし主が嘘を付く秩序であったのなら、眷属もその秩序に相当する権能を持つ。
反せば姿は潰える。
ある意味では自由な精霊たちとは似ても似つかない存在だ。
「隠蔽の秩序を持つ神で西海殿に関する……ああ、一人いるね。やっかいなやつが。でもあれは、大昔の神殿長とタイマン張って負けたから、入れなくなったんじゃないの?」
「あんな昔の約束、守る方が少ないと思われます。ましてや、神の眷属ともあれば、神殿長であれいち神官に過ぎない存在との約束とあれば守らないのが当たり前かと」
「全く。これだから眷属ってやつは……」
桃園から西海殿をとりまく状況の説明を受け、ジェスターニはそれに対して一々反応を返す。
ジェスターニからすれば、西海殿は二つ目の故郷。
昔なじみの神官たちが多く働くこの場所が多少なりとも変わっていることに驚きこそないが、遂げた変化が首をひねるようなものが多く、話は途絶えなかった。
連れられてやってきたのは、文神官たちが働く文官室だった。
「へえーやっぱ変わってるねえ。でも、なぜこんなに半分に区切られているの?」
部屋に入って来た扉から見て右半分には机が並べられ、文神官たちがせっせと書類仕事にいそしんでいる。
かたやもう半分では、机がとっぱられている。
「大神官たちが行方を晦ましているのです。状況を改善するために、ここに捜査本部を置いているのです」
「ここに置くってなると……もしかして、武神官の神官長にはサフランがなっているとか?」
「その通りです。サフラン大神官は、武神官長も務めております。……ああ、ジェスターニ様はサフラン大神官と色々ありましたね」
「ぼくがあったわけじゃない! すっごくすっごく偉い上位精霊で、すっごくすっごく優しいこのぼくがあんなやつと色々あるわけないじゃないか! 基本的には佳幻のせい! ぜーんぶ、あいつが悪いの!」
「そうですか」
桃園の視線は、喧嘩の仲裁に入った親に自分は悪くないと主張する子供を見るような温かい目をしていた。
絶対実力主義のサフランと、口先では冷たくともほっておけないジェスターニ。
二人が衝突しているのは、西海殿では日常茶飯事の出来事だった。
そして、そんなサフランが大神官となり、武神官を束ねる武神官長になった結果、西海殿の武神官団は屈強な武神官によって編成されている。
屈強という言葉は同時に馬鹿という言葉も付いて回るようで、最初、本部は武官室にあったのだ。
しかし、問題は起きた。
あまりにも無謀――というか、適当過ぎる上に大雑把、それでいて無計画な捜索指針に文神官たちは不満を募らせ、口を出すなら自分たちが指揮しろという武神官の一言で、文官室に置かれることになったのだ。
「捜索は円滑に進むようになったのですが、この部屋に武神官が出入りするようになったため、文神官たちは集中できない、と口うるさいですが、捜索のために協力をしようともしないだなんて。これだから文神官というものは……」
青武――つまるところの武術馬鹿である桃園の一言に、ジェスターニはどっちもどっちだよ、と突っ込まずにはいれなかった。
「文神官たちだけに協力しろって言ってるんじゃないだろうね? 同じ武神官には? 少しでも歩み寄ろうという姿勢は見せた?」
無言になる桃園。
歩み寄る、という考えは桃園を始めとする武神官たちにはなかった。
捜索を実際に行うのは自分たちで、どうせ文神官たちは口出しをするだけなのだから、と。
「確かに実際に体を動かしたり、使い魔を使役したりするのはきみたちかもしれない。けれど、武神官の中に隠蔽の秩序を持って、西海殿に接点を持つ神を思いついたのは誰もいなかっただろう? おそらく、教育不足だけれど、封印前の文神官たちなら知っていたことだよ」
「ですが実際にそれを突き止めたのはジェスターニ様で……」
「そうかもしれないけれど、計画的に捜索を始めようと言い出したのは武神官の誰かなの? まさか闇雲に西海殿の周辺を探せば見つかる、なんて考えて文神官たちに口出しされた武神官にそんな優秀な人がいたの?」
そんな人がいれば捜索を実際に始めるよりも先に、計画的に行っていただろう。
「ぼくは二〇〇年近く封印されてた……というかもっとだね。長い間眠っていたから西海殿に関する情報には疎い。けれど、こんなにも文と武の間に溝が出来ているなんて嘆かわしい」
「仰る通りです。面目ございません」
ジェスターニは顔を引き締める。
その瞳には、西海の未来を思う、銀天の叡知としての賢さが宿っていた。
「西海殿の全ての神官たちを呼び寄せて。ぼくは、西海殿の守護者という肩書に相応しい働きをしなきゃ」
◆――◆――◆――◆――◆
「きみたちに話しておかなければならないことがある」
自己紹介も尚早にジェスターニは本題へと進む。
集まった西海殿の神官――一〇〇〇以上はいる彼らは、中庭の中央で浮かんでいるジェスターニに一様に視線を向けている。
「ぼくの名前を知っていようと、知るまいと、西海殿の守護者という言葉に聞き覚えはあるよね? いわく、西海には神殿を守護する叡智が宿る、という言葉も知られているはずだ」
西海殿だけでなく、他の神殿でもよく耳にする言葉である。
海のある聖天。
ジェスターニたちが住む聖天がそう呼ばれるのは、西海殿とも名が冠されている三つある聖天のうち、唯一、海――西海を持っているからだ。
それを守護するのが西海殿。
央納殿が各神殿を統治し、神官の制度を完全に掌握するように、西海殿も役目を担っているのだ。
聖天の名にもなっている西海を守護するためには神官たちだけでは心もとない。
なにせ、西海には無数の神区が存在する彷徨深海へと続く『移動の渦』があるのだ。
続いていると言うことは、『あちら』からもやってくる存在がある、ということだ。
道路ならまだしも、どんな奇跡がおこるか予想もつかない天界で侵入者がいない、と絶対に言い切ることはできない。
故にジェスターニなのだ。
佳幻に封印され、法力が足りず生命の危機に陥り、静客と契約を交わそうとも。
彼は世界の王たる天帝に認められた上位精霊なのだから。
「ぼくが不在だった頃は、ぼくに次ぐ実力者である第一文神官と第一武神官、そして神殿長たちの三人が――大神官たちが仕切っていたからいがみ合っていたとしても問題はなかったのかもしれないけれど、こうやって大神官がいなくなればいかにそれが無駄なことか分かるだろう?」
「…………」
投げかけに応える者はいない。
それを口にしようとしまいと、答えは自明だ。
「西海殿の守護者として言わせてもらおう。武神官か文神官かは関係ない。ただともに、神官として、西海殿を守護し、信者たちに応える神官として手を組みなさい」
同時にジェスターニの背後から日が指してくる。
後光という言葉が過り、それを見上げていた神官の中にはジェスターニが神にも見えたかもしれない。
異様に幻想的な空間の中、ジェスターニは次々と指示を飛ばしていく。
あっけにとられている神官たちなんかお構いなしに、大神官たちを攫ったであろう神の眷属たちの名前を言っていくのであった。
西海殿の守護者、本領発揮――――――‼‼‼
一〇日以上お待たせしてしまいました、すみません‼
どうしてもジェスターニのお話、ということで構えてしまい、色んな文献を探していたらこんなふうに……
今日から八月‼ ……ということで、毎日投稿させていただく所存です‼
次回、『17話 街の中で』をお楽しみに‼




