16話 ふたり
(コイツら、何なンだよ……俺の質問に聞く気もねエようだし……)
シンからの質問に、二人は答えない。ただ、他の参加者と同じようにダンスパーティーに参加する一組として、踊っているだけだ。
踊りは始めたころには、地面に足も付いていて、シンも話しかけ手られていたが、踊り始めればそうはいかない。距離はどんどんあき、怪しげな二人は静客のもとへ近付いていくばかりだ。
そして、当の本人――静客と少女、シャレインはそんなことを露とも知らず。
仲良く踊っている。
「シャレインはどこで踊りを覚えたんだ? オマエ、今生まれてきたばっかだろ?」
「またおまえっていったの! あひっ☆ こんな小さなことでめくじらたてていたら、余輩、はしたなく見えちゃうかも! いひひっ☆ 余輩はしたいと『思え』ば、何にでもできるのだ! そこが余輩と静客とをはっきりと区別させる部分だなっ!」
「? よく分かんねえけど、めっちゃ才能があるってことだよな? 今だってオレはシャレインにリードされているわけで……ロロも踊れるのか? ルルメヌォットも?」
横でおどっている二人に目を向ける。
身長差に大きな開きがある――それは静客とシャレインも同じだが、二人は、とても器用に待っている。ルルメヌォットがターンを要求すれば、ロロもそれに応じるようにくるりと手を回している。
「アタシは! こう見えても、天界じゃ優秀なエリートな家系の出身なのよ! ロロは……狩猟民族のようだけれど、とても上品で、教養があるわ。もしかしたら、神官を家族に持つ者にとっては、これぐらいは当たり前のことなのかもしれないわね!」
「がっ……‼」
踊れることが神官の教養。
ルルメヌォットの口から聞きたくなかった言葉を耳にしてしまい、一気に顔面蒼白になる静客。見兼ねたロロが必要な時に習得すればいいのではないか、と言うが、静客の中でダンス特訓をしなければいけないのは決まったことのようで――。
「シャレイン、オレにちゃんと踊りを教えてくれ!」
「にひひっ☆ 余輩、教えること大好きなのよ! それと同じくらい酒も好きなのよ!」
一気に辺りに流れていた旋律に変化が起きる。
「これでもない、これでもない……ううん、余輩、音楽を考えるのにあきちゃったの」
「余輩が……ってことは、シャレインが音楽を操作しているのか⁉」
「何を驚いているのだ? ここにいらっしゃるのは、憂
「そこまでなの! いひひっ☆ 余輩が求めてもいないというのに、余輩の正体をばらそうとするなんてイケナイ子なのよ。あひっ☆ 余輩、そんな子供、殺してしまいたくなるのよ」
うひっ、と無邪気に笑う。
何の混じりけのない憎悪を向けられて、ただ圧倒されるのは、寡黙な保護者――ガーフィールド。手をつないで側にいる幼女、てゃちゃんは一部始終をみまもっているだけで、干渉はない。
シャレインの長い栗色と飴色に混ざった髪が殺気を放って、天高く上がっていく。
怒りを示しているのだ。
しかし、そんなことはお構いなく。空気を読むわけでもなく無視するものがいた。
「どうどうどう……‼‼‼ 今コイツ、オレに踊り方を教えてくれるって言うんで、盛り上がってるんだ。すまねえけど、話をするのは後にしてくれねえか? オレも神官として常識を習得できるかどうかがかかっているんだ! この通りだッ‼」
顔の前で合掌させる静客。
行動の意図を理解できるわけもなく、ガーフィールドは首をかしげるが、無言だったてゃちゃんが口を開く。
「るんっ♪ シャレインちゃん、ごめんなさいなの♪ てゃちゃんとガーフィールドは、アナタを傷つける気なんてサラサラないの♪ 強いて言うなら、おばちゃまの命令を叶えるため♪ シャレインちゃんは、この意味が分かるってきいてきたのだけど……?」
「あひっ☆ あひゃひゃっ☆ 余輩にそんなナメた口きいていいのかしら? まあ、余輩は気にも留めないけどてゃちゃんが言うところのおばちゃまは文句を言わないかしら」
質問への回答は避けて、痛いところをつく。
てゃちゃんは顔をしかめて、失言だっとそれ以上言うことはなくなった。
「? シャレイン、この人たちはオマエの知り合いなのか?」
「ううん、初めて出会ったよ! あひっ☆ でも、余輩はどうやらあまり時間がないみたい! 最後の一曲、この曲だけ踊ったら静客の前からは姿を消さないと大変なことになるみたい」
「大変なことって……?」
「それはね、
聖天が墜落しちゃうかもしれないの。あひっ☆」
そんな、聖天が墜落するなんて、そんな馬鹿な。口にしてしまうよりも前に、何度も何度も脳裏に浮かび上がった、ここは自分の常識で推し量ることのできる世界ではない、ということを思い出す。
ここはリンゴを空中から手放せば大陸に向かう場所ではない。
ここは飛び回りたいからと言って崖から飛び降りて死ぬとかそう言う場所ではない。
さっき。今さっき、自分でも体験したばかりではないか。空中で踊れて、さらには目の前にいる少女が好きなように音楽を選べるという、本当に下界では体験したことのなかった出来事が。
静客はそれでも絶句していた。
常識はずれな、恣意的に動かせることができる世界だと分かっておきながらも、目の前にいる少女原因で、今、足元に広がっている大きな岩盤が堕ちる、そう聞けば何とも言えない、言わば軽い絶望みたいなものが襲っていた。
「聖天が墜落するなんて……墜落するなんて、そんなことが……?」
「ないとは言えないことであるな」
音楽が止んでいる。自然とルルメヌォットとロロの手も止まっていて、すかさず静客の言葉に説明を付け足していく。
「――彼女が『魔女』であるなら、特にね」
雰囲気が変わった。
てゃちゃんとガーフィールドの鋭い視線。それと、ロロとルルメヌォットの鋭い視線が交差する。
意味が分からないのは静客だけで、取り残されたもう一人の少女――魔女と呼ばれたシャレインは、そこだけが絵本と茶菓子で構成されたような別次元のような空間の中に佇んでいるようだった。
「いひっ☆ 余輩が魔女であったとしても、魔女でなかったとしても、この聖天に災いをもたらしてしまうことは事実なのにゃ! 余輩、全力で聖天から逃げなきゃ!」
「なんとか……する方法は……ないの、か?」
「静客は優しのにゃ! あひっ☆ 余輩にとって、こんな取るに足らない聖天なんて未練の一つもないのじゃ。けれど、ここには静客がおる。それに余輩は、この地で生まれたしにゃ! なら、ちょっとぐらい残しておきたい、と思うのじゃ」
故郷を大事に思うのがだめか、とシャレインは念を押す。
ゆるぎない意志を水色の双眸に込める少女を前に、その勇気を後押しすることしかできない自分を歯がゆくおもい、それでも精一杯に送り出すために静客は手を取る。
「シャレイン、絶対戻って来いよ。オレはオマエが何者か知らない。もしかしたら、滅茶苦茶な奴で悪逆非道の限りを尽くしてきたのかもしれない。けど、けどオレは……オマエを
「それから先はいらいのよ。あひっ☆ 静客にはよくしてもらったから、今度は余輩がなにかしなければならない。順番、交代、代わりばんこなだけなのにゃ! いひゃっ☆」
奇妙に笑う少女は、力強く静客の手を握り返して――やがて、離した。
シャレインを守護するように空高くへと舞い上がっていく光に続いて、てゃちゃんとガーフィールドも続ていく。
ルルメヌォットの持っていた緊張感は伝播することなく和らぎ、その場には静寂が戻った。
――――手は離されて――――。
小説書くの、難しいです……!!
次回、『閑話 そのころの上位精霊』ですっ!




