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聖天海武  作者: 弌樹カリュ
第一部 西海殿の武神官
14/27

14話 ルルメヌォットの夢

「――――おいシン、シンってば! どうしたんだよ、急にぼーっとして」


「うぉおおお! 触んじゃねエ! 俺に気安く触れンな!」



(……解せぬ。せっかく、人が心配して声をかけてやったのになんだよ)


 静客の心の中に一瞬で不満が拡大していく。


 場の空気が変な方向に向かう。そう確信したルルメヌォットがそれを遮るように口を開いた。



「シンちゃんがボーっとしてたのは置いておいて、アタシたち何の話をしていたかしらっ?」


「パパランタ、パパランタ! 吾輩も忘れてしまった……ああ! 吾輩らはシン殿の夢の話をしておったな! ルルメヌォット殿や静客殿はどうであろうか?」


「アタシの夢……? そうねえ、アタシの夢は一人前の宝具技師になることよっ!」



 満面の笑みを浮かべて、宣告した。



「ほうぐ……?」


「ぎしい……?」



 名前を聞いただけじゃ、下界上がりの神官たちであるシンと静客には理解できなかったようで、阿保面――もとい、きょとんとして首を傾げている。



「法具をバサバサって創る者のことであろう? 吾輩も法具は作れるが、その専門分野を究めようとするとは、中々、面白い心意気であるな!」


「いや、ソッチの法具じゃなくて、『宝具』――神官ですら持っているのは極僅か。だからこそ、持っているだけで勝敗を一気に自分の優勢へ傾けることできる、秘奥義の武器。それが宝具よ。きっと静客ちゃんの精霊様――ジェスターニ様は、宝具をお持ちのはずよ」



 よくわからないまま話を聞いていた静客は、突然自分の方に話を向けられて一瞬、困惑したような表情を浮かべる。自身の指さしてオレ? みたいな顔をしている。



「ジェスが……? そんなすっげえモン持ってるなら、さっき貸してくれれば良かったのに」


「さっき、だア? 西海殿ここに来るまでに何かあったって言うのかよ。ケッ」



 シンの言葉に頷く静客。


 ここに来るまでに、静客はまず下界から佳幻に招待されて天界へとやって来た。央納殿を出たかと思えば、そこには野垂れ死に直前のすっごくすっごく偉い上位精霊がいて、無意識のうちに法力を与えてしまっていた。


 ジェスターニにとっては、幸運。正確にとっては――案内人を獲得できた、という意味では、幸運な、双方に利のある出会いを迎えた。そして、目的地であった西海殿に向かう途中。


 静客とジェスターニは厄介な木の神獣――キラエラと遭遇した。


 攻撃すればするほど分裂する厄介な性質。体中に開けられた穴という穴には神獣が住んでいる。まさに神獣オンパレードだったキラエラは厄介な相手だった。


 その話をしていくうちに、顔面蒼白になり頬を引きつらせるルルメヌォット。あれを引きちぎるのは根気がいる、と見当違いなことを言うロロ。よく理解していないシン。



(この調子じゃあ、キラエラって神獣、実は結構強かった?)



 結構どころではなく、仮にも上位精霊であるジェスターニが拮抗しているぐらいなのだから、それなりに強い相手だったが、比較対象がない静客にとっては、あれが厄介であるということぐらいしか判断できなかった。



「なんだよそれ、強エのかよ?」



 キラエラのきの字も知らないシンが聞く。



「つ、強いなんてものじゃないわっ! キラエラと言えば、それに出会った黄武《四位》以下で生き残っている神官はいない、と言われているほどだわっ! ジェスターニ様がついていたとはいえ、黒武《七位》――最下位のアナタがよく生き残れたわねっ!」


「おう! だってオレは、最高に幸運な男だからな! 迷ったらジェスに出会えて、いつの間にか契約していたらオレを守ってくれて、ここまで連れてきてくれた。そして、オマエたちに出会えた。オレ、一人だったら寂しくて死んじまってたかも」



 冗談めかしく言う静客。


 自分が初めて受け入れてもらえた相手と言う事もあって、静客の言葉がじんわりと心に染み入るような気がしてくるルルメヌォット。


 二人だけの異様な甘い――――は余計か、空間が出来上がっていた。



 しかし、ロロはそこをなんとも思わないような顔で入りこんでくる。



「静客殿は夢、ないのか?」


「夢……夢……オレの夢か……」



 小さな夢ならいくらでも思いつく。


 村のみんなを都で食べられる最高級の料理を食べさせてやりたい、とか、法術を使って大変な冬の水仕事を楽にさせてあげたい、とか。


 でもそれは、自分が他者に施したい内容であって、他の三人がかたるような夢ではなかった。


 夢はもっと、身勝手で自分勝手な物なのだ。


 自分が医者に救われたから医者になりたいだとか。貧民街の出身だったからこそ身元不明でも雇われ、実力があれば生き残ることができる傭兵になりたいだとか。


 それぞれの環境に適応させた自分勝手な理想論。それこそが夢だ。


 しかし、そんなものは静客の心の中になかった。



「ケッ。夢がねエ奴が、こンなところでやって行けるかよ」



 馬鹿にするような言葉だった。しかし、真意は別のところにあるように感じた。


 少なくとも静客はそう思った。



(天界は自身が思っているよりも弱肉強食の世界なのだろう。ルルの反応を見る限りじゃ、キラエラみたいな化け物に頻繁に出くわすようなわけではないが、村では到底考えもしなかったような化け物は当たり前にいる。そして、神殿内は完全実力主義。下界上がりだからと嘲笑されることも少なくはない、と佳幻様は言っていた。オレはそんな場所でやっていけるのだろうか)



 不安がない、と言えば嘘だった。


 能天気、悩みなんてなさそうと言われることの多い静客だが、静客なりに考えている。静客なりに悩んでいる。静客なりに迷っているのだ。


 けれど、今、ここに議論は帰結した。



「オレにオマエらみたいな立派な夢はない! けど、辛うじて夢というか、叶えたい物ならある」


「なんだよソレ。言ってみろよ」


「オレは、村の皆を守りたい! 何もない村だけど、オレの愛する人たちがいる場所を守りたい!」


「なんだよソレ。それじゃあ、」



 ――俺と一緒じゃねエかよ。


 口には出さなかった。静客には届いている、と信じたから。


 二人のアツい友情に感動しているのはルルメヌォットの方ではなく、ロロのほうだった。



「パパランタ、パパランタ! パパランタ、パパランタ! 男の友情というものはこうでなくては!」


「まだ出会って一日も経っていないけどね……馬鹿馬鹿しい」



 暑苦しいと言わんばかりにしかめるルルメヌォットだったが、それは愛情の裏返しでもあった。






 ドンッ‼‼‼‼‼






 大地が割れるような轟音がして、まもなく空からの飛翔があった。



 その瞬間、静客は呼吸を忘れていた。


 あまりにも突然だった。



 瞬きをする間も、呼吸をする間もなく、突然耳をつんざく轟音が鳴り響いたかと思えば、目の前に卵が落ちてきたのを目の前で見た。シン、ルルメヌォット、ロロの三人は即座に法具を構えていたが、静客は腰が抜けていた。


 ――否、他の二人シンとルルメヌォットも同じだった。


 一瞬、目の前に現れた落下物が何かわからず、絹のような壁と錯角したが、遅れてそれが卵だと理解する。しかし理解できないのは。その卵は割れていない、ということだ。


 静客の身長と同じくらいか、それよりも少し小さいくらいの卵。数センチのところから墜としただけでも割れるというのに、目の前にある卵は不動のまま、鎮座していた。


 ロロは法具を右手でつかんだまま、座り込んでしまった三人を順番に立ち上がらせていく。



 静客にも法具を準備するように言うが、静客は法具の作り方なんて知らない。見兼ねたシンが手にしていた法具を手渡した。亡くなった分は、即座に懐から新たに法具を取り出して構える。


 何が起きるのか。


 何が生まれるのか。


 誰も、その卵が落ちてきた理由も含めて。


 全てがわからずにただ、次の動きに向けて構えていた。

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