表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖天海武  作者: 弌樹カリュ
第一部 西海殿の武神官
1/26

1話 昇華

「神官にわたしが――――?」


「ええ。ここは、神界から遠く離れた下界との中継地点に位置する、三聖天のうちの一つ、海のある聖天、水越分神の庭です。

 あなたは、下界での功績が認められ、傘加文神様によって神官へと転生されました」



 文神官の佳幻の淡々とした口調に間に合わない様子で目を瞬かせる静客。


 静客の「キョトン顔」に佳幻の直感が告げる。

 ――――――この子は、まずい。



「神官? えーと、私がですか? 私が神官に?」


「ええ。そうです。あなたは神官に選ばれました。

 月ごとに決められている職務を果たしさえすれば、基本的には自由です。

 下界に住むことも天界に住むこともできます」


「ですが……私が本当に天界に住まわれる神官になったのですか?」


「はい。傘加文神様があなたの功績を鑑みて、空きのあった西海殿の武神官へ転生させるようここ、央納殿へ指示がありました。私は、あなたの天界での活動をサポートする役目もあります。


 もしよろしければ天界の案内もしますが?」



 表情を崩すこともなければ、口調に抑揚があるわけでもない。

 あらかじめ作られていた文書を読むように、佳幻は提案する。



「神官になることができただなんてこんな身に余る光栄はありません。本当にありがとうございます! 案内、よろしくお願いします!」


「承りました」



 佳幻は、右手を地に平行に突き出し、法言を唱える。

 たちまち手の周りに光の粒子が生まれ、黒の染料で染められた服が現れる。



「これは法衣と呼ばれ、法力によって作られている法具の一種です。

 法術によって形や色を変えることはできますが、神殿内では色は役職によって決められています。


 あなたの色は、黒武。

 武神官の中では最も低い階級です。意図的に色を変更しなくとも、神殿内や特殊な結界門を通ると自動的に色が変更するようになっています」


「黒武ですか……冠全神や土刃神などがいるところですか?」



 普段、表情に変化のない佳幻が目を見開く。



「あなたは内竜山脈の出身だったと記憶していますが、どうして央海地方に伝わる伝承を……?」


「あはは。噂好きで、吟遊詩人に憧れていた友人がいるんですよ。

 私は、央海地方の武承話よりも要方の陽光伝なんかの文神様について書かれた神話の方が好きですけどね」



 静客は照れ隠しのように、手で耳を隠す。

 佳幻から法衣を受け取ると、光に包まれてこれまでの土まみれの作業服から黒の法衣へと姿を変える。



「似合っています。

 こういっては何ですが、陽光伝の主役である武神陽光は、今だ神官のままの南丘殿にいます」


「そんな……陽光伝は武神神話の最高峰と呼ばれる神話なのに」


「彼の法具――まあ、武器みたいなものです。

 それが筆と墨なのですよ。陽光の父は、神官だった当時は央納殿では有能で有名だった文神様なのですよ。陽光は一族の中で唯一の武神らしいです。


 おおかた、役職に映し出されなかった分、法具に現れたのでしょうね。

 隠居しているという噂も聞きましたが、神の巡り合わせがあるようでしたら、会うことだってできるかもしれません」



 やはり、佳幻は表情を変えることなく陽光を揶揄する。



「よく知っている方なのですね。佳幻様も有名な文神様なのでしょうか――?」


「いいえ。私はぽっと出の下人神官ですよ。あっ……」


「げにんがみ……?」



 神が住まう神界。

 その下にあり、神候補である神官の住まう天界。

 そして、神官候補である人間の住まう下界。


 神官や神にはそれぞれに役割があり、その役割を果たすべく神殿が置かれている。

 怠慢は許されず、間違いは悲哀を産む。


 そんな激務とも言える天界で、一部の神官は下界に住む――自由気ままに住むことが出来る――人間のことを下人という蔑称で呼んでいる。


 そして、下界の出身の元人間であった神官は下人神官とよばれ、これもまた差別的な意味合いを持っている。


 天界にいれば、嫌でも聞こえてくる。

 そのことを神官カミになれた喜びをかみしめているこの若者に言うべきか、佳幻は悩む。



「下人神官は、下界出身者の神官のことを言います。

 私は、曲がりなりにも西海殿の紫文(第一文神官)ですので支神官(支えでしかない神官)と呼ばれることはあっても、下人神官と呼ばれることはありませんが、あなたは最下位の黒武です。


 とやかく言われたとしても真面目に受け取らず、受け流しなさい。

 度を過ぎるようであったら、私に報告をしなさい。

 第一文神官として最善の努力を尽くします。私はあなたの保護者的立ち位置にあると思ってもらえばよろしいかと」



 理解できていないと書いてあるような表情をうかべていた静客の理解を促すため補足すると、佳幻は塔の方へ振り向いた。



「ある程度の説明はしましたし、今日中に引き継ぎも行いたいですから案内を始めますね」



 佳幻は続ける。


 目線の先には、三つの塔が飛びえ経っており、その前にある緑の壁よりも高い。

 緑の壁の色の正体は、植物。

 三〇〇年ほど前の天帝が植えた天樹は今なお枯れぬ巨樹へと成長したそうだ。


 今なお、巨樹の根は辺り一帯に広がっており、ここ央納殿周辺の建物は影響を受けているそうだ。



「切り倒したりはできないんですか?」


「先程、あなたや私の法衣は結界内もしくは神殿に入ると自動的に色を変えると言ったでしょう? その結界はあの巨樹なのよ」


「ああ、あの木を切ってしまうと結界が切れて面倒くさいことが起きるから、ということなんですね」


「ええ、その通り。さらに、あの巨樹が張っている結界には、範囲内で攻撃が加えられないような効力があるのです。過去に何度か武神官たちが挑戦したことがあるようですが、かすり傷ひとつもつけられなかったそうです」



 実際は、二つの点が違う。

 巨樹自体が結界なのではなく、成長していく過程で巨樹が結界を飲み込んでしまい、内部にあることは分かっているのだが、実際にどこにあるのかは分かっていない。


 もう一つは、あの木を切った場合は「めんどうくさい」の一言で片づけられる程度ではない。

 巨樹は曲がりなりにも、三聖天のうちの一つをまとめ上げる天帝が植えた植物。

 天樹と名がついている通り、天に根を生やす木なのだ。


 聖天がどうやって大陸のように成り立っているのかは、誕生してから今日まで把握されていない。しかし、言えることは、この天樹は聖天の半分以上に根を生やしているということ。


 その木を斬るだけで、地面の奥深くにある根が崩れていき、やがて時が経ってから枯れて、地形変動が起こるのは想像に難くない。


 しかし、佳幻はそこまで詳細に話さない。

 話したいのはそこではなく、塔でもあったから。



「あの塔は央納三塔と名付けられており、中央にあり一番高い訓塔、右側の飲塔、左側で飲塔と同じ高さの範塔から成り立っています。

 訓塔には神官の最高位であり、紫の法衣(第一神官)を超える神官長が棲んでいます。

 範塔には第一武神官である春明が、飲塔には第一文神官である私が住んでいます。


 新官長は天界に降臨する唯一の神であり、天帝の子孫だとも言われています。

 そしてここからが重要です。神官長には悪癖があってですね――――」



 佳幻は先程と同じように言いよどむ。

 言おうか、言わないか、いくらか逡巡したあとで、口を開いた。



「――――新しい神官に無茶を言うのがお好きなのです」


「無茶、というのは例えば?」



 だいぶ濁して伝えたのに、静客バカには伝わらなかったようで、佳幻はまた言いよどむ。



「嫌がらせとはまた違ったものなのですが……一発芸をしてみろだとか、逆立ちで山を三つ超えてみろ、だとか……」



「いやがらせ……ですよね?」


「ええ……物は言いよう、というのでしょうか。

 各神殿の神官たちが選んできた神官候補の中から神官へと昇華されるのは神官長であり、彼の御仁に逆らえる神官などいないのです」



 なるほどと納得した表情を見せる静客。



「納得したのですか?」



 しかし、佳幻こちらが納得した様子に納得していなかった。



「要するに、悪戯ですもんね。私一人だけがされるならまだしも、これまでの神官様たちも乗り越えてきたのですよね? ならば、大丈夫だと思います。それに天界唯一の神様で、神官の最高位、さらに天帝おうさまと会うことができる立場なのでしょう?


 そんな神様おかたに抵抗してしまえば私だけでなくあなたの立場も悪くなるのではないのですか?」



 鈍感さはどこへ行ったのか、論理的に説明する様を見て舌を巻く佳幻。


 確かに、抵抗によって立場を悪くするのは、まだ天界にやってきて一日目の静客よりも長年勤めあげてきた佳幻のほうだろう。

 静客の言葉に遅れて頷くと佳幻はまた央納殿周辺まちの説明をし始めた。





「ぷはー、楽しかったです! ありがとうございました!」


「楽しんでもらえたなら本望です。

 あ、そういえば、言ってませんでしたが、静客さん、あなたは二〇〇年ぶりの下界出身の下人神官なんですよ。私を含め、多くの下人神官があなたの動向に期待していますよ」



 案内も終えて、佳幻は笑みを浮かべて言う。

 露知らずだった静客は慌てたように目を見開く。



「それってオレが滅茶苦茶期待されているってことですよねっ!? 失敗なんかしたらどうしよう……」


「まだ始まってもいないのに失敗した時のことを考えているんですか?

 失敗する前提で物事を考えていては、成功するものも成功しませんよ。それに――」



 佳幻はさらに頬を緩め、今日一日の中で最も気の緩んだ優しい声で言った。



「多くの下人神官(神官たち)があなたに期待している、と言ったでしょう? きっとあなたが困っているときには、手を差し伸べてくれるはずですよ」


「それもそうですね! ひ弱になっていないで、下人神官なんて呼ばれなくても済むように、ぱーって出世して強くなります!」


「ええ。静客さんの活躍を央納殿の執務室で待っていますよ」



 自身の言葉にうなずいた静客が自身に背を向けて目的地へ向かったのを見て、佳幻は言った。



「聖天海武のお導きがあらんことを」


佳幻(・_・|「神官の等級について説明します。最高位で、神官をまとめ上げるのは神官長。次いで、紫青、赤、黄、白、黒にわかれ、さらに武神官と文神官でわかれます」



静客(〇`・Д・ ウンウン「なるほど! なるほど!」



佳幻(・_・|「文神官、武神官に序列はないはずですが、文神官よりも武神官が重んじられる風潮があります。……ですがあなたは、そんな武神官にはならないでくださいね」


静客( ̄^ ̄)ゞ「はいっ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ