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第五話-目を閉じた日・前編

 顔面に冷水をぶっかけられたような感覚で、アタシは目を覚ました。


「ん〜、朝……」


 申し訳程度に被っていた毛布をからズルズルと這い出ながら、目を擦る。

 寝ぼけ眼のまま首をぐるりと回すと、そこは廃墟ビルの一室だった。元々はどこかの会社のオフィスとかだったんだろう、埃を被ったデスクが無造作に転がっていた。


 ふと横を見ると、ノゾミがすよすよと寝息を立てている。サラリと長く伸びた黒髪を自分の腕でクシャッと抱いていた。抱き枕のつもりなんだろうか。眠りは相当深いようで、アタシが動いても起きる気配を見せることはない。


「ん、しょっと」


 でも念のため、極力ノゾミを起こさないようにと、アタシは慎重に立ち上がって、廃ビルの外に出た。朝に弱いノゾミの事だから、多分あと三〇分は起きない。

 寝床の傍らに置いていたスニーカーを手に取って、その空洞に足をはめ込んだ。


 ヒュウっと、風が音を立てた。

 完全に無防備になっていた首元が冷気に晒されて、アタシは思わず身震いする。ここまで寒いとは。いよいよ本当に、今年の冬をどう越すかを考え始めなければならない。

 ここまでやってきて、二人揃って凍え死ぬなんて結末はまっぴらごめんだ。


 ……とは言っても、策があるわけじゃなし。まぁ最悪一昨日の集落まで戻ってシェルター勝手に借りるとか、そういう感じになると思うけど。


「……ふぅ、今日も平常通り! 環境は最悪!」


 誰も聞く人などいない滅びた街中で、アタシは大声でおどけたことを言ってみせる。ただの気晴らしだった。


 どうせノゾミが起きてくるまでは暇だし、その辺をぶらついてみようか、などと考えながら、大きく腕を天に伸ばして縦に伸びてみる。肩がちょっとだけコキリと鳴って、幾分か軽くなった。


 ひび割れだらけでデコボコとした道路を、転んでしまわないようにと慎重に歩いていく。あちこちにビルの外壁みたいなコンクリートの塊が転がっていて、場所によっちゃ足の踏み場も無いほどだった。

 人が横に五〇人は並べそうなくらい大きな道路の両脇には、銀行の跡だったり、デパートの跡だったり、マンションの跡だったり、色んな形や構造をした建物が立ち並ぶ。

 取りあえず何か残ってそうなのと言えば、デパートの中だろうか。道の突き当たりに、それらしいものが見えていた。


 入ってみようかと、建物に近づく。掠れてほとんど読めなくなった看板には、辛うじて「S」の文字が遺されていた。

粉々に砕けたセンサーの残骸で手を切らないように気をつけながら、店の内部を覗き込んでみる。

 天井はとても高く、中央を走る通路を挟んで様々な店……テナントって言うんだっけこういうの? が、奥までずっと続いていた。


「へぇ〜……思ってたよりも物残ってそう」


 遠くに行くほど暗がりになっているからよく見えないけど、建物の外観から見る限り広さも相当だろう。十分すぎるくらいには、物資を拝借できそうだった。


「……さて、じゃあそろそろ戻るかな」


 いくらねぼすけとは言え、時間を見ればもうじき八時を回る頃だ。流石に起きてると思う。起きてなかったらいい加減叩き起こすだけだし。

 デパートの建物を後にして、また地面が所々捲れ上がった大きな道へと出る。似たような建物ばかりで、うっかりするとどこから来たのか忘れてしまいそうだった。

 辺りを適当に見渡しながら、消えかかった白線の上から足を踏み外さないように歩いていく。ちょっとした遊びのつもりだったけど、結局それもすぐに飽きる。

 ノゾミがいないと、やっぱりちょっと退屈だな。なんてことを考えながら来た道を戻っていると、ふと目の前に揺らめく影を見た。


 ――人、ではない。


 一瞬人かと見間違うような風貌をしているそれは、細い鋼鉄の腕を両脇の地面に突き立てて、獣の如く前屈みの姿勢を取っていた。頭に相当する部分を鋭く輝かせて、ジッとこちらの様子を窺い続けているように見える。


 数瞬遅れて、アタシは気がついた。

 不味い。


 その揺らめく光は、忘れもしない、十二年前のあの日に地上から見上げた、世界を滅ぼした光だった。


「――あぁもう! ツイてない!」


 それがあの兵器の生き残りで、アタシは今狙われているのだということに気がついた時、アタシは即座に地面を蹴り上げた。スニーカーの両脇に取り付けられた三つの突起のうち、一番爪先の方にある一つを、パチンと叩き落とす。

 少し遅れて、かかとの辺りがフワリと浮力を持った。


 小さい頃、父さんに誕生日プレゼントとしてもらったスニーカー。

 いわゆる「多機能スニーカー」ってやつで、こうしてジェットエンジンで浮いたり、山道を登る時にはスパイクを出せたり、泳ごうとすればスクリューを出せたり、まぁ色々できる。サイズも自動で調整してくれるみたいで、おかげで十年以上ずっと履き続けることができている。


 ……けど、まさかこんな形で度々役立つことになるなんて、あの頃はアタシも、あと多分父さんも思ってなかっただろうな。


 アタシがエンジンを点火させ、真横に飛び退くのとほぼ同時に、兵器から発された熱線がアタシがさっきまで立っていた所を貫いた。真っ赤に溶けたコンクリートが飛び散って、周囲の気温が一気に上がり始める。


 冷や汗が背中を伝った。少しでも判断が遅れていたら間違いなく死んでた。随分と元気な個体らしい。ここまでの威力の攻撃を目にしたことはほとんどない。


「やっばいなこれ……」


 そもそも、この兵器に対抗できる手段をアタシは持ってない。ノゾミのパルスガンだけが頼みの綱だ。となると、アタシはこいつの攻撃を避けながら、元いた廃ビルまで戻らなきゃいけない。

 幸い、目的地は既に目に見える距離にある。チャージ時間とか色々鑑みて、大体二発くらい避けたら辿り着くだろうか。


 そうこう考えているうちに、目の前の兵器は再び怪しく輝き始める。モタモタはしていられない。

 アタシは舌打ちをして、スニーカーの突起をパチリと上げた。ジェットは貴重な緊急回避手段だ。あまり無駄遣いしたくない。一度使い切ってしまうと、完全に充電されるまで相当時間がかかる。


 ……ふうっ。まぁ何とかなるかな。


 一度目を閉じて、息を整える。ピピピピ、とアラート音が聞こえる中、アタシは目を開くと同時、縦に伸びていく道路に対して垂直方向に走り出した。


 歩道に近くなればなるほど、遮蔽物になる瓦礫が増える。有効活用しない手は無い。走りながら兵器の様子を確認して見ると、しっかりアタシのことを追尾するようにして首を振っていた。やっぱり、普通に走っただけじゃあっさりやられそうだ。

 歩道にたどり着いた。まだ撃ってこない。人一人の身を隠せそうな大きめの瓦礫を見つけて、その陰にしゃがむ。さっきの一撃を見た限りだと、このくらいのコンクリートならあっさり撃ち抜かれる。ここにも長くはいられない。


 アラート音の感覚が速くなっていく。つられるように、アタシの鼓動も速くなっていく。失敗したら死ぬ。大丈夫なはずだと分かっていても、流石に緊張して仕方がない。


 ピ、とアラート音が止まった。


「――っ今!」

 スニーカーをバチンと叩いた。ほぼ同時にエンジンが稼働する。ドゥッ、という衝撃音が鼓動を揺らした。かと思えば、次に耳に届いてくるのは、ヒュウ、という風を切る音。凄まじい勢いで流れていく廃都市の景色を横目にしながら、真っ赤な光線を放つ兵器の真横を通り過ぎた。


「っ、と」


 その姿を確認して、スイッチを上げる。ふわりと空中に浮いたままエンジンが止まり、アタシは前回りしながらまた別の瓦礫へと身を隠した。

 一度目は成功。もしかすると大成功かもしれない。次のアラート音が聞こえてこない。アタシのことを見失っているみたいだった。こっそりと瓦礫の端から兵器の様子を覗き見る。どうやら索敵機能が死んでいるようで、目の前に入った相手に攻撃を仕掛けるようになってるっぽい。

 行くなら今しかない、と思った。


「……よっ」


 ぱちっとスイッチを下げ、目的の廃ビルに向けて飛んでいく。

けど、あと半分くらいの距離まで来たところで、またあのけたたましいアラートが鳴り始める。ギョッとして振り向くと、兵器の首が思いっきりこっちを向いていた。


「音には反応すんのかい!」


 索敵機能は死んでても、感知能力は衰えてなかった。誤算と言えば誤算だけど、一度エネルギーを溜め始めてから発射するまでは、かなり余裕があるはず。その間に目的地まで行ってしまおうと、アタシはエンジンの出力をグンと上げた。


「よし、行ける……!」


 アタシたちが昨晩泊まったのは、オフィスビルの三階。この状況で上まで飛んでいくのは流石に危険だと考えて、大人しく一階のエントランスから建物の中に入る。うっかりすると崩れそうな階段を二段飛ばしで登って三階まで上がった。

 部屋の中に入ると、さっきの轟音でなのかそれとも偶然なのか、丁度よく上体を起こして目を擦っているノゾミの姿があった。


「も〜……どしたの朝から騒がしい……」

「逃げるよ、ノゾミ」

「へ?」


 起き抜けで半開きだった瞳が、パッと大きくなる。

 真ん丸い瞳は、綺麗な栗色をしていた。……じゃなくて。


「……ん」


 何も言わずに、アタシは親指をクイっと窓の外に向ける。何か嫌な予感を察したらしいノゾミが、そーっと窓に顔を寄せて外の様子を眺めた。アレがいることを確認すると、顔を引き攣らせながらまたそーっと窓から離れた。ゆっくりと首がこっち側に回る。


「いるじゃん……!」

「だから逃げるよって!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、荷物荷物」

「えー⁉︎ とりあえず後で戻ってくることにして今は置いといた方が――」


 アタシが言いかけたその時、真っ白な光が建物の外を走った。と思えば、今度は激しい揺れがアタシたちを襲う。ガバっと再び窓の向こう側を覗き込むと、丁度アレがアタシを最後に見たのであろう場所、ビルのすぐ前の地面が真っ赤に焼け爛れていた。


「……ヤバくない?」

「だから言ってるでしょ……!」


 あまり長い間見ていると捕捉されかねないので、さっさと窓から離れて荷物をざっくりまとめ始める。とりあえず最悪の場合を想定して、最低限の食料とパルスガンだけを担いでオフィスを出る。


「アイツを撒いて逃げる事は?」

「わっかんないけど望み薄! 追尾性能めちゃくちゃ高いしアタシのスニーカーももう半分くらい使っちゃってるから速さでゴリ押すのも無理!」

「じゃあアレ倒さなきゃいけないの⁉︎ 朝早くからもう……!」

「いや、多分どのみちアレには出くわしてたからね多分⁉︎ 朝からこんなことになったのは本当にゴメンだけど」


 わーわーギャーギャーと大声で言い合いをしながら、二人で階段を登っていく。まずは建物の中からアイツを狙えそうなところを探して、一発撃ってみるらしい。万が一反撃があって建物が撃ち抜かれても、低階層と比べて被害は減るし、崩れた時に潰される危険も少なく済む。なるほど。

 最上階までは相当な段数の階段があったけど、昨日あの展望台を経験したからか、あまり苦にはならなかった。ノゾミはぜえぜえ言ってる。


「……ここ何階だろ」

「三十階くらいじゃない?」

「バカでしょ……」


 数分かけて上り切ると、ノゾミはヘトヘトになりながらも銃をセットし始める。丁度窓のすぐ手前に本棚みたいなものが置かれている場所があったから、それの上に片膝を乗せて狙うみたい。


「一旦弱めので確認する」

「はいよ」


 ここからはアタシの出る幕じゃない。ギリっと鋭い目つきで銃を構えるノゾミを、後ろから見ているだけだ。

 こんな時になんだけど、やっぱ格好いいなぁって思う。元々ゲームのおかげだから、なんて本人は謙遜するけど、凄いことに変わりはない。アタシは銃なんてまともに持ったことが無いし、どうせ持ってみたところで使えないことだって分かりきってる。

 一体これまで、何度ノゾミに助けられたことか。


「よっ」


 パチン、とロックを外す音が聞こえた。少し間を置いて、バチバチと電気が溜まっていく。やがてその青白い稲光が銃先に収束していくと、ドゥッ、と音を立てて一直線に飛んでいった。


「どうだ」


 ノゾミと一緒になって窓から身を乗り出すと、パルスガンが放った電撃は、確実にアイツの脳天を貫いた。はず。

 だというのに、まるで効いていないかのように、元あったままの姿で兵器はそこに佇んでいた。


「うっそでしょ」


 スコープから目を離したノゾミが、小さく呟く。乱暴に銃を片付けると、バッと身を翻してアタシの腕を掴んだ。


「今のでバレた、降りるよ」


 さっきとは逆に、バタバタと階段を三段飛ばしくらいで降りていく。上りよりも楽なのだけがありがたかった。


「え、えっちょ、効いてないのさっきの⁉︎」

「全然効いてない。多分防衛機構が生きてる」


 そう淡々と答えるノゾミの声音は落ち着いているように聞こえるけど、内心相当焦っていることが分かるものだった。


「ってことは……」


 アタシは必死に旅の記憶をさらい出す。防衛機構、前に拾った本に書いてあったような気がする。AI兵器の最新装備がどうのとかいう本に。確かバリアとか書いてた。え? バリア?


「――無理じゃん」

「いや、やりようはあるんだけど……」

「え? 何?」


 聞き返すと、ノゾミは何か言いづらそうな顔をして、下唇を噛んでいた。


「……何でもいいよ。アタシが何かやれることあるなら教えて」


 言ってから、少し語気が強すぎたかな、と思った。ノゾミはハッとした顔でこっちを向くと、また俯きがちになって、ゆっくりと口を開いた。



「物理攻撃なら、防衛機構は無効化される。だからその……超至近距離まで詰めてからゼロ距離で撃ち抜ければ、倒せる。けど――」


 下手すりゃ吹っ飛んで死ぬよ、と、その伏せられた瞳が語っていた。

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