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第四話-銃を持った日

 思いの外、道のりが険しかった。


 遠目にはなだらかに見えた丘もいざ登るとなるとなかなかの勾配だったし、何よりも想像以上に建物までが遠かった。

 全力疾走で公園の中を駆け抜けていくシシキを追いかけながら走ること、およそ五分。

 展望台にたどり着いた頃には、私はすっかり体力を使い果たしてヘロヘロにバテていた。


「——はぁっ、はぁっ……し、シシキ、速すぎ……」

「ありゃ、そうだった? ごめんごめん」


 私が息を絶え絶えにしながら文句を言うと、シシキはまるで疲れていないみたいに、ケロッとした態度でタハハと笑った。

 相変わらずの運動神経と体力だ。


「……で、ここが展望台ね」

「うん。エレベーターもあるみたいだけど……まぁ動いてないだろうし、大人しく階段で上がろう」

「こ、こっから更に階段……⁉︎」


 ふと私は眼前にそびえ立つ建物を見上げる。ツタ状の雑草に絡みつかれた展望台は、軽く見積もってもおおよそ二〇メートルはありそうな高さ。

 これを階段で上るとなると相当骨が折れる。


「……行こうか」

「おっ頑張るねえ」


 覚悟を決め、私がいつもよりいくらか低い声を出すと、シシキがバシンと背中を叩いてきた。

 私だって、いつまでも力仕事をシシキにばかり任せてもいられないのだ。こういう小さなところから努力していかないと。

 意思と反して棒のように地面に吸い付いていた両足を何とか動かしながら、私は長い長い階段の一段目を踏みしめた。


 五分の全力ダッシュ、直後に大体十分くらいの階段登り。段数は三百を超えたあたりから数えるのをやめた。

 何にせよ、登り切った頃にはいよいよ体力も気力も0になって、私はガックリと膝をついてしまった。


「……も……無理……」

「いやぁ、流石にこりゃアタシも疲れたなー」


 四つん這いになったまま、何とか顔だけを上げてシシキの方を見ると、さっきよりは額に汗が滲んで見えるものの、口ぶりはやっぱり軽やかで、さも「いい汗かいたなー」とでも言いたげな感じだった。

 恐ろしい子……。


「あ、ねぇねぇ見て見てノゾミ! すっごい綺麗だよ景色!」


 なんて、すぐにシシキは建物の外側へと目を向ける。窓ガラスがあったらしい場所は見事に一つ残らず割れていて、せいぜい窓枠の端に残骸が残っているくらい。

 私は呼吸を落ち着けてからようやく立ち上がって、展望台の際に立つシシキの隣に立った。


「……本当だ。すごいね、これ」


 ほう、と、私は思わず息を吐いた。

 展望台から見た景色は、確かに美しくて、雄大だった。

 どこまでも続く森の木々は風が吹くたびにゆらゆらとうごめいて、まるで一つの生き物であるみたいに、意思を持っているみたいにザワザワと音を立てている。


 それを俯瞰する私たちよりも更に遥かに天高く、煌々と輝く太陽と青空の色は対比のようになって、地平線に向かって吸い込まれていた。


「……あ、何かある」

「え? どれどれ……」


 私が地平線の果てに目を凝らすと、ほんの僅かにうっすらと高層ビルらしき建築物の影が揺れていた。

 きっと浮島跡地のうちの一つと見て間違い無いだろう。


「次の目標地点はあそこかな」


 ここからでも見えるほどだ、相当大きい都市跡だろう。

 物資の補給もかなりできそうな感じだ。

 距離的にもそう遠くはなさそうだし、今日中にあそこまで辿り着いてしまいたい。


「はいノゾミ。昼食べる?」


 思案を巡らせながらぼんやりと景色を眺めていると、ふとシシキが小袋を取り出した。いつも食べているスナック状の完全食だった。


「ん、じゃあ食べようかな、折角だし」


 私はその銀色の袋を受け取って、上の部分を引っ張ってバリっと雑に開封した。

 こういう完全食が別段美味しかったりするわけじゃないのだけれど、今だけは何だか、いつもより強く味を感じるような気がした。




「……おーい、そろそろ行くよシシキ」


 昼食も摂り終えて、それじゃあ浮島跡地を目指して出発しようか、ということになった頃、シシキは展望台の窓枠から身を乗り出して、しきりに下の方を眺めていた。

 落ちそうで見ていてドキドキするけど、そう言えばシシキは落ちても大丈夫なのか、と胸を撫で下ろした。


「ねーノゾミ、あれ」

「何?」


 私が声をかけると、シシキが視線を下に向けたまま、その先へと指を差す。何かいるのだろうか、と、私はシシキに近づいて、同じ方を覗き込んだ。


 ……何かいる。


 ここからでは蟻ほどの大きさにしか見えないけど、間違いなく『アイツ』がいた。


 赤黒い鋼鉄に覆われた体は所々が錆びついていて、本来の輝きをくすませている。時々青白く光って見えるのは火花だろうか、ほぼ壊れかけらしい。


 十二年前、私たちの世界を壊し尽くした、ノージア連邦の秘密兵器。ズタボロになったその生き残りが、今まさにすぐそこを彷徨いていた。


 ごく稀に、こういうのと出くわすことがある。大体の奴が壊れかけで脅威は無いから、有り難く物資補給の餌食とさせてもらうことが多い。

 けど、まだ動く個体なら。倒してから回収させてもらうのが、一番安全だ。


 私はポケットの中をまさぐって、小さなチップ状の物を取り出した。

 銀色に光る六角形のそれは、中央のあたりだけが少し柔らかくて、押し込めるようになっていた。

 カチリ、と音が鳴るまで押し込むと、チップがふわりと浮き上がる。


 フワフワと、宙を漂うチップがやがて頭上を通り越すと、次の瞬間、バシャンッとけたたましい音を立てながら形を変え始めた。

 一秒すら経たないうちに原型を留めないほど変化したチップは、やがてグリップ、トリガー、スコープ、銃身へと、ある一つの物体に成っていく。


 そうして五秒ほどで、私の目の前には一丁のスナイパーライフルが出来上がっていた。


 浮力を失ったライフルは、私の両手にスッポリと収まる。


「へぇ〜、それがこの前拾ったやつ? 初めて見た」

「そう、大体八十年前くらいのらしいよ。遠隔ポートに対応してない」

「不便だな〜……っても、ノゾミが普段使ってるのは下手したら千年前とかのもあるもんな」


 自分たちの身を守ってくれる人は、自分たち以外に誰もいない。

 だから、私たちはああいう兵器の残骸と出くわした時のために武器を持っている。浮島跡地で拾ったものがほとんどだけど。

 昔からゲームとかで慣れていたからか、射撃の腕には自信があった。


「よいしょっと」


 私は片膝立ちになって、スナイパーライフルの銃口を下へと向けた。

 立てた膝に銃身を乗せて、スコープを覗き込む。相手はこっちに気づいていないみたいだ。


「シシキ、ちょっと下がってて」

「はいよ」


 パチン、と安全装置を下ろして、トリガーに指を引っ掛ける。

 スコープに映し出される数値は2500ボルト。あれくらい朽ちているならば十分に倒せる出力だった。


 トリガーを押し込む。


 ボルト部分が青白く発光し始めて、バリバリと音を立てながら電気を帯びていく。帯電限界が近くなるに連れて銃身は小刻みに震え出し、狙いを定めるのが難しくなる。

 それでも何とか持ち堪えて、バヂン、という一際大きな電流の弾ける音がしたと同時に、私は抑えていた指をパッと離した。


 __ドォン、と。


 周囲の音を置き去りにしそうな銃撃音が、展望台中に轟いた。

 銃口から放たれたのは、銃弾ではなく電撃。何本もの白銀色の光の矢が一直線に纏まって、朽ちた兵器を容赦なく貫いた。


 出力や弾速を自由に切り替えることが出来る、電磁パルスライフル。私が好んで使う、対兵器用の武器だ。


「よし、命中」

「よく当たるなこの距離で……」


 私はスコープから目を離して、小さくガッツポーズを取った。念のためもう一度下の方を眺めてみたけれど、アイツは完全に動きを止めていた。


「さーて、それじゃ有り難くマテリアルを回収させてもらいますかね。しばらくはこれで安心だ」


 ポイっとライフルを宙に投げると、さっきの逆再生のように変形していき、やがて元の六角形のチップに収まった。

 私はそれをポケットに突っ込みながら、階段の方へと足を向ける。


「……あれ? シシキ?」


 ふと、近くにシシキがいないことに気付いて、辺りを見回した。

 と、窓の外——勿論足場などない——からニヤニヤとした顔で私のことを見ているシシキの姿があった。その履いている靴からはジェットエンジンみたいなものが噴き出ている。

 シシキが昔親からもらったという、万能スニーカー(仮)の機能の一つだった。


「んじゃ、アタシ下で待ってるわ」


 と、シシキは飄々とした態度で片手をひょいと上げ、ピューッと下まで降りていってしまった。


「は⁉︎ ちょ、なら私も連れてって……あっ荷物全部持ってってるし!」


 ……意地悪なんだか優しいんだか。

 一人展望台の上に残された私は、やれやれ、と呆れ気味に溜め息を吐きながら、大人しく階段を使って降りていった。




 自然公園を離れ、展望台から見えていたビル群を目指してスクーターを走らせること、およそ一時間。


 穏やかな平原や山々が続いていた景色は徐々に瓦礫や岩場が増え始め、空気も埃っぽくなっていく。

 遠目からはちっぽけに思えたビルは近くなるにつれてみるみる大きくなった。

 大雑把に見積もっても、さっきの展望台より何倍も高いような灰色の四角柱が何十本と立ちはだかっていた。


 浮島の端までやってきたところで、これまで通ってきた道路がすっかり寸断されていた。

 ここからは島に登れそうなところを探さなければならない。

 運が悪いと外周をほぼ一周する羽目になったりするけど、今日はアッサリと瓦礫が坂状に積み上がった場所を見つけることができた。


 スクーターを降りて、押しながら瓦礫の山を歩いていく。


 登り切った先は、丁度大きめな道路のど真ん中だった。

 かつては相当賑わった場所なんだろう。しかし、今じゃそんな繁栄の様子など見る影も無い。

 そこに在るのは、ボロボロになった生活の跡だけ。吹き荒ぶ風は私たちの間を冷たく抜けていく。

 道の両脇には一切の隙間もなく建物が立ち並んでいて、かつての文明を思わせるような看板やポスターなんかが一二年前のまま遺されていた。


「……で、やっぱり人の気配は無し、と」

「ここまで大きかったら流石に……とは思ったんだけど、やっぱり無理か」


 誰一人として見当たらない、捨てられた街に、雲ひとつない青空が虚しく差し込んでいた。

 さっきまでと同じ空なはずなのに、その表情は明らかに暗くなっているような気がした。


「……ま、しゃーない。予想してたことだし。ほらノゾミ、今日はこの辺で寝るでしょ? 良さげなところ探さないと」

「うん……」


 コンクリートを踵で叩く、たった二人分だけの足音が、乾いた空気によく響いた。

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