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第三話-雲を追った日

 世界が滅んだとは言え、あの災害の被害を受けなかった地域に関しては、ほとんど災害前の景色をそのまま保っている。

 残された自然の景色は、私たちに色々な表情を見せてくれる。

 それこそ、到底滅んだとは思えないようなほどだ。


 昨日訪れたような辛うじて生き残っていた町にも、のどかな田園風景が見て取れた。

 久々に町らしい町を見ることができたし、昨日はまだ収穫があった方だ。


 何せ十二年も旅をしていると、数ヶ月はまともな集落を見かけないことが当然のようにある。これまでの最長期間は実に十ヶ月。

 今から何年も昔の話ではあるけど、あの頃は辛かった。

 だってどこまで行っても森か、荒れた平原か、あとは山しかないのだから。


 ——こんなに自然が残っていたのに、どうしてわざざ浮島なんかを作る必要があったんだろう。


 なんて、純粋に疑問に思った時期もあったけど、その答えは簡単だ。

 最初から、こんな未開地には目も向けていなかった。それだけなのだろう。


 何にせよ、旅というのは少しくらい刺激があったほうが良いんだな、と、当時の私は半ば死んだ目をしながら思っていた記憶がある。


 今はと言うと、元々畑か何かだったのだろうか、ボーボーと生えた背の高い草に挟まれて細々と伸びる荒れ果てた道路をのんびり走っていた。

 長らく人が通っていないのがありありと分かるほど雑草は生い茂り、全体的にヒビが入っている。ふと脇目を振れば、紅葉が色付く山々と、飛び交う渡鳥の群れを左手に臨むことができる。


 スクーターはせいぜい時速三、四十キロ程度までしか速度が出せないし、こんな時勢、どうせ対向車や先行車、後続車なんてものは存在しないから、私たちはそれらをゆったりと眺めながら旅することができていた。


「あ〜! 寒い!」

「仕方ないよ、冬近いし、この辺は北の方だから」


 後ろから私の腰に巻かれていたシシキの腕がブルっと震えた。

 私はまだ厚手のジャージみたいな服を上に着ているから良いけれど、シシキは薄手のコートしか羽織っていないし、中に着ているのはただのTシャツだ。そりゃあ寒いだろう。

 目をふとスクーターの操作盤に落とすと、気温は十度ちょっとといった感じだった。


「私と上着交換する?」

「いやいいよ、このくらいならまだ」

「そう? 次に物が手に入るのがいつになるか分かんないけど……」

「ヤバそうになったら考えるわ。まぁアタシ寒さ強いほうだし、今は大丈夫だから」

「ならいいけど……」


 と、私は少し言葉を濁す。


 大きめの浮島跡地さえあれば物資をかき集めることは出来るのだけれど、なかなかそう多くはない。

 ここから先はさらに寒くなるだろうことが容易く想像できるし、なるべく早めに着れそうな服を確保しておきたいのは事実だった。


「あー、あとそろそろバロック鉱石も交換しないとだった」

「え、もうそんなに走ったっけ?」

「というより、前に入れたやつの質が悪すぎるんだよ」


 気温を確かめるついでにしばらく操作盤を眺めていたところで、右下に表示されている出力の数値が下がっているのに気づいた。

 このスクーターもかなり古い型の物のようで、どうやらバロック鉱石の応用に手こずっていた頃——つまり永久機関を生み出せる技術が完成していない頃——に作られたらしい。


 構造はよく分からないけど、要はこれにとってバロック鉱石は電池のような物でしかなくて、暫く交換していないとスピードが出せなくなる。気付くまでに五年くらいかかった。


「またその辺に浮いてるやつ砕いて入れる?」

「うーん、本当ならいつもの兵器の残骸から抜き取れれば一番良いんだけどね」


 その辺に浮いているやつが質の悪い原石なのに対して、かつて世界を滅ぼしたあの兵器が備えているものは練度が桁違いなのだ。

 兵器用に加工されたものなわけだし、電池としても相当長持ちするので、かなり重宝する。

 ……とはいえ、そんなにゴロゴロ転がっているわけでもない。


「でも滅多にいないし」

「だよね〜……」


 私が不満げにこぼすと、シシキが苦笑した。


 欲を言えば、ちゃんと永久機関が搭載された乗り物を手に入れられれば一番良い。鉱石の交換は要らなくなるし。

 ……でも、今のスクーターにも流石に愛着が湧いてきたし、鉱石の交換だってきっと今無くなったらそれはそれで味気ない。

 そもそも——


「——そもそも、なんでバロック鉱石なんて名前なんだろうね」


 ふと思いついたことを、何気なく口に出す。


「……どしたの急に」

「いや、なんとなく、気になって」

「何でって言われてもなぁ……」


 バロック、と言う言葉の意味は知っている。

 凡そ1000年ほど前の、フランスという国の言葉にそんなものがあったらしい。


 『歪んだ形の真珠』を意味するそうだ。


「でも別に真珠って色でも形でもないじゃん? だからなんでかなぁって」

「……まぁ、もしかすればだけど」


 と、シシキは少し考えてから口を開いた。


「すっごい昔のエウロ……当時はヨーロッパって言うんだっけ。そこの文化の名前にそんなのがあったはず。複雑な絵とか、音楽とか、そういうの」

「……へー」


 そんなのデータにあったかな……と思ったけど、私はあまり歴史とかを真面目に読んでる方じゃない。

 何せ、全部読むには数十年かかるレベルの数だ。

 どうせ終わった世界の話、今更読んでもどうにもならない、と斜め読みして済ませてしまっている。


「……たしかに、よく分かんないし複雑だもんね、これ」

「いや……本当にそれが由来なのか分かんないけどさ」

「ってかさ、音楽最近聴いてないよね。何か流す?」

「もう何も考える気ないでしょ」

「バレたか」


 我ながら中身のない会話だなぁ、と思いながら、二人揃って笑って肩を揺らす。こういう何気ない時間も私は大好きだけど。


 データに入れてた曲を12、3曲くらい回して、あんまり良いのないね、なんて言いながらスクーターを転がし続ける。


 周りにめぼしい建物が見当たらないまま数時間が経ち、さてどうしたものかと悩んでいると、さも助け舟と言わんばかりに、見るからに人工的に整備されたような一直線の杉並木が、道路の際に現れた。

 雑草に遮られてよく見えないものの、奥に何らかの建物が建っているのが辛うじて見て取れた。


「……何だろうこれ」

「さぁ……。あ、待ってそこの左側、何か開けてる」

「うそ、あホントだ。寄ってみる?」

「うん」


 道なりに進んでいると、右側に並木の切れた箇所があった。

 近づいてみると、そこは何かの施設の入り口のようだった。五メートルくらいの幅がある入り口の両脇には、レンガ造りの門みたいなものがそびえている。


 中がそのまま駐車場になっているみたいだったので、ありがたくスクーターを止めさせてもらう。


「とりあえず到着〜」

「よっしゃ」


 シシキがヘルメットを脱ぎ捨ててスクーターからぴょんと飛び降りる。ずっと座ったままだった身体をほぐすみたいに、グーっと伸びをした。

 かく言う私もずっと同じ体勢で疲れていたので、スクーターの電源を落としてからゆったりと深呼吸をする。


「ふぅ、と。えーと、それでどこだろうここ」


 言いながら、私はチョーカーをポンと叩く。出てきたウインドウをポチポチとタップして、この辺の地図を開いた。

 GPSとかいう便利なものも昔はあったらしいけど、やっぱり災害でダメになってしまったので、自分たちの位置は無理矢理推測するしかない。


「前に開いた時がこの辺で、この道を通ってきたから……これかな? 自然公園みたい」

「公園か〜、じゃああんまり人は期待できないかな」

「でも折角だし、ちょっと歩いてみようよ。最近あんまり体動かせてなかったでしょ」

「確かに。そうしよっか」


 私の提案に頷いて、シシキはスクーターの荷台から小さめな荷物をいくつか出してきた。


「? どうするの?」

「ついでに昼ご飯でも食べればちょうど良いかなって」

「……もうそんな時間か」


 そう言えばさっき時計を見るのを忘れていた。どうやらもう正午近いらしい。

 昼に食べる予定にしていたものをいくつか手に提げながら、私たちは公園の奥の方へと進んでみる。やっぱり雑草が酷くて、かき分けながらやっとのことで進んでいく。


「……わあ、結構ちゃんとしてる」


 草地を抜けると、コンクリート製のタイルで舗装された広場が広がっていた。中央には濁った水が張ってあって、パイプみたいなものがその中に見えている。多分、噴水か何かがあったんだろう。もちろん、今は見る影もない。


 遠くにはいくつもの起伏に富んだ丘が連なっていて、点々と雑木林も見える。取りあえず今見える景色は端から端まで公園の中と考えて良さそうだ。


「……随分広いね。隈なく回ってたら一日終わっちゃうよこれ」


 私が横に立っているシシキに目を向けると、シシキはすっかりこの広大な風景にワクワクが止まらないみたいだった。


「こんな綺麗に残ってて大きい公園初めて見た……。ねえ何か高い建物あるよ! 何だろうあれ!」

「……あ、本当だ。展望台かな。階段みたいなのが見えるね、行ってみようか」


 シシキの指差す方には確かに、細長く縦に伸びた建物が建っていた。ほとんど丘に隠れている。言われるまで分からなかった。


「……もしかしたら、あそこからならこの辺に他に何があるかも見れるかも。行ってみる?」

「もちろん! 行こ、ノゾミ!」


 満面の笑みでシシキはそう言って、バッと走り始める。


「あっ……ちょ、ちょっと待ってよシシキ!」


 私はシシキに置いて行かれないようにと、後を追って駆け出した。

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