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第二話-魚を食べた日

「突如として近隣諸国の浮島に攻撃を加え、所有権を略奪し始めたノージア連邦、その擁護派と、略奪行為に抗議した各国との間で西暦三二五四年に勃発した戦争は、ノージア連邦の降伏を以って終結するはずだった。


 しかし、降伏宣言に調印する予定日だった七月二十六日、ノージアは世界中に新型兵器をばら撒いた。


 『バロックエクストラクター』を、よりにもよって当時最先端のAI兵器に積みやがった。


 そいつらは一夜にして世界中の浮島を破壊した。敵も味方も関係ない、全部だ。

 ノージアの奴らは最初から、自分達が負けるくらいなら、自らもろとも世界をぶっ壊してやろうなんて考えていたんだろう。ふざけた奴らだ。


 結局、人間は最後まで変わらなかった。生活を豊かにする為の技術を、戦争のために使って、とうとう世界を滅ぼした。


 上層部の奴らの下らない権利争いに——あぁ、あとはいいや、ただの愚痴だこれ」


 これ以上有益な情報が書いてあるわけでもなさそうだと察した私は、古びた日記帳を閉じた。


 昨日訪れた集落跡は、どうやら十二年前の大災害を幸運にも免れたようだ。

 しかし、生憎住民は一人も残っていなかった。きっと十二年の間に死んでしまったか、私たちの様に旅に出てしまったかのどちらかだろう。いずれにせよ残念だ。ようやく人に会えるかと思っていたのに。


 中でも一番大きい家屋に足を踏み入れてみたけど、やっぱりそこにも人はいなかった。

 いたとすれば、二階の寝室らしき部屋のデスクチェアに腰掛けたままの白骨死体くらい。

 そのデスクの上に置いてあったのが、この日記帳だった、というわけだ。

 最初のページに「あわよくばこの手記が誰かの役に立つことを」なんて書いてあったものだから、有難く持って行かせてもらうことにした。


 ……のだけれど。


「もう知ってる話ばっかだったね」

「というか……まぁそうだね。申し訳ないけど新しく得られたことはないかな」


 でも折角だし、と私は日記帳をバッグに詰めた。集落のシェルターに残っていた保存食もいくつか拝借してきたので、いつもより重みがあった。


「特にアタシらの場合アレだしね、ノゾミが図書館跡地でデータベース拾ってたから」

「まぁね、情報ばっかりが潤沢になっていっちゃう。お陰で文字も読めるけどさ」


 バッグの口を閉めて、ふぅと一息つく。


 顔を上げてみると、広大な自然が目に入る。昨晩はたまたま通りかかった川の辺りで一夜を明かした。上ったばかりの太陽の反対側に広がる空は紫がかっていて、水面を妖しく煌めかせていた。

 青々と茂る背の低い草、さえずる小鳥、流れる水の音。

 そんなのどかな風景の中に、ふわふわと空中を漂っていたのは、時折青色に光を放つ異質な鉱石。


 見るからに不自然で、歪で、けどもう見慣れてしまったそれを眺めながら、私は首元のチョーカーをトンと叩いた。

 ヴン、と重低音を響かせて、目の前にホログラム状のウインドウが展開する。

 六歳の誕生日に買ってもらって以来肌身離さず身につけている、今となっては形見みたいなものだった。

 一番上のウインドウの中央には、今日の日付と時間が刻まれている。



 ――今日は、西暦三二六六年、十一月九日。



 十二年前の夏の日、世界は終わった。


 私たちはその日、暗い洞窟の中で身を寄せ合いながら夜を過ごした。

 不安と恐怖で眠ることすらままならないまま、何分も、何十分も、何時間も座り込んでいた。


 やがて、永遠に続くかとすら思えていた揺れも収まってきた頃、塞がっていたはずの洞窟の入り口の方から、ガラガラと何かが崩れる様な音と共に、上ったばかりの『本物の』太陽の光が差し込んできた。


 見ると、岩が青い光をぼんやりと放ちながら浮かび上がっていた。後から知ったことだけれど、それは『バロック鉱石』と呼ばれる、反重力磁場を持った特殊な鉱石だったらしい。

 私たちの生まれる何十年も昔に落ちてきた隕石に含まれていたもので、人々はそれを解析して、複製することで実用化させたという。

 浮島もバロック鉱石を原動力に動いていたし――あの兵器の動力源も、この鉱石のエネルギーだった。


 でも、その時の私たちにとって、突然何メートルもあるような岩が浮かび上がる光景は、初めて間近でみる不思議な力でしかなかった。その力に導かれているような気がして、私たちはゆっくりと洞窟の外へ這い出したのだ。


 ……荒れ果てた光景に、変わりはなかった。


 寧ろ、落ち着いたことによって、より鮮明にその悲惨さが際立っていた。


 無数の砕け散った岩々と、逆さまになった高層ビルの数々。

 そして、浮島と一緒に落ちてきたのだろう、バラバラになって原型を留めていない、人らしい何かのパーツがゴロゴロとそこらを転がっていて、灰色に塗れた廃墟を所々真っ赤に染めていた。


 結局、そんな状態で生きている人間などいるわけがない。私たちの家があった場所まで降りて、泣きじゃくりながら何度も、何度も何度も父さんや母さんを必死に呼んだ。

 それでも返ってくる声が一つとして無かったことで、私たちはようやく、もう絹までの日々が帰ってこないことを悟った。


 怖かった。


 家族も、友達も、近所の人たちも誰も彼も皆がいっぺんに死んでしまって、私たちだけで今日から生きていくだなんて、考えるだけで気が遠くなった。いっそのこと倒れてしまいたかった。


 けど、死ぬのはもっと怖かった。


 だから、私たちは滅んだ世界を歩いた。生きるために歩き続けた。

 上から降ってきて運良く無事に残っていた服とか食べ物とか、色々な物資を拾ってはなんとか食い繋ぎながら、来る日も来る日も歩き続けた。


 そんな生活を二年も続けたころ、進む道に瓦礫がパッタリと無くなった。かつての浮島の端までたどり着いてしまったらしかった。その頃にはもう、私たちは今と遜色ないほどの装備を一式手に入れていた。


「……ねぇノゾミ、覚えてる? 世界の果てにあるっていう平和な国の話」


 これまで歩いてきた方を見据えながら、シシキはそんなことを言った。もちろん覚えていた。それはシシキが私に初めて聞かせてくれたお伽話だった。


「そこになら、もしかしたら生きてる人がいるかも知れない」


 力強く語るシシキの瞳は、間違いなく未来を見ていた。凛としたその横顔に惹かれる様に、私は気付けば首を縦に振っていた。


「……いるよ、きっと」


 たかがお伽話。たかが子供の戯言。それでも私は、シシキの隣で――その眼差しのそばで生きていたいと思ったのだ。


「目指そうよ、シシキ。――私たち二人で」

「さっすがノゾミ、分かってる!」


 そう言って、シシキは歯を見せて笑った。すごく久しぶりに見たシシキの笑顔は、どこかぎこちなく見えた。


 それから、私たちは本格的に旅に出た。


 捨てられたオンボロのスクーターを拾って、これまでかき集めた物資を詰め込んで。もうとっくに全部失くした身だったから、恐れることは何も無かった。


 ……ただ一つ、旅を始めてから失くしたものといえば、自分の名字を忘れてしまったこと、だろうか。


 そうしてもうかなりの年月が経つけれど、何かと運やら機会やらに恵まれながら、今日までしぶとく生きてこれている。



「……さて、と。ねぇシシキ、朝ご飯なに?」

「魚。折角川の近くに来たんだしと思って、さっき釣ってみた」

「お、やった。久しぶりじゃん」


 腰掛けていたスクーターから立ち上がって、シシキの元へ歩いて行く。シシキは河原で小枝を組み合わせて火を焚いていた。すっかり捌かれた川魚が四匹、串刺しになって炙られている。


「……この辺は被害少なかったんだろうね。川も橋もこんな綺麗に残ってる」

「そうだね、残ってるのに越したことはないしありがたいや」


 他愛無い話をしながら、二人一緒に焚き火に当たる。段々と冬が近づいてきた朝の冷え込みは思ったより厳しくて、揺らめく炎の暖かさが心地いい。


「ほら、そろそろ良いだろ」

「あ、ありがと、いただきまーす」


 シシキが焚き火を囲むようにして炙られていた串を一本取って、私に渡してくれる。こんがりと焼かれた、二〇センチくらいはありそうな魚の背に、私は齧り付いた。パリッという皮の割れる音がして、ホクホクと湯気の立つ真っ白な身が姿を表した。


「あっ、あふっ、あっつ」

「ちょっと気をつけなよー、焼きたてなんだから」

「ん! でも美味ひい!」

「そう? なら良かった。本当なら塩とかガッツリ振ったらもっと美味しいんだろうけど」


 引き締まった身からはほんの僅かに塩味がして、その絶妙に素朴な味付けがかえって魚そのものの味を引き立てていた。

 魚を食べること自体実に数ヶ月ぶりなこともあってか、ここ最近で一番美味しい食事な気さえした。


「やっぱりシシキは天才だよ天才。私こんなの一切できないもん」

「はいはいどうも。……あ、確かにこれでも美味しい。塩そんな要らないや」


 河原に並んで座って、流れる川の流れを眺めながら、私たちはもくもくと朝食を平らげた。

 お互いに食べ終わると、あとは火を消して、出発の準備をするだけだ。

 地面に敷いていたシートを折り畳んでバッグに詰めて、その他諸々の荷物をスクーター座席後部のボックスにまとめて突っ込む。

 何かあった時の為に武器を肩から下げる。これで私の準備は完了だ。


「ノゾミ、準備できた?」


 頃合いを見て、シシキが声を投げかけてくる。見ると、シシキはいつ何処だったかで拾ってきたお気に入りの黄色いヘルメットを被って、スクーターの後部座席に跨っていた。


「うん。……じゃあ今日も行こうか。北の方?」

「だね。いい加減この国にも見切りつけたほうが良いかもよ?」

「まぁね……」


 シシキの言葉に苦笑を返しつつ、スクーターに跨って、起動ボタンを押し込んだ。


「しっかり掴まっててよ」

「はいよ」


 私の肩にシシキの手が乗っかったことを確認して、私は車体をふわりと宙に浮かせた。

「よし、しゅっぱーつ!」


 アクセルペダルを踏み込む。ゆるやかな加速を経て、スクーターは駆動し始める。

 晩秋の澄んだ空気が鼻から抜ける。


 今日も息がしやすい。いい日になりそうだ。


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