第87話 底辺テイマーは右腕を差し出す
「良いでしょう。シェリル殺害に賛同の人は手をあげてください」
ガルダがそう言うと、自ら手を上げた。それと同時に隣にいる大蛇は手の代わりに尻尾を上げた。
この二人は賛成だろう。
ワタリガは黙って動かない。
ここまでは予定通りだった。
俺はハットンが手を上げているのを見て思わず声を上げた。
「何で、賛成しているんだよ」
「だって、暴食が死んだら、ダーリンはあたしひとりの物じゃない。反対する理由はないわよ。それに暴食だけ、ずるいじゃない」
「何がずるいんだ?」
「だって、ダーリンの左腕は暴食にあげたんでしょう。でもあたしは何ももらってない。」
「……わかった。ハットン、お前には右腕をやる。だから、反対に回ってくれ」
「本当に!」
巨大なクラゲは身体を震わせて喜びを表していた。
利き腕である右腕も失うのは正直、厳しい。テイマーである俺が両腕を失っては、契約紋と発生させることも出来ないだろう。しかし、たとえ両腕をなくしてもシェリルは救わなければならない。そもそも、あのダンジョンで俺は死んでいたはずだ。いまさら身体の一部やテイマーとしての職などに固執する必要もないだろう。
俺は右腕をハットンに向けた。
それを見て、シェリルは悲鳴にも似た声を上げた。
「マックス、止めて! ハットン、あんた、そんなことをしたらどうなるかわかってるでしょうね! グルル!」
巨大な銀狼の姿のシェリルは、引く体勢で牙を剥いてハットンを威嚇する。
街一つ滅ぼすようなじゃれ合う喧嘩は見たことあるが、本気の殺気を初めて見た。
これを俺に向けられれば、身体は震え、立っていることすら難しいだろう。
しかし、ここで仲間割れなど起こしていれば、俺たちの未来はない。
「シェリル、止めろ!」
「でも、マックス……」
「俺の言うことが聞けないのか!?」
「え、いや、そうじゃない……けど」
「これは俺が決めたことだ、シェリルは黙って従え!」
張り付く喉で無理矢理に声を出す。
初めて、シェリルに向かって、厳しい言葉を向けたのかもしれない。シェリルが俺のために言ってくれてるのはわかる。しかし、ここで引くわけには行かない。俺は眉間に皺を寄せながら、最大限の虚勢を張った。
「で、でも……」
「でももクソもない! ハットン、持って行け!」
シェリルの言葉を無視して、俺は右手をハットンに差し出した。
「じゃあ、遠慮無くいただくわよ」
そう言うとハットンは俺の右腕を飲み込んだ。
透明なクラゲの身体の中で、俺の右腕は泡を立ててゆっくりと消化され始めた。
「これで、反対は二人だな。タマモ、お前が好きな、ドワーフの酒があるぞ。欲しければ、こちらに付いてくれ」
「嫌にゃう」
俺の言葉に巨大な猫の魔獣はあっさりと俺の提案を無視した。
ガルダと蛇はこちらに付くことはないだろう。だから、タマモが鍵になることはわかっていた。
温泉で酒を飲み合った仲。ハットンに懐いていたように見えた。そして、ドワーフの酒で、こちらに賛同してくれる物だと思っていた。タマモにはどうしてもシェリルを殺害してい理由がないと、俺は思っていた。しかし、目の前にいる猫の魔獣はきっぱりと拒絶した。
猫故の気まぐれか?
では、なにがその気まぐれをひっくり返すことが出来るのだろうか?
「どうすれば、こちらに付いてくれる?」
「何をしても嫌にゃう!」
まるで交渉の余地がないように拒絶の言葉を放つタマモに対して、混乱する俺。
そんな俺に、タマモの気持ちを代弁してくれる人がいた。




