第52話 底辺テイマーは温泉に入る
温泉は馬車で一時間ほどかかる里山の麓にあるらしく、俺達は自分の馬車で向かうことにした。
左右にあるだだっ広い麦畑を見ながら、里山に向かう。
ハットンは夕方まで温泉から帰らないと言って聞かないので、食べ物と酒も馬車に積んで出発したのだった。いつもは荷台でゴロゴロしているハットンが珍しく、俺の隣の御者台に座っている。
「温泉、温泉、楽しみね~」
「そんなに温泉って良いのか?」
「温泉に入ると怪我や病気が早く直るって言うわね。でも、私にとってはそれ以上の意味があるのよ」
「どういうことだ?」
「私の身体って、ほとんど水分で出来てるのよ。だから、そこの馬鹿犬のように食事はそんなに必要じゃないのよ。その代わり、水は必要なのよ。初めてダーリンに会ったときも、川から水を取ってたのよね。だから、色々な成分の入っている温泉って私にとってはごちそうなのね」
「へ~、それで、ゆっくりと温泉水を補充しようって事なのか?」
「そういうことよ。だからすごく楽しみなの」
ハットンはそう言うととびっきりの笑顔を見せた。それはシェリルが食事に行く前の笑顔に似ていた。確かに、ハットンはそれほど食事はせず、ちょっとしたつまみでどちらかというと酒を飲んでいるイメージがある。彼女の話からすると定期的に温泉に連れて行ってやった方が良いのだろう。しかし、そんなにあちらこちらに温泉なんてあるのだろうか? ハットンのためにはこの街を拠点とした方が良いのだろうか? そんな事を考えていると、山小屋のような物が見えてきた。
馬をつなぐところがあり、街の人間がこの温泉を使うために整備しているのが分かる。
入り口は男女に分かれており、シェリルが俺と一緒に入るとゴネたが、ご機嫌ハットンに首根っこを捕まれて入っていった。
木で出来た簡易的な小屋の中に入ると、小分けされた棚にかごがあり、その中に二つほど服が入れられていた。先客なのだろう。俺も同じように服をかごに入れて奥に進むとそこに温泉があった。
地面に岩で小さな池が作られており、真ん中に木の板で仕切りがされていた。位置的に木の板の向こうは女の湯だろう。湯気を出ているのを見ると、ハットンの言っていたようにここは池ではなく、お湯のようだ。そして、先客の白髪の老人とごま塩頭の親父のふたりは湯船に浸かっていた。
手でお湯の温度を測ると、ちょうど良い感じだったので、俺も湯船に入ろうとすると、ごま塩頭に声をかけられる。
「兄ちゃん、ちょっと待ちな」
「はい、何でしょうか?」
「ここに来るのは初めてか?」
「ええ、それが何か?」
「やっぱりな。まずは身体の汚れを落としな。それから湯に浸かるんだよ。そうでないと湯が汚れっちまうだろ」
確かにそうだ。俺はお礼を言うと、布にお湯をかけて、身体の汚れを落とすと湯船に入ると、温かい湯に包まれて、ホッとする。ほんのりと湯から火山の臭いがした。
疲れが溶け出して、湯が身体に染みこんでいくようだった。
ああ、ハットンが温泉にこだわる理由が分かった気がする。
確かにこれは良いものだ。
空を見上がれば、青い空に薄雲がのんびりと流れている。
今日はこのままゆっくりと過ごすのも良いな。
そんな事を考えていると、湯船の中で白髪の老人が声を上げた。
「なんじゃ? これは」




