ジーンズの気持ち
「デュラハンよ。卿はジーンズの気持ちを考えたことがあるのか」
「――はっ! ジーンズの……気持ちですと」
ジーンズの気持ちって……なんだ。穿いたことがないから分からないぞ。言わないけれど。
そりゃあ……ジーンズだって四天王の私よりもやはり魔族の王である魔王様に穿かれた方が嬉しさ倍増する。のか……? 一般のコレクターよりベストジーニストとか有名人に穿かれた方が嬉しいのに決まっている。
さらには、もしジーンズが雄ならば、雌である女勇者に穿かれた方が嬉しいのだろうか……。いや、だったら雌ジーンズは♂である私に穿かれた方が嬉しいに決まっている。男用のジーンズが雌ジーンズで女用のジーンズが雄ジーンズだと考えると……毎日穿くのが楽しみになる――! 股のあたりがモゾモゾするぞ――!
「特別な織機で丁寧に作られたジーンズたちは……長い年月、穿かれずに置いておかれるために作られた訳じゃないはずよ」
「グヌヌヌヌ」
「「穿いてこそ、その価値があるのよ」」
――強力な協力攻撃――!
「飾っておいては駄目なのだ」
「そうよ。第一、全身鎧の上からじゃ穿けないでしょ、デュラハンは」
「……」
……それな。
「なんで持っているのだ」
「もしかして、価格が跳ね上がるのを待っているの? だったら興醒めよ」
――! 興醒め――?
それはまるで、グールやゾンビが野菜を育てるのを怠りジーンズ育成に励むのと同じことなのか――。
「そそそそそ、そんな理由ではない!」
興醒めしない! 興醒めしない! 必死に自分に言い聞かせる。
「……歴史ある昔の物を後世に残すために保管することは大切なことなのだ。ほら、歴史的建造物とか書物とか古墳とか青い空とか。それと同じで、価値のある物はその価値が分かる者が管理しなくてはならないのです」
「あ、このジーンズ、わたしにピッタリだわ」
――! ピッタリんこ~?
「話の途中で穿くでない!」
ジーンズの丈やウエストがピッタリなのだが……いつの間に穿いた! すぐに脱げと言いたい! いや、セクハラではないぞ!
「すぐに脱ぐのだ。いや、ここでではなく廊下で? ――じゃなく、いつの間に穿いたのだ!」
「長い話の間に……」
そんな長話ししてないよね。行数にして二行半にも達していないよね。
「予も、予もピッタリぞよ!」
「キャー!」
「魔王様、ジーンズを脱いで穿こうとしないでください!」
ご乱心か――女勇者の前ですぞ――! せめて時間停止とかの禁呪文できちんと穿き替えてからおっしゃってください!
「いやそうじゃない! 穿く前にお返しください! これは私の大切なジーンズなのです」
「あ~、ああ~、引っ張ったら破れるぞよ! 大切な大切なヴィンテージジーンズが破れて価値が下がってしまうぞよ~」
うわ、腹立つわ……人質を取った側の横暴だ。テロリストや誘拐犯罪がこの世から無くならない訳だ……。さすが魔王様だ――! 腹の底までドス黒い。私に対してだけ……。
シクシク。嬉し涙が溢れてしまう。
魔王様は……やっぱりロールアップしないとピッタリではなかった。サイズが少し大きいから仕方がない。
なんか……燃え尽きてしまった。私のヴィンテージジーンズがその価値を理解していないであろう二人に穿かれてしまっている……。
価値か……。価値とはいったい、なんなのだろう……。
「本当にいいの? このジーンズを貰っても」
「――!」
女勇者にはよく似合っている。運命じみたものを感じてしまうほどだ。シンデレラフィットとはこのことを言うのだろう。
「……いい。私も目が覚めた。ジーンズは飾っておくために作られたものではない。穿いてこそ、その価値やありがたみが分かるものだと教えられたのだ……」
大切にとっておいて価値が上がったら自慢したり売りさばいたりする……商売の道具ではないのだ。
「さすがデュラハン!」
調子がいいのは誰に似たのだろうか。
「……女勇者の『女子用鎧、胸小さめ』と交換だ」
「えー!」
えーって言うな。それは今、この私が一番大声で叫びたいセリフなのだ。
「……冗談だ。ジーンズと伝説の鎧とでは釣り合いがとれないことくらい分かっている」
「よかった。ありがとう」
チュッ。
頬にキスされた……首から上は無いのに……。
「大事に……いや、思う存分穿いてくれ。私の代わりに」
「分かったわ。ありがとう」
「礼には及ばない」
女勇者は瞬間移動で家へと帰った。これでよかったのだ。
なんだか……今は気分が清々しい。
「本当にいいの? このジーンズを貰っても」
「……駄目です。寝言は寝ておっしゃってください」
「――ひどおい! 予もヴィンテージジーンズが欲しいぞよ!」
こっちは……手強そうだ。
「女勇者はよくて魔王が駄目だなんて、差別ではないか! 予は魔王ぞよ。魔族の王ぞよぞよ。ジャイヤン的存在ぞよ」
唇を尖らせ眉間にブルドッグのようなシワを寄せる。ジャイヤンって……俺の物は俺の物、お前は俺の物とでも言いたいのだろう。その心意気は嬉しいのだが。
「魔王様には買ったばかりのジーンズがあるでしょ! ちょっとお高いレプリカのやつが」
裾が長いやつが――!
「予には比類なき強い向上心があるのだ。いつも一つでも上、一歩でも前、それを目指して生きておるのだ。これこそポジティブシンキングの原点なのだ」
なーにがポジティブシンキングかと言いたくなる。
「ただの浮気癖にしか見えません。あれはもう穿かないおつもりですか」
……脱がれて部屋の隅にクチャッと脱ぎ捨ててある魔王様のジーンズ。さっきまでの愛着精神はどこへいったのだ!
ジーンズが泣いているぞ。
「穿くもん!」
もんと言うな、もんと。――可愛くない。
「予も……ほっぺにチューしてあげようか」
「ドキッ!」
「……魔王様、ドキッと自分で言わないでください。私がときめいたのかと勘違いされてしまうではありませんか!」
オノマトペは括弧でくくらないのは大前提だ。冷や汗が出る。しょっちゅう間違えている。
「予もヴィンテージジーンズがほーしーい!」
お黙り――!
「ダダをこねるでありません」
「三万円出す」
……リアルだ。これこそ追い求めていたリアリティーなのだが――。
「だめです。桁が一つや二つは違います」
ポケットからゴソゴソお金を出そうとするのだが、ヴィンテージジーンズから札なんかが出てくるはずがないだろー。
ゴソゴソポケットに手を突っ込んで探すフリをするのが……逆に腹が立つ。
「では魔王の座でどうだ」
フン。その手には乗りません。これまで何度ぬか喜びさせられてきたことか。
「……では私が魔王様の座を頂いたとして、魔王の権限でジーンズを返せとパワハラします」
「いーじーわーるうっ!」
……どっちがだ、そっちがだ!
「泣き真似をしても駄目です。だから私はヴィンテージジーンズを見せたくなかったのです」
「めっちゃ自慢してたやん」
「記憶にございません」
「……」
魔王様。Gパンは魔王様らしくありません。
「さっさと脱いでください」
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