ごーまるいちぺけぺけ
魔王様の瞬間移動の呪文で私の自室前まできた。
「ちょっと部屋の中を片付けますので、……四十秒だけお待ちください」
「うむ。見られるとマズい物を隠すがよい」
「ビニボンとか?」
古くて冷や汗が出るぞ……。
「そんな物はあるはずがないだろ」
魔王様ではあるまいし……。
「予も持ってなどおらぬ!」
頬が赤いぞ。
さっと部屋に入り、バタンと扉をしめた。
えらいこっちゃー! 自室には誰も来ないからと……油断していた! 朝まで添い寝していた女子用全身鎧や、昨夜晩酌を楽しんだ女子用鎧がベッドやテーブルの椅子に置きっぱなしだ――!
急いでそれらを壁に掛けて片付ける。これらの女子用鎧は……オブジェなのだ。触ったり抱きしめたりするものではないのだ~。
ここまで五秒フラット。まだ時間に余裕はある――。
次に、朝起きて体を拭いて汚れたウエスをゴミ箱に捨てる。
――やだ、ゴミ箱の中が……うっ臭い! 異様な匂いがする。これはウエスの匂いだ! ウエスに鎧を磨く時の有機溶剤やホホバオイルが染み込んでいるから……普通にやばい臭いがする――。魚介類とは違う匂いだから安心して欲しいが……冷や汗が出るし、それもウエスで拭く。
ビニール袋に汚れたウエスだけを入れ直し、ギュッ~と解けないようにきつくゲンコツ結びにするのと同時に小さな窓を開けて室内の匂いを換気する。
ここまで――十秒! 玉のような汗が吹出す。冬なのに。
なんだろう。まるで初めて彼女が部屋に来るような高揚感……。嬉しいようで恥ずかしいドキドキ感。
魔王様が部屋に来るなんて~――!
「もういーかーい」
「まだ! だめ! めっ! 開けるな!」
破廉恥な女子用鎧カタログを手に一瞬手が止まるではないか! ベッドの下に押し込もうとするのだが……隠せない。何かに当たって奥に入らない――。
「なにが邪魔をしているのか!」
うつ伏せになりベッドの下へ手を突っ込み引っ張ると……ジーンズだった。ヴィンテージジーンズが二本……床の埃と共に出てきた。
こんなところにあったのか……。
「……フッ。探す手間が省けたぜ」
ガチャ。
「キャー! まだ一五秒でございます! あと二十五秒もありまする!」
たったの四〇秒くらいは我慢して! ディズネーラドンやユニバーサクスタジオジャポンのアトラクションだと思って、我慢しようよ――!
「予の腹時計では一〇分は待ったぞよ」
「――腹時計!」
まさかの体内時計……正確でないことだけは確かだ。カップ麺ならゴリゴリの麺硬だ。
慌てて女子用鎧カタログを体の後ろに隠し、ジーンズを見せてそちらに気を引かせる。
「ご覧ください。こちらが百年以上前に作られたヴィンテージジーンズ、5〇1××!」
「5〇1××!」
「ごーまるいちぺけぺけ?」
女勇者にはこの価値があまり分からないようだ……。放送禁止用語などではないから安心していいぞ。
「百年以上もの間、一度も使用せず洗濯もしていない新品! 保存状態も完璧でございます」
「「おおー!」」
さっきまで埃をかぶっていたとは言わない。粗末な扱いをしていたなんて……言えない。
「凄いぞよ。リベットや耳やパッチが……ネットで見たのと同じぞよ――!」
「同じでしょうとも。なにせ本物なのですから」
……あんまり……ネットネットと言わないで欲しいぞ。世界観が壊れますから。
魔王様と女勇者が興味津々な目でジーンズを手に取ってみる。私は金属製鎧だが、この二人は生身……。手汗や皮脂や爪垢やさかむけで大切なジーンズを汚されるのは困る。
「そろそろお返しください。このジーンズの凄さは十分に分かったでしょ」
手の平をクイクイさせて返せ返せとアピールする。
「もう少し見せてよ。減る物じゃないでしょ」
減るのだ。色々と。
「それよりも……デュラハンがヴィンテージジーンズなんか持っていても、何のメリットもないではないか」
――!
「突然なにを申されますか」
私が適切な管理を続けているからこそ、このヴィンテージジーンズが今ここに存在しているのでございますよ。
「そーよ。勿体ないわ。どぶにどぶろくを捨てるような物よ」
どぶにどぶろく――! ザリガニやサカマキガイが酔っ払うぞ――!
「しかしこれは、私が長年大事に保管していた大切なジーンズなのだ」
――この二人にだけは絶対に渡したくない――。
「絶対に渡したくありません」
「「……」」
幾らお金を積まれたって……断れる自信がある。それに、魔王様は絶対にすぐ飽きて穿かなくなるだろうし、女勇者の場合は穿き古して真っ白のボロボロにするのが目に見えている。
「ベッドの下に突っ込んであったのに?」
「――!」
――ゴッソリ見られていた?
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