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勇者のジーンズはOKなのか?


 土の付いた手を冷たい水で洗った。

 魔王様は教えられた通りハンカチーフを使わずにジーンズの太もものところで拭いている。若干だが……ジーンズの色が手に移り青くなっている。元からだったかもしれない。

「あー腰が痛い」

「お察しいたします」

 お年寄り臭くございますとは言わない。……かれこれ数時間農作業を手伝ったのだ。冬の畑は土を耕したり雑草の根を引いたりと地味な作業が多かった。ほのぼのスローライフとは呼べない過酷なものだった。


「農作業にはやはりGパンが一番ぞよ。大きなローブやマントを付けて農作業など出来るはずがない」

 膝までロールアップした魔王様のジーンズ。たしかに畑ではお似合いだ。

「農作業には農作業に適した服装がございます。その度その度に応じて着替えるのが最適かと存じます。つまり、玉座の間では魔王様にお相応しい服装が最適なのです」

 その服装が古びたローブや大きなマントにございます。ジーンズでは御座いません。ダメージジーンズでもありません。

「だが、有名なRPGでもジーンズを穿いたラスボスが登場するではないか」

 有名なRPGでジーンズのラスボスってなんだ。冷や汗が出る。

「おりませぬ。……っていうか、パッと思い浮かびませぬ。魔王様はラスボスと主人公をごちゃ混ぜに考えておりませぬか」

 魔族にしてみれば勇者こそがラスボスですし、勇者ならば最近はチャラい姿の勇者が増えてきています。

 金髪にピアスとか、カラコンとかマザコンとかポリゴンとかポリデントとか……。

「そもそも、鎧を着ていない勇者など、勇者でも騎士でもありませぬ――!」

 本気で戦う気があるのかと憤りすら感じます! デニムホットパンツなど、もってのほか……。

「もしも魔王様がデニムホットパンツなどを真似されたら、それは犯罪級ではございませんか――!」

「デュラハンよ、自分が全身鎧の顔無しモンスターだからといって、興奮するでない」

「――も、申し訳ございません!」

 思わず熱くなってしまいました……冬なのに。

 魔王様のホットデニムパンツ姿……想像するだけで頬が緩む。


「だが、勇者がよくて魔王が駄目なのは不公平だと思わぬか」

「ぜんぜん。まったく。オールオブナッシングでございます」

「……」

 勇者がチャラくてもいいですが、魔王様がチャラいのはいけません。なにかが違います。さらには、チャラい勇者とチャラい魔王の戦いなど……見たくもありません。とんだ茶番です。

「人間共と我ら魔族は違う生き物なのです。次元が違います。違わせてください」

「予もナウでヤングになり若者にキャーキャー言われたいぞよ」

「……」

 ご安心ください。ナウでヤングとか言っている時点でキャーキャー言われますから。


「女勇者も前にジーンズを穿いていたことがあったなあ。色落ちした」

「そんなシーンありましたか? 記憶にございません」

 記憶にございません……冷や汗が出る。魔王様は……嫌なことを思い出されるのだけは得意のようだ。

「勇者は良くて魔王は駄目なのは差別だぞよ」

 唇を尖らせてタコのような口をしないで欲しいぞ。

「区別でございます。女勇者はいつも必ず鎧を身に付け、勇者らしい格好をしています」

 伝説の鎧、「女子用鎧、胸小さめ」を装着しているのです……。

「本当かなあ……」

「本当でございます」

「よかろう。では確かめに行くぞよ。そこでもし、女勇者が鎧ではなくGパンやモンペや網タイツを穿いていれば、予もそれらを穿くぞよ」

 ゴクリと唾を飲んだ。魔王様は網タイツを穿きたいのだろうか……。

「騎士に二言はございません」

「フフフ、では行くぞよ。『瞬間移動(テレポーテーション)!』」

 魔王様の不敵な笑み……もしかして……。



 人間界の城から北に約二〇キロ。女勇者が住むポツンと一軒小屋の前へと降り立った。この辺りも季節は冬だが魔王城ほど寒くはない。雪が降っていないのが羨ましい。


「せい! やあ! たあ!」

 女勇者の声だけが聞こえてくる。こんな寒い日でも真面目に剣の修行をしているのだろうか。敵ながら感心してしまう。

「いや、小屋の裏でクワを持って畑を耕しているぞよ」

「くわー!」

 ガクッとなる。この荒地を耕かしても野菜の収穫は難しいのに……。もっと野菜がよく育つところの土地を与えてやって欲しいぞ……国王もケチのようだ。

「しかも洗いざらしの純白ダメージジーンズぞよ」

 ……女子用鎧を身に付けていない女勇者など……なんの魅力もないと言っているのに……。

「賭けは予の勝ちぞよ」

 ――んん。

「魔王様、ひょっとして禁呪文かなにかでご存知だったでしょ」

「予がそんな卑怯な真似をすると思うか」

 する。します。はい。当然でございます。……と口に出せないのがパワハラだと言いたいが……。

「……思いませぬ。申し訳ございませんでした」

「うむ」


 寒いから早く帰りたいので農作業に夢中になっている女勇者に声を掛けた。

「久しいな、女勇者よ」

「はっ! なんだ、デュラハンと魔王様か」

 振り向く短い髪から汗が舞った。

「なんだは余計ぞよ」

「今日の要件は戦うことではない。武器を収めよ」

 女勇者は咄嗟に構えていたクワを下ろした。

「コッペパンを持って来てやったぞ」

 前前前作くらいで約束していたはずだ。忘れかけていた。冷や汗が出る。

「……わたしは勇者だ。魔族の……魔王の施しなど受けぬ」

 袋を受け取りながら女勇者が精一杯の反論をする。ツンデレとは違うが可愛い。


「今日ここに来たのは他でもない。この有り様について意見を聞きたいのだ」

 魔王様のロールアップしたジーンズを指さす。

「酷い有り様だわ」

「言葉を慎みたまえ。予には無限の魔力があるのだぞよ」

 魔王様の両手がワナワナしている。

「あーあ! じゃあ無限の魔力でジーンズの裾を短くしたらいいじゃない」

「その手があったか! でかした!」

 でかしてないっ! 問題の論争はそこじゃないのだ。

「だったら……その無限の魔力で色合いやダメージ具合も調整なさってはどうですか。フン」

 そっぽを向く。首から上が無いからそっぽを向く仕草が伝わりにくいかもしれない。

「……ごめん」

「謝っても駄目です。女勇者の言う事は聞くのに私の意見を聞かないのならもういいです。フン」

「あ、デュラハン怒った?」

「いつもの作戦ぞよ」

 ごっそり聞こえている。……いつもの作戦って酷いぞ。

「だったら魔王様、わたしが四天王をやってあげるわ」

「「――!」」

「それで、この小屋にデュラハンが残るのって、どう」

 大草原の小さな小屋に――ぼっち?

「よい考えぞよ」

「ダメて~! 絶対に駄目です魔王様。女勇者は魔王様討伐を第一に考えているのですぞ! ダメダメぶるぶるぶる。絶対にそれだけは駄目です」

「いいじゃない。とりかえっこみたいで楽しそうよ」

 とりかえっこって……ピヨピヨ、ムッ、ってやつか……冷や汗が出る、古過ぎて。しまった、ネタバレ注意だ――!

 いや、待てよ。女子用鎧胸小さめが今なら小屋の中にあるのではないだろうか……。であれば、ここに残ってそれを我が手中に収めるチャンスなのかもしれないが……。

「冗談よ」

「……」

「デュラハンは良からぬことを考えるとすぐ顔に出るから分かりやすいぞよ」

 ――顔に出ているのですか! 首から上は無いのに……。


 立ち話も寒いので小屋の中へと入れてもらったのだが、外と温度が変らないのに泣けてくる。

「部屋を暖かくして寝ないと……凍死するぞ」

「大丈夫よ。布団で巻き寿司みたいになって寝るから」

 巻き寿司か……冷や汗が出る。今年の節分は2月2日らしい……。


「鎧以外には今穿いているジーンズしか持ってないわ」

 ジーンズしか持っていないって……。

 元の色が何色だったか分からないほど白いジーンズだ。あちこち破れていて……格好いいダメージを過ぎ去っている。買い替えてもいいレベルのダメージだ。体力1の状態、ボロボロともいう。破れているところからちょっぴり下着が見えているのは内緒だ。女勇者の人気が上昇してしまうから――。

「汗をかいたり汚れたりしたらちゃんと洗濯しているわ。冷たい水で」

 冷たい水か……。

「当然だ。お湯で洗えば一層色落ちしてしまうからな」

 油汚れなどは落ちにくいがな。あと、裏返すのは……言うまでもないな。

「育てるのもいいけど……洗わないと臭いでしょ」

「確かに臭い」

「グールとゾンビは臭かったぞよ」

 それな……。でも魔王様、同じ魔族ですよ。ぬか床のかぐわしい香りとは程遠い腐敗臭……。生きたスメルハラスメントとは口が裂けても言えない。ゾンビは生きていない。私には口がない。

「デュラハンはジーンズに口煩いけど、何本か持っているの」

 フッ――待っていました。

「ああ。自慢ではないがヴィンテージジーンズを二本ほど持っている」

 軽く前髪を整える。首から上は無いのだが。

「え! ヴィンテージジーンズ!」

 ヴィンテージ……それは希少価値の高く奥ゆかしき魅惑の代名詞。女勇者はヴィンテージジーンズのことを知っているのだろうか……。

「ううう、嘘臭いぞよ! そもそも予ですらデュラハンがGパンを穿いたところなど見たことないぞよ」

「当然でございます」

 大事に保管しているのです。一度も足など通したことはありません。価値が下がります。値札やタグ類も全て付いたままの状態なのです――。

「どうせいつもの嘘でしょ」

「いつもって酷いぞ」

 紳士騎士であるこのデュラハンが嘘などつく筈がないというのに。

「じゃあ、見せてよ」

「そうそう、それそれ」

 二人共「信じられない」と顔に書いてありやがる。

「いいでしょう」


 せっかく持っているのだから少し自慢して優越感に浸ることこそコレクターの心理なのだ――。


読んでいただきありがとうございます!


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