ゾンビとグールのダメージジーンズ
「早く色落ちして味があるGパンにならぬかのう」
あるある。そのお気持ちは察しいたします、――ですが!
「玉座にボーっと座っているだけでジーンズが格好良く育つのであれば、世界中のジーンズはそれ以上の成長を遂げることでしょう」
「ちょっとディスっておらぬか」
「それ以外に聞こえましたか」
せめて歩け。ジーンズのために。
「ヌヌヌヌ」
遠回しに魔王様の運動不足を解消して差し上げたいのだ。魔王様の体調管理も四天王筆頭、宵闇のデュラハンに託された重要な使命なのだ。
「魔王様、少し魔王城から出てみてはどうでしょう」
「なんで」
ポテチをパリパリ音を立てて食べ始める――! 逆撫で甚だしい行為はもはや魔王様の真骨頂……。手に着いたポテチの油をジーンズで拭くな。それで鍛えているおつもりか。
「敵を知り己を知れば百戦危うからずというではありませぬか。せっかくジーンズを育てるのであれば、良き見本や目標としたいジーンズを一度目にしておかれるのもよい方法かと」
「なるほど。で、その方法とは!」
お食い付きになられた!
「はっ! 魔王城周辺の畑で農作業をしているゾンビやグールがなかなか洒落たダメージジーンズを穿いております。それを見に行きましょう」
「ここに呼べばよいではないか。予は魔王だぞよ」
それは嫌だ。
「御冗談を。玉座の間が甘酸っぱいアオハル臭で充満してしまいます」
「……遠回しにえげつなくディスっておらぬか」
そう聞こえたのなら謝罪いたします。
「申し訳ございません。私めは鼻が無いので構わないのですが、ここ玉座の間は魔王様がポテチなどを食べられる場でもございます」
――お察しください。衛生上とか掃除する者の立場とかを。
「うむ! 察したぞよ!」
魔王様が玉座から立ち上がられ、ホッと胸を撫で下ろした。
「ゾンビやグールにダメージジーンズを貰えばいいのではありませんか。なかなかジーンズは成長しませんよ」
魔王城の階段を四階から一階まで降りながらそう進言してみる。魔王様のご命令であればゾンビやグールも従いましょう。それ相応の代金を支払えばパワハラとも言われないでしょう。
「自分の力で育ててこそのGパンではないか。高かったのだぞよ、このGパンは」
「でしょうね」
猫に小判、馬の耳に念仏、魔王様にお高いジーンズ。
「勿体ないでございます」
お化けが出るほどでございます。冷や汗が出る、古過ぎて。
「勿体なくない! 無礼なるぞ! 予がその気になれば、無限の魔力で世界中のジーンズを青から純白に変えることもできるのだぞ」
――純白! 洗いざらしの極限状態、驚きの白さ――!
「おやめください! それはあまりにも御無体!」
ジーンズの育て甲斐が無くなってしまいます! 色落ちしている部分と色落ちしていない部分の差が皆無になります――!
「逆に真っ青に戻すこともできるのだぞ」
真っ青に戻すと……今まで育ててきた努力が無に帰すのだが……。
「それは……ありかもしれません。中には大喜びする人がいるかもしれません」
せっかく高いジーンズを育てたのに色落ち具合が気にいらないって人は大勢いるから……。変なヒゲとかも……。
魔王城から出ると城壁沿いにある畑へ足を運んだ。砂利の転がる農道はガタガタ道で歩きにくい。
道端にはカラカラに乾燥した日向ぐそが置き去りにされている。野良犬か野良モンスターの仕業だろうが、畑の肥料になるから何の問題もない。これこそサステナビリティだ。遠回しにクソッ食らえはサステナビリティだ。サステナビリティのクソッ食らえとは意味が異なる。私は環境に優しくありたい。
畑の近くでホースを使って水を撒くと、その音を聞いてゾンビやグールが次々と畑からはい出て集まってきた。
見るからにゾンビやグールだ。ほぼ全員がダメージジーンズを穿いていて……どっちがグールでどっちがゾンビなのか見分けがつかないが……別にたいした問題でもない。
「魔王様、こんなところまで来ていただけ嬉しい限りです」
ゾンビやグールが集まり魔王様の前で跪く。畑を埋め尽くすかの膨大な数にウッとなる。
「うむ、楽にして良いぞよ。今日はアンデットの諸君に聞きたいことがあって来たのだ」
来たと言っても……魔王城を出てちょっと歩いただけだ。
「なんでございましょう」
「卿らのダメージジーンズは格好よく色落ちしているが、なにか秘訣があるのか」
ゾンビやグールがお互いの顔やジーンズを見ている。
「そりゃあ、農作業して洗濯しないのが一番です」
「立ったり座ったり掘ったり潜ったりです。はい」
「ほほお」
……たしかに毎日農作業をしていればジーンズは鍛えられるだろう。ジーンズは元々作業着だったのだ。……会社の社服とはちょっと違う。冷や汗が出る。
「だが、洗濯しないと臭くなるぞよ」
ゾンビやグールの体臭で、とは言わない。魔王様が鼻を摘まんでいるのが凄く失礼な気がする。私は顔が無いから助かっている。
「洗わなくてもぜんぜん臭くないです」
「ああ、むしろいい匂いです」
そりゃ……そうなるわな。言わないけれど。
「俺達よりマシさ」
「そうそう、ハッハッハ」
「なんせ体が腐ってるからなあ、ハッハッハ」
まさかの自虐ネターー! たしかにその通りだと相槌を打ちたくなるのを必死にこらえる。
「だが、洗濯しないとはいえ農作業をしているだけでは全体的に色落ちしてしまうだろ」
「だから手を洗ったら太ももで拭くのさ」
ハ、ハンカチーフは使わないのか――。なるほど、その手があった――!
……グールやゾンビも……手を洗うのか……。
「醤油やソースとかが付いても太ももで拭くけどな」
「なんと!」
……まさに味付け? 魔王様がポテチで汚れた手を太ももで拭いていたのも正しかったのか――。
「毎日穿いて農作業をして汚し、いい具合になれば一度だけ洗濯して完成だな」
「野菜と一緒で古着屋へ出荷するのさ」
んん? ジーンズを出荷だと。
「農作物を売るよりもジーンズを売る方が儲かったりもするのさ」
「そうそう、安物ジーンズが数万円で売れるからなあ、ハッハッハ」
――効率のいい副業! 育てるというより、丁稚奉公――!
そのうち野菜作りよりダメージジーンズ作りに没頭してしまわないかが心配だ……。誰もが楽をして稼ごうとするのは永遠に変えられぬ生き物のサガか……冷や汗が出る。古過ぎて。
――そうなる前に先手を打たなくてはならない――。
「魔王様も畑仕事をされてはどうでしょう。毎日玉座に座ってポテチばかり食べているより健康的ですよ」
「え? よよよ?」
「よよよではありませぬ」
魔王様に畑仕事の必要性と苦労を理解して頂くことこそ、「楽して稼ぐ」に流されないための先手になるのだ。
「予は健康だぞよ。無限の魔力で病気知らずなのだ」
それってチートですね、大きな声では言わないけれど。さらには、顔色はいつも青いですけれど。
「魔王様のGパンが『鍛えて欲しいぞよ』と申しております」
「なに! ……仕方がない」
魔王様はネルシャツを腕まくりし畑へと入っていった。せっかくなので私も畑仕事を手伝うことにした。金属製鎧は畑で汚れても何一つ鍛えられないのだが……。
ゾンビやグールはともかく、途中から加わったスケルトン達はどこから力がでるのか不思議なくらいタフだった。クワやスキでどんどん地面を掘り起こしていく……。
「まだまだ若いもんには負けんわい。ハッハッハ」
骸骨が笑っている……。ひょっとすると数千年前のスケルトンなのだろうか。アンデットに年齢を聞くのは怖い。失礼なのかもしれない。
アンデットって……増える一方と考えるともっと怖い。
「ちょくちょく間引いているから大丈夫ぞよ」
「――!」
魔王様が耳元でこっそり教えてくれた。……冷や汗が出る。私には耳が無いから……。
……やっぱり魔王様が一番怖い。
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