魔王様、Gパンは魔王様らしくありません
「なぜだ! ひどおいではないか!」
ひどいに「お」を入れないで欲しいのだが……。
「たしかに言葉が過ぎました、申し訳ありません。ですが」
「ですがではない!」
「――!」
魔王様は激怒し玉座から立ち上がられた――。その前で跪く私はただなすすべなく頭を下げ俯き続ける。
「謝っておいてすぐに『ですが』とか『しかし』とか『でも』とか『他の人もやってるし――』とか言い訳を始めるのは、これっぽっちも反省しておらぬ証拠だぞよ――」
魔王様がこれっぽっちを親指と薬指で表現する。ぺったりくっついている。他の人もやってるし――など言った覚えはない。人じゃない。我らは魔族だから……。
魔王城内玉座の間には今日も冬の嵐が吹き荒れる……。実際に窓際から寒風がピュッーっと吹いてくる。窓は閉まっているから……隙間風か。
「予は魔王なのだぞよ。それが、『魔王様らしくありません』とは、どういうことか! 予が魔王ではないと言いたいのか!」
「滅相もございません。正真正銘魔王様です」
やることなすこと魔王様です。
「ですが、どうかお考え直し下さい」
「ですがはやめい! さっき言ったばかりではないか! 一分も経っておらぬぞよ」
今度は指を一本立てて一分を表すのはいいが……がっつり中指なのに冷や汗が出る。ピンと伸びていて腹が立つ。
「……御意。ですが魔王様。歴代の魔王様でGパンを穿いて玉座に座っていた魔王様など一人もおられませぬ」
「なんだと……。卿は歴代の魔王を知っておるのか。予の爺ちゃんやひい爺ちゃんを」
「……存じませぬ」
じつのところ、魔王様しか知りませぬ。
「だったら、ひょっとするとGパンを穿いていたかもしれぬではないか!」
「それはありません。歴代の魔王様はきっと古めかしいローブや真っ赤なマントを身に付けていたはずです」
真っ赤なマントや長いローブをズルズル引きずって魔王城内を掃除しながら歩いていたはずです。モップ掛けしなくていいので助かります。半年に一度はワックスがけもしていたかもしれません。
「ローブやマントは良く、何故ゆえにGパンは駄目なのだ」
「絵的に……」
「……」
チェック柄ネルシャツの裾をGパンにインしないで欲しい。腰回りが窮屈そうだ。さらにベルトにはバックルが付いていない……よく見ると百均の楽ちんゴムベルトではないか――。
「卿は絵的にという意見だけで予のGパンを脱がそうと企んでおるのか」
絵的だけでもない。……脱がそうと企んでいると言われると変な誤解が生じる。
「御意」
「なぜだ、ちょっと酷いではないか」
説明する必要はあるのだろうか……冷や汗が出る。
「……RPGにおける魔王様の立場は、いわゆるラスボスでございます。苦労して魔王城に辿り着き、強い……魔王様より強い最強の四天王を倒したあと、ようやく玉座の間の大扉を開けるのです。そこで魔王様がGパンを穿いてポテチを玉座に座ってパリパリ食べていれば、もはやそれはRPGではございませぬ」
ほのぼのスローライフです!
「集まれ動物の六本木でございます――!」
「六本木――! 森よりも木が3本多いぞよ~!」
「森森でございます」
「……」
「Gパンを穿いた魔王様と戦う前にエンディングが始まってもおかしくありません」
スタッフロールの背景にポテチを食べる魔王様とその前で四天王を倒して喜ぶ勇者たちのほのぼのした姿に……なにも遜色ありません。
「予は魔王であるぞ! 魔王を倒さずしてエンディングとは、棚から牡丹餅だぞよ」
「柏餅の方が好きです」
「予もぞよ!」
……どうでもいいぞよ。葉っぱを剥がす時に破れるのが醍醐味……。
「第一に魔王様、ジーンズがお体に合ってないではございませぬか」
魔王様が穿いているのは紺色の色落ちしていない新品ジーンズだ。履き心地がよいのなら致し方なしとも思えるが、魔王様は無理に穿いていらっしゃる。青い顔と色がかぶっている。
「どこで買ったのですか。ちゃんと試着はしたのですか。通販でも返品できるのを御存知ですか」
「知ってるし――」
語尾に「しー」を付けないで欲しいぞ……。
「だいたい、足の長さに対して丈が長過ぎませんか」
「長過ぎぬ。短いのはダサいであろう」
たしかに短いジーンズはダサい……。
「ですが魔王様、何事にも程度とか限界とかがございます。木靴で踵を踏んでいるではありませんか」
「これが……味が出るのだ。ほつれてきたり破れてきたりするのが味なのだぞよ。予はGパンの成長を味わいたいのだ」
目を閉じないで! 味しませんから――。
座っているだけではジーンズも成長しませんから――。
「……さらには爪先でも踏んでいるではありませんか。長過ぎて危険でございます」
まるで魔歌舞伎の長袴だぞ。後ろから踏まれると前のめりにズッコケるぞ。
「……予は、これから成長期を迎えるのだ」
あー言えばこー、こー言えばあー。魔王様の苦しい言い訳が耳に心地よい。
「御冗談を」
ジーンズの裾に身長を合わせるには、ざっと全長1mくらい成長が必要になりますぞ。
「だって……せっかく買ったGパンを切るのは嫌なのだ。勿体ない」
しおらしく言わないでいただきたい。パンの耳は切って食わないくせに――とは言わない。
「では、ロールアップしましょう。失礼いたします」
「な、なにをする!」
魔王様に近付き、ぐいぐいとジーンズの裾を折り返して差し上げる。爪先よりも長いジーンズを買うのって……どういう神経なのだろう。Mでいいのに見栄を張ってLを買うようなものだ……マクドのポテトとかで。
膝辺りまで折り返すと魔王様のスネが見えた。お美しいスネ毛が羨ましい。全身金属鎧の私にとってスネ毛は羨ましい。
……いらないけれど。
「この方がナウでヤングでございます、プププ……」
ロールアップというよりは、魚のつかみ取り体験の姿だ。ワイルドでニジマスとかが似合いそうだ。
「いま、笑わなかったかデュラハンよ」
「笑っておりませぬ。笑わせないでください」
「……」
がっつりロールアップしたジーンズの耳が……赤耳なのに……イラっとしてしまうのはなぜだろう。
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