8、諦めないこと
親方はゆっくり時間をかけて羽を染めました。外は少し明るくなり始めています。
「よし、良いだろう。さ、つけてごらん」
染め終ると、親方は出来上がったばかりの秋の羽を妖精に渡しました。
妖精はそれを受け取ると、両手に持ちそれを掲げました。
妖精の手が光り、羽は溶けてなくなりました。そうして妖精の背中が光りましたが、妖精の背中にはまたも、崩れた羽しか現れませんでした。
表情を曇らせた妖精を見て、ピノは慌てて言いました。
「まだあるよ! ほら、染めたてほやほやの特別製の秋の羽なら、まだあるから。さ、やってみよう!」
妖精はキョトンとして、それから新しい妖精の羽を見て笑顔を作りました。
妖精にだって、ピノの気持ちが伝わったのでしょう。いいえ、ピノだけでなく、こんな真夜中に秋の羽を作ってくれた親方にもポンにも、きっと感謝していたことでしょう。それで妖精は泣きだすことなく、新しい羽を手に持ちました。
次の羽も、うまくいきませんでした。
妖精の羽を作っているとはいえ、小人には妖精の羽をどうやって背中につけるのかわかりません。何のアドバイスもできません。
それでも妖精を励まし続けました。
「もう一回やってみよう! 頑張って」
ピノは妖精に羽を手渡しました。
何度も何度も、妖精は羽を手に溶かし、そして失敗した羽が背中から零れ落ちました。
ピノはその悔しさを良く知っています。
一生懸命やっても、なかなかできるようにならないのです。だけど、諦めないことも知っていました。
「大丈夫、落ち着いてやればきっとできるよ」
ピノは妖精を励まし続けました。
だけど、最後の羽になった時、妖精はなかなかそれを受け取ろうとしませんでした。これを失敗したら、また親方に新しい羽を染めてもらうのでしょうか。
そんなにしても、また羽は現れないかもしれません。妖精はだんだんと心が苦しくなってしまったのでしょう。表情が曇ってきました。
「ね、諦めないで。何度でもやって良いんだ。僕だって」
ピノは必死でした。
なんとしても、妖精に成功して欲しかったのです。
「僕だって、毎日おんなじことをやって、毎日失敗しているんだ。まだ、新しいことひとつしかできないんだ。だけど、ね、親方が言ってたんだよ。職人の仕事は一に修行、二に修行だって。今はできないけれど、ずっと先にあるものを見続けて心を込めて仕事をすればいいんだって。だから、僕も諦めないから、君も、」
妖精の目が歪んだように見えました。
だけど、歪んでいたのはピノの目の方でした。妖精は泣けないんです。だから、ピノも泣いちゃダメ! そう思って我慢していたら、目が歪んでしまいました。
それを見ていた親方が言いました。
「ピノはなあ、本当に不器用で大変なんだよ」
一体何を妖精に教えちゃっているのでしょう。ピノは驚いて親方を見ましたが、親方は真剣に妖精に語っていて、ピノのことなんてこれっぽっちも気にしていませんでした。
「だけどな、不器用ってのは悪いことじゃない。できるかできないかで言ったら、器用でも不器用でも同じ、ちゃんとできるようになるからな。ただ、できるようになるまでの時間が違うってだけだ。
不器用なヤツは、できるようになるまで何回も何回もやるだろう。だからその分、一度できるようになると忘れない。慣れても、初めてできるようになった時と同じように丁寧に仕事に取り組める。だから、不器用なヤツのほうが俺は好きだ。ピノだってまだ何にもできねえけどな、きっと腕のいい職人になる。お前さんも同じ、不器用で何度も失敗するけれど、次にできるようになったら、もう失敗しないさ。さ、やってみろ」
ピノは驚いて親方を見つめました。
こんな風に思っていたなんて知らなかったからです。親方は不器用なヤツのことを、ピノのことを好きだと言ったのです。失敗しても良い、ゆっくり覚えれば良い、そう言ってくれたのです。
そんなピノの嬉しい気持ちが伝わったのでしょう。
妖精は羽を持つと、とても優しい表情をしてピノを見ました。
そうして羽を両手で掲げ持つとスッと上を向きました。
今までで一番、両手は光りキラリと雫のようなものを残して、羽は妖精の手の中に消えました。そうして、妖精の背中が光ったと思うと、光りをはじけさせながら大きな羽が現れました。
「うわあ」
眩しくて見つめていられないほどに、妖精の羽は美しく輝いています。
「こんなに綺麗に光っているの、初めて見た」
ポンが呟きました。
妖精の姿は、白っぽいワンピースが徐々に金色に染まり、裾の方がガマズミのように赤くなりました。羽はスッと伸び、上の方はキラキラと金色に輝き、下の方は赤い色でした。
「うん、よく似合うぞ」
秋の色になった妖精を見て、親方は腕を組んで満足そうに頷きました。
「よかった。よかったね」
ピノがそう言うと、妖精は美しく優しい顔で頷きました。
そして、まるでダンスをするかのように、3人の前に代わる代わるお辞儀をしてまわりました。金色の光りがキラキラと舞い、3人は何とも言えない幸せな気持ちになりました。
工場中が秋の香りに満ちた頃、妖精は羽を震わせて大きく飛びあがりました。そして何度か3人の頭上をくるくると回ると、天井に吸い込まれるようにして消えました。
後にはただ、キラキラとした空気だけが残されていました。
職人の仕事は一に修行、二に修行、就いた仕事が天職だと思って、心を込めて日々己を磨く。そうして、仕事の先にあるものに思いを馳せ、ひとつひとつを大事にやり遂げる――
仕事の先にあるもの、それをピノは見ることができました。
雑用やお使いだって、ピノの仕事の大切なひとつひとつです。新しく覚え始めた部品を作ることも、まだなにもできないけれど、それも大切なひとつです。
できない仕事だけを見つめていたら、嫌になることもあるでしょう。だけど、その仕事の先にあるのは、こうして妖精が季節と愛を届けるという尊い仕事です。その妖精が季節を伝えるためには、ピノの働きがなければダメなのです。
先を見つめることをピノは初めて知りました。それはとてもすごいことでした。
これを知っていたら、心を込めて日々己を磨くことができるでしょう。妖精の笑顔のために、妖精の届ける季節のために、ピノはこれからも頑張ろうと心に誓うのでした。
これにて完結となります。
お読みいただきましてありがとうございました。