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7、ぶきっちょ

 その時、親方が2階にやってきました。

「ほれ」

 なんと、手には妖精の秋の羽をいくつも持っているではありませんか。

 親方はピノが泥棒退治に出て行ったことがわかっていたのです。そして、泥棒の正体が秋の羽をとりに来た妖精だとわかると、すぐに羽を持って来てくれたのでした。

「わあお、親方、やるぅ」

「こら、真面目にやれ!」

 ピノが声を上げると、親方は照れながらもピノに喝を入れました。ピノは相変わらずテヘへと笑っています。

 ピノが秋の羽をひとつ、妖精に渡してあげると妖精はニッコリと笑いました。

「わらったー」

 その顔だけで、ピノはとても幸せな気分になりました。

 妖精というのは、そこに存在するだけで心がほかほかになるくらい愛がたっぷり詰まっているのです。


 妖精は受け取った羽を両手に持ち、また両手を高く上げました。

 そうして、妖精の手が光り、羽は妖精の手の中に溶けて行きました。先ほどと同じです。そして、妖精の背中が光ると羽が現れるのです。

 だけど、妖精の背中は光っているのに、羽はなかなか現れません。

 先ほどの未完成の羽とは違い、今度はちゃんとした秋の羽ですから、正しく羽が着くはずなのですが。

「ん?」

 ピノが声を出すのと同時に、妖精の背中がピカっと光って、そして崩れた羽の残骸のようなものが出てきました。

「あれれ?」

 ポンが慌ててそれを拾いました。

「失敗しちゃったね。ピノもうひとつ、渡してあげて」

「あ、うん」

 妖精は無表情で差し出された羽を受け取り、また同じように手に乗せて上げました。

 手が光り、羽が溶け、そして背中が光りました。

 それなのに、なかなか羽が出てきません。妖精が背中の方を向こうとした時、また羽は崩れた状態で背中から零れ落ちました。

「ああ、また。ピノ、もうひとつ」

 ポンが言うと、ピノはすぐに新しい羽を妖精に手渡しました。ピノの手にはあとひとつしか羽が残っていません。

 だけど、妖精はまたも失敗してしまったのです。

 何度やっても、妖精の背中からは秋の羽が出てきません。

「稀に、こういう不器用なやつがいるもんだ。妖精でもな」

 親方がそっと言いました。


 全ての羽がなくなってしまうと、妖精の表情が曇りました。今にも泣きだしそうです。

「ああっ、ダメダメ、泣かないで!」

 ポンが叫びました。

「大丈夫だから。ね、羽ならまた作ってあげるから、大丈夫だよ」

 ポンは一生懸命、妖精を励まそうとしています。なんとしてでも泣かせないようにしているのです。ピノはなんとなくわかりました。

「だーいじょうぶだって、親方がいるんだから、羽なんていくらでも作ってくれるよ!」

「おいおい、今からかよ。よっこらせっと」

 親方はそう言うと、未完成の羽をいくつか持って、3階にあがりました。これから秋の羽を染めてくれるのです。

「ね、ほら、親方が君のために特別なの作ってくれるよ」

 ピノがそう言うと、妖精の顔は少し優しくなりました。


 ピノは知っていました。前にポンに教えてもらったのです。

『妖精は怒ることができない。怒ろうとしたら死んでしまう』

 それはとても怖いことでした。

 本当はピノは、妖精のようになりたかったのです。だから妖精の羽を自分の背中にくっつけてみたことだってありました。

 だけど、妖精はピノのようなただの小人と違って、清らかで愛に満ちていていつでも幸せなのです。だからこそ、キラキラと光っていて、季節を伝えみんなを幸せにすることができるのです。

 その代り、妖精は怒ることができません。嫌なことがあってもそれを感じられないのです。“負の感情”を知った時、妖精は妖精でなくなり死んでしまうのです。

 だからピノは、妖精はキラキラしていて素敵だけれど、怒ったり泣いたりできなくて可哀想だなと思っていました。

 そうです。

 泣いてはダメなのです。

 だから、ポンも必死になって妖精が泣かないように、悲しくならないように叫んだのでしょう。


 親方は3階にあがると言いました。

「ピノ、湯沸かしてきてくれ」

「はい!」

 ピノは大急ぎで1階に降りてお湯を沸かしに行きました。すると妖精も軽い足取りでピノの後をついてきました。興味深そうにピノのやることを見ています。

 火を点けたり、水を汲んだりするのも、妖精には面白いのでしょうか。でも、妖精の羽がなくても泣かないでいてくれるならば、ピノのすることを見て楽しんでくれて良いと思いました。

 お湯が沸くとピノはそれを大きなポットに入れて抱えました。

「さ、上に行こう」

 ピノが階段を上ると、妖精も楽しそうについてきました。真夜中なのにキラキラ光っています。ピノは妖精とこんなふうにそばにいられて、心がうきうきしました。

 ピノが3階に行くと、親方は秋の染粉を準備して待っていました。

「おう、来たな。ここに入れといてくれ」

「はあい」

 ピノは言われたところにお湯を注ぎました。湯気がほわほわとあがっています。妖精にはそれすらも、興味深そうで、可愛らしい目をくるくると動かしていました。

 秋の染粉は金色に見えます。少しの深い紅色の粉を足して、ゆっくりとお湯を注ぎました。

「ポン、かき混ぜろ。底からすくうように、静かにな」

「はい」

 親方に習いながら、ポンは染料をかき混ぜました。枯葉のような爽やかな香りがします。

「ピノ、こっちに水、汲んで来てくれ」

「はあい」

 ピノは空の水差しを持って、また1階に下りました。妖精もついてきます。ピノはそれが嬉しくて思わずスキップしそうでした。だけど、水を持ってスキップはできません。ただただ顔がニコニコしているだけでした。

 そうして親方の準備ができました。

「いい塩梅だ」

 ポンのかき混ぜている大きなボウルを覗き込んでそう言うと、ポンはかき混ぜていた杓子をどけました。

 そこにひとつ、乾かしておいた羽を入れます。親方の手に染料がくっつくかくっつかないか、絶妙なところでくるりとひっくり返し、少しずつ染めていきます。

 一度染料から取り出すと、横に置き、次の羽を入れました。

 数枚を染めてから、先ほど染めた羽をもう一度染め直します。その手つきはあまりにも鮮やかで、ピノもポンもうっとりと見入ってしまうほどでした。

 少しずつ秋の色に染まっていく羽は、だんだんとキラキラ輝くようでした。



次回で完結いたします。よろしくお願いします。


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