6、泥棒の正体
ひたひたという足音は階段を上って来るようでした。同時に階段がさっきよりも少し明るくなりました。強い光りではありませんが、柔らかい月明かりのような光りが工場の階段を上がってきているように見えるのです。
ピノもポンも毛布の隙間から目だけを出して、ドキドキと階段の方を見ていました。
ほとんど音をさせずに、それは階段を上ってきました。
「!」
その姿が現れると、ピノは思わず息を飲みました。
一瞬、お化けのように見えたのです。
頭から白いマントのようなものをかぶっている人影です。背はあまり高くなく、ピノと同じくらいだと思われます。体つきもほっそりしているようでした。マントを着ているのでよくわかりませんが、親方のようにガッチリしているようには見えませんでした。
マントの隙間から手がチラチラと見えていて、どうやら明かりを持っているのでしょう。よく見えませんが、そこから光りが見えました。
その人影はゆっくりと階段を上りきり、そしてピノとポンのいる部屋など見向きもせず、向こう側の羽を乾かしてある作業場へと入って行きました。
(来たな、泥棒め)
ピノは息を殺して見ていました。
ついに泥棒がやってきたのです。今まさに、ポンが作った羽を盗もうと物色しているところです。
(よおし)
ピノはゆっくりと毛布を脱ぎました。少しでも急ぐとガサと音がしてしまいそうになるので、もどかしくてもとにかく静かに脱ぎました。
そうして、立ち上がることなく四つん這いのまま機織り機の陰から這い出してきました。
「ピノっ」
それに気づいて、ポンが慌ててピノを呼びました。だけど、あの階段を上ってきた人に気づかれては台無しです。ほとんど声になっていません。
それでもピノにはちゃんと聞こえていて振り返ると、ピノはとても興奮しきった嬉しそうな顔をしていました。
ポンはすごい顔をして身振り手振りで、ピノを戻そうとしますが、ピノは笑顔のまま首を振りました。ポンの口が空しく「ダメだ」と動いています。
そうです。ピノはあの泥棒を捕まえるつもりなのです。
「ピノ~~~」
ポンはハラハラとしながら、ピノを見ていましたが、ピノは確実にあちらの部屋へと這って行きました。
泥棒は、乾かして重ねて並んでいる羽の前に立ち、少し屈んでそれを見ていました。そして、コレというのを決めたのでしょう。
そっと手を伸ばした、その時
「そうはいくかー!」
と、ピノが躍り出ました。
「ピノ!」
ガバっと泥棒の背中に抱きつくようにピノが襲い掛かると、泥棒はピノの方を振り向くこともせず、スッと横に避けました。
「うわったったっ」
ピノはよろけて、つんのめりそうになりました。
だけど、このままつんのめっては乾かしてある羽の中に突っ込んでしまいます。細かい作業で大変な思いをして作る妖精の羽です。ピノはそれを知っていますから、何としてでもそれを壊すことはできません。
手をバタバタと振り、何かつかめるものはないかと、空中を掴みとろうとしました。
その手は、泥棒のマントをひっぱり、そうしてピノはなんとか足を踏ん張ることができました。図らずもピノの手には泥棒のマントがはぎ取って握られていました。
「お前、誰だ!」
ピノは勇敢にも、すぐに泥棒に向き合いました。
そのピノの目の前にいたのは、泥棒というには似つかわしくない、少年でした。
「あれ?」
少年と言っても、ピノより少し年下くらいでしょうか。身長や体つきはピノと大して変わりません。ピノより少し細くて小さく見えますが、そんなに小さな子ではありません。
髪の毛が長くて、そして服装は薄い布地をたっぷり使った長いワンピースのようなものです。
「あっ」
ピノはその姿を見たことがありました。
そう思った時、ピノの後ろにポンが来ていて言いました。
「妖精じゃないか」
そうです。今、ピノも言おうとしたのに、ポンに言われてしまいました。
だいたい、明かりも何も持っていないのに、こんな夜中に薄っすらと輝いているのですから、ピノとポンと同じ、ただの小人というわけはありません。
どこからどう見ても、妖精なのです。
「羽がないのか」
ピノが言いました。
妖精はピノの言葉がわかったのか、少し首を傾げて頷くと、また乾かして置いてある羽のほうを向いて、それを取りました。
妖精は羽がないので、羽をもらいに来たのです。
ピノとポンにはそれがわかりました。
「おかしいな、秋の羽はちゃんと全部持って行ったけどな。足りないなんてことないはずだけど」
ポンが言いました。
いつもポンが届けているのです。数も少し多めに持って行っているはずです。
妖精はポンの言葉など気にせず、羽をひとつ両手に持つとそれを高く掲げました。
「わあ」
妖精の手が輝き、その羽は妖精の手の中に溶けて消えました。そうして、妖精の背中から、羽がふわりと現れるはず、なのですが……
「……あれ?」ピノが囁きました。
妖精の背中は羽が出てこようと光り輝いていますが、羽がちゃんと出てきません。そうこうしているうちにパっと光りが弾けたかと思うと、妖精の背中から妖精の羽が壊れて現れたのです。
ポンはそれを拾い集めました。
「ねえ、これは未完成の羽だから、これじゃ無理だよ」
そうして妖精に言うと、妖精は目を丸くしてポンの方を向きました。