3、なくなった羽
その次の日のことです。
ピノがいつものように小鳥に乗って工場へ行くと、すでに親方が来ていました。
「親方、おはようございます」ピノが挨拶をしました。
「ああ、おはようさん。お前さん、今来たんだよな?」
親方は変なことを聞いてきます。たった今、小鳥から降りたピノを見ているじゃないですか。
「ボクですか? はい、そうですけど」
ピノがそう答えると、ポンが階段を下りてきました。少し難しい顔をしています。
「おはよう、ポン」
「ああ、ピノ。おはよう」
「ポン、どうしたの?」
ピノは、ポンがいつもの優しい挨拶ではなかったので、何かがあったのかと思って聞きました。すると、
「ピノ、ちょっと上においで」と、言うではありませんか。
ピノはポンについて、2階に上がりました。2階は、いつもピノが羽根布を織っている部屋があります。
いつも通りの作業場です。機織り機は布がかけてありますし、羽根糸も束になって置いてあります。今日これから、この糸を機織り機にかけて、羽根布を織るのです。
「あっち、見て」
ところが、ポンは反対側の部屋を指しました。
ピノが羽根布を織っている部屋の反対側は、壁はありませんが、もうひとつ作業場があります。そこには、未完成の妖精の羽がいくつか乾かして置いてあります。
ちょうど今の時期は、秋になってしばらく経って、これから“冬の羽”の出荷なので、たくさん重ねて置いてあるはずでした。ところが、
「んー? なんか、ヘン?」
ピノは並んでいる妖精の冬の羽を見て、首をひねりました。なんとなく違和感があるような気がするのですが、何が違うのかわかりません。するとポンが言いました。
「この途中の羽が抜き取られてる気がするんだけど、ピノ、君、引き抜いた?」
「ボク? やってないと思うけど」
なぜか自分でも自信がありませんが、それくらい、そこは普段通りのようでいて、何とも言えない違和感がありました。
すると親方も2階にあがってきて、言いました。
「数日前から、こんな調子なんだ。お前さんたち、何か知らないか」
何かと言われても、ピノなど、たった今これを見せられても、何が変なのか分からないくらいなのですから、何も知っていることなどありません。
「羽がなくなっちゃったんですか?」ピノが聞きました。
「まあ、正確にいくつとはわからんが、いくつかは足りないねえ」
親方は並んでいる未完成の羽を数えながら言いました。
ピノは、ここのところ帰りに親方が鍵をかけていたことを思い出し、合点がいきました。
「これって、泥棒?」
ピノは素直に思ったことを聞いてみました。
「なんだろうなあ」
親方もポンもそれはわからないようでした。
なぜなら、未完成の羽など盗んでも、何にもならないからです。だいたい妖精の羽は、妖精が着けなければ意味がありません。特別な材料で作られていて、確かに高価ではありますが、普通の人がこれを持っていても妖精と同じように飛べるわけでもありませんし、ましてや背中にくっ付けても動かすことすらできません。
しかも、なくなった羽はまだ完成してないもので、色も塗っていません。
一体、誰が何の意図でこれを欲しがったのか、想像もつきませんでした。
「でも、昨日の夜も鍵をかけていましたよね」ポンが言いました。
「そうなんだよ」
「本当になくなったんですかねー」
ピノが能天気に言うと、親方はポンポンとピノの頭を撫でました。
「ま、気のせいかもしらんなあ」
親方はそう言うと、3階へ上がって行きました。
とりあえず、本当に羽はなくなったのか、泥棒が入ったのか、きちんとわかるまでは、様子を見ようということのようでした。
その日もピノはまず羽根布を織り、そうしてそれが終わると、ポンに新しい作業を教わりました。
最初の部分は随分とできるようになってきたのですが、その次の行程はなかなかできません。それでもポンが優しく根気よく教えてくれるので、なんとなくやり方はわかってきました。
「そうそう、そこだよ。左手で押さえて、そう」
「うーん、うーん……ここかな?」
ポンに言われた通りだと思うことをピノは一生懸命、素直にやりました。
「よし!」
そばでポンが頷いています。ピノは少し嬉しくなりました。
「こう?」
「今のところだよ。今のやり方で良いから、あと少しこっちに寄せて、」
なかなかできなかったことも、やっと少しわかったようです。なんとなくできたところをポンに見せると、ポンはたくさん褒めてくれました。
「ピノ、頑張ったね! ここまでできたらあと少しだよ。もうちょっと練習しようね」
「うん!」
同じことを何度も何度も練習して、少しずつできるようになってくるとピノもとても嬉しく感じました。それでも、まだまだなんですけどね。