1、新しい仕事
広い森の奥の、大きな木の根元に小さな扉があります。よおく見てみなければわからないほど小さな扉です。その中は工場になっていて、小さな人が妖精の羽を作っています。
工場の一階は、入ってすぐの土間に大きな作業机があって、今日はピノが細かい作業をしているところでした。
「うーん、うーん」
ピノは一生懸命になると舌がちょこっと口のはしっこから飛び出してしまいます。
「ピノ、できた?」
兄弟子のポンは、ピノの舌が可愛いなあと思いながらも、そんなことは口には出さずに、ピノの作業の様子を見守っています。
あんまりにも細かい作業で、ピノは目も寄っています。
「うーん、うーん……よっと!」
妖精の羽はとても小さく、そして繊細な部品が多いのです。その部品づくりの一つの作業を、ピノは今日初めて教えてもらっているのです。
「できた。どう?」
ピノは今やった作業をポンに確認してもらおうと見せました。
ポンはそれを受け取り、目を寄せてちゃんとできているかを確認しています。
「うん、できてる。よくできたね」
ポンがそう言うと、ピノの顔はホッとして明るくなりました。
「良かった~」
「じゃあ、これと同じものを10個作ってみよう。僕も手伝うけど、ピノが頑張るんだよ」
「えええー、10個もお?」
ポンが手伝ってくれるというのに、ピノは面倒くさそうに答えました。
「こらっ、ピノ! 兄弟子にそういう口のきき方をすんじゃねえ!」
すぐに親方の喝が飛んできて、ピノもポンもピョンと椅子から飛び跳ねました。親方は上の階にいるのに、ピノの声が聞こえているのでしょうか。地獄耳なのかもしれません。
「はい! ポン、ごめんなさい」
ポンはくすくす笑っています。
「うん、そうだね。嫌がらずにやってくれると助かるな。じゃ、やろうか」
「はい!」
そう言って、ピノはまたポンに習いながら、その部品作りに励みました。
10個の部品を作ると、またポンが確認をします。
「この9個は良いけど、これはダメだね。どこがダメだかわかる?」
同じように作業をしたつもりでも、ひとつはダメだと言われてピノは少し気が抜けました。
「ええ~?」
そう言いながら、ダメと言われた部品を見てみますが、どこが悪いのかわかりません。
「ほら、ここね? ここがこの穴のところを引っ張りすぎていて、少しほつれているだろう」
「ああ、うん」
細かい作業をしているので、どうしても不具合が出てしまうのはポンもわかっていました。ピノもどうしてそうなるのか納得して頷きました。
そうしてなんとか10個を作ると、次の行程です。
「じゃあ、次は今作った穴に通したものを、こうやって引き寄せる……こうやって、こう」
「うん?」
「もう一度やるよ、こうやって、こう」
「うん」
ひとつひとつ、新しいことをポンが丁寧に教えてくれます。ピノも真剣に聞きました。
これはこの工場に来て、親方のところに弟子入りして2年目にして習う新しい仕事です。今までは、親方とポンのお手伝いのような雑用やお使いと、あとは羽根布を織る仕事ばかりでした。
ちょっとサボりんぼうで、いつも親方に「サボるんじゃねえぞ!」と怒られていましたが、こうやって新しい仕事を教えてもらうというのはとても嬉しいことです。ピノは張り切っていました。
だけど、ポンが教えてくれる新しい仕事は、どれも細かくてとても難しいことばかりでした。
ポンがいつでも、作業机に突っ伏すようにして真剣に仕事をしていた意味がわかりました。
「じゃ、やってごらん」
「うん……こうやって……うん?」
ピノが仕事に取り掛かると、ポンが覗き込みながら
「違う違う、そこじゃないよ……そうそう、そっち、そう、うーん?」
と教えてくれますが、あんまりにも細かいので、二人とも顔が近くてくっつきそうです。
「うーん、うーん」
「そうそう、左手で押さえて、指先だよ、指先で!」
「うーん、うーん」
「押さえたまま引き寄せて」
「ええ? あっ」
一度ではとても上手にはできません。
「もう一度やってみせるから、見ていて」
「うん」
二人は真剣に、何度も何度も練習をしました。
「おう、もう終わりにしろ」
外が暗くなってくると、親方が3階から叫びました。
「はあ~い」ポンが答えました。
「はいー……」
ピノの声は小さくて、親方には届いていないようでした。
「さ、ピノ、今日はここまでにしよう。明日またやってみようね」
「うん。ポン、ありがとう」
「お疲れ様」
そう言って、二人は片づけをして帰る準備をしました。
親方が上の部屋から下りてきて、二人に言いました。
「おう、お疲れさん。どうだ、ピノは少し覚えたか」
「ここの最初のところはできるようになりました。ね、ピノ」
ポンが言うと、ピノは疲れた顔で頷きました。すると親方がピノに言いました。
「良いか、職人の仕事ってえのは、一に修行、二に修行だ。就いた仕事が天職だと思って心を込めて日々己を磨く。この心構えで修業に……」
「親方、それ、毎日聞いています」
ピノが口を挟むと、親方はピノの頭をはたきました。
「邪魔すんじゃねえ。いや、わかった。だけどな、ポンがここに弟子入りしたときは、俺が教えたんだ。もっとずっと厳しかったんだぞ。お前さん、これっくらいで疲れたとか面倒くさいとか言うんじゃねえぞ」
「は、はい!」
ピノは疲れきった顔をピシっと直して、真面目な顔をしました。
確かに仕事は少し難しくなりはしたけれど、ポンの教え方は優しいのです。嫌だとは言えません。親方に叱られながらビシビシ教えられたら、ピノは逃げ出していたかもしれません。
「さ、じゃあ、帰るぞ」
親方が言うと、二人は「はーい」と返事をして、工場を出ました。
外はすっかり秋の空気で、こうして日が暮れてくると少し頬がひんやりとしました。暑かった夏の名残もありません。
「はあ~、外は気持ちが良いね」
ピノが言うと、親方とポンが笑いました。
「お前さん、あんなに疲れた顔をしていたくせに、外に出たら元気になるとはなあ」
「えへへ、すみません」
「あれ、親方、鍵ですか?」
ポンが気づいて聞きました。今まで工場の扉に鍵などかけていたことはないからです。
「ああ、一応な」
親方はそう言って鍵をカチリと閉めました。そうして3人はそれぞれ家に帰って行きました。