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君への手紙 ~LOCAL.STORY~

岐阜に生まれた君に

作者: まさかす

 私は岐阜県で「美濃タウロス」というスナックを経営している。そこでは連日連夜に渡って有志が集まり、「美濃りの会」と称する会議をしている。


 会議の内容は岐阜県の未来についてである。我らが岐阜は「日本の中心」と呼ばれてはいるが、それは誰がどう見ても東京である。我々は文字通り日本の中心になりたかった。とはいえ東京を追い越せるとは思えない。大阪ですら追い越せるとは思えない。


 岐阜と言う県名を漢字で書けない日本人が多数いるというのも、よく耳にする話である。岐阜が日本地図上の何処にあるのか分からない人もいると聞く。憤りを感じると共に不甲斐無さを嘆く。同じ海無し県であり、何がある訳でも無い埼玉県と比べても圧倒的に知名度が低い。埼玉は東京の上にあるから知っているに過ぎないだろうに。


 岐阜と言えば合掌造りでお馴染みの、白川郷や下呂(げろ)温泉を筆頭に色々な物がある。何をしているのかさっぱり分からないが、科学の世界では凄いらしい「スーパーカミオカンデ」という施設があり、見た事は無いが長良川での鵜飼もあり、食べた事は無いが飛騨牛もあり、何がある訳でも無い「関ヶ原の戦い」の跡がある。織田信長の最初の嫁である濃姫のお父さん、斎藤道三だって岐阜だ。


 地名や駅名の頭にやたらと「美濃」が付く事には、何となく違和感が無い訳では無い。私のスナックの店名にも美濃が付いているし。ひょっとしたら我々岐阜県民は「岐阜」よりも「美濃」という地名に憧れているのだろうか。とはいえ「美濃県」じゃあゴロが悪いしな。しかしこれだけ色々ある岐阜がフィーチャーされないのは何故だろうかと、今後どうしていくべきかと話し合っている。


 とはいえ答えは出ない。連日の会議終了近くになると、「政治経済は東京に譲ろう。正直東京に敵う気は微塵もしない」という結論で締めくくられる。そんな連日の会議が続く中、1人のメンバーの一言が我々に一瞬だけ希望を持たせた。


「実際の首都で無くとも、象徴的な首都になれないだろうか? 日本の中心と呼ばれているのだから、せめて象徴首都として君臨できないか」


 その意味はよく分からなかったが、皆がその発言に沸き立った。が、沸き立ったのも束の間、よくよく話を聞くと岐阜は「日本の中心」ではなく、「日本の重心」という事だった。何でも日本に住む人の体重が皆同じという仮定の元で、日本をやじろべいのようにした時に重心がとれる場所が岐阜であるという事だった。故に、人が引っ越す事により重心点は移動すると言う事で、東に人が集中すれば自ずと重心は東へと移動する。大量に引っ越せば岐阜県が重心ですら無くなる。そんな物に何の意味があるのやら……。


 様々な理由を付けての日本の中心を謳う都市は幾つかあるが、我々岐阜もその1つであるという事だった。日本の地理的な中心で言えば長野県であるという。それも「ゼロポイント」とかいう格好良い呼び名まであるらしい……。


 ああ、我らが岐阜県。この日本に於いてトップに立てる日は来るのだろうか。





 そんな内容の手紙を見つけた。書いたのは私の曽祖父。この話に尽力した我々の偉大なる祖先である。まあ、祖先と言う程昔では無いが。


 個人が営む小さなスナックから始まった岐阜の未来を考える活動は、やがて県全体へと広がってはいったが、何らの切っ掛けも無いままに時だけが過ぎて行った。


 だがそこに思わぬ所から光明が指した。東京の過密問題である。


 限られた土地をめぐって高い建物を建てては、多くの人が流れ込み詰め込んで行く。その過密さが限度を超えたが為に、人々は疲弊しきっていた。交通インフラは麻痺する程に人が溢れ、その都度芸術的な程の過密ダイヤを修正しながら対応していくが、ようやく生まれた少しの余裕につけ込むようにして、更に人や家が増えていき、過密さは留まる事を知らなかった。当然それは人や家だけでは無かった。地上は勿論の事、地下の開発をし過ぎた為に、東京23区を中心に危険地帯と言われるようになってしまい、首都移転を考えざるをえなくなった。そして内閣府では何処が次代の首都に適するかと連日会議がなされていた。


 当初の候補は神奈川県の横浜周辺であったが、その辺りも開発し過ぎて危険地域と看做されていた。そして東京も横浜も駄目ならという事で挙がった次の候補は大阪、宮城、愛知。

 

「大阪って東京を目の敵にしている所があるからなあ。今でも徳川が江戸に首都移転したのを根に持ってるんでしょ? まあ、首都移転には関係ないけどさ」


「宮城って事は仙台でしょ? 仙台もでかい都市だろうし牛タンは好きだけど、結局は仙台駅周辺だけって感じで微妙じゃね? まあ、首都移転には関係ないけどさ」


「愛知って事は名古屋でしょ? 名古屋って名古屋駅以外に何があるの? 味噌煮込みや手羽先は嫌いじゃないけどさあ、何か微妙じゃね? まあ、首都移転には関係ないけどさ」


 その次に挙がったのが福岡、そして北海道は札幌。


「福岡も札幌も遠すぎね? まあ、首都移転には関係ないけどさ」


 結局7大都市全てが首都には適さないと判断された。次に上がったのが以前から存在する首都移転候補地である栃木県の那須、茨城、そして畿央(きおう)地域。


「那須かあ。御用邸もあるし、土地もありそうだから一見良さそうに思えるけど……何か微妙だな。まあ、首都移転には関係ないけどさ」


「茨城ねぇ。悪くは無いけど茨城ってのがそもそも微妙だな……。まあ、首都移転には関係ないけどさ」


「畿央かあ。確かに京都奈良に近くてそれっぽい気もするけど……な~んか微妙だな。まあ、首都移転には関係ないけどさ」


 その会議の最中、終始俯き、ジっと黙っていた1人の男が口を開いた。


「岐阜」


 その声は聞きとりずらい程に小さかった。


「ん? 何か言ったか?」


 男はゆっくりと顔を上げた。


「岐阜なんてどうだろう」


 周囲の官僚は口を半開きに、唖然とした表情で以ってその男を見つめた。


「いやいや、岐阜ってなんだよ」

「日本の人口の重心点だよ。皆の体重が同じと仮定してのだけどね」


 男は軽い笑みを浮かべつつ、優しい口調で以って丁寧に答えた。


「岐阜ってどこだっけ? 山陽だっけ? 山陰だっけ?」

「愛知の上だよ。中部地方や東海地方ってよく言われるね。元々が美濃の国と飛騨の国という2つが合わさって出来た場所だからね。中部と東海に跨っているとも言えるね。愛知を東京と見立てれば、岐阜は埼玉と見立てる事も出来るかな」


「県庁所在地って何処? 大垣? つうかそれ以外に地名知らないな」

「県庁所在地は岐阜市だね。政令指定都市では無いけど中核市だよ」


「ぎふって何がある所だっけ?」

「白川郷や下呂温泉が有名だね。長良川もあるし、飛騨高山とか飛騨牛とかね。関ヶ原も岐阜だし、斎藤道三は岐阜だよ」


「ぎふってどんな字だっけ?」

「『山』辺に『支』えるで『岐』。『阜』は埠頭の埠の字の『土』辺無しバージョンだね。岐阜って命名したのは織田信長だと言われてるよ。それに元々岐阜には首都構想があるんだよ」


「あったか? そんなの?」

「愛知県を無くして『中京都』ってのを作るって話だよ」


「それって名古屋って事だろ? なら名古屋で良いじゃねーかよ」

「いや、名古屋だけじゃなくて、岐阜も参画しての『新首都構想』ってのがあるんだよ」


「尚更岐阜なんて要らなくね? 名古屋さえあれば良くね?」

「といっても、それは構想で終わっている段階だけどね」


「ならお前は愛知が良いと言うのか?」

「いや、愛知でなくて岐阜が良いと思う」


 饒舌に説明するその男の正体は、岐阜県の秘密工作員だった。岐阜県からの出向として内閣府に入り込んでいた。男は「7大都市を差し置いて岐阜を押せば怪しまれる」とずっと機会を伺っていた。そしてあたかも今思いついたかのようにして岐阜を押し始めた。


「いや、君が岐阜を押す理由が分からないんだが……」

「やはり首都は海から離した方がいいでしょう。かといって山の中でも良くないでしょう。とはいえ少なくとも海無し県である必要があると思います」


「まあ、一理ある気もするとは思うけど……それでも首都を岐阜にする説明にはなっていないな」


「中部空港だってそれほど遠くない」

「近くも無い気がするが。それにそれを押すなら尚更名古屋だろ?」


「新幹線だって通っている」

「通っていても岐阜にのぞみは停まらないだろ? 私には君が名古屋を押してるようにしか聞こえないんだけど……」


「琵琶湖にだって近い」

「それ滋賀だろ……。つうか琵琶湖と首都は関係あるのか?」


「確かにそうかもしれないね。でも考えてごらんよ。岐阜が首都になれば、その近くには白川郷があるって事になるんだよ?」


「……益々首都関係なくね?」

「疲れた時には白川郷の景色を見て、下呂温泉にいってさ」


「関係無いのは置いておくとしても、そう言う事なら他の場所でもよくね?」


「白川郷は岐阜にしかないよ?」


「な、なるほど……。世界遺産だもんな……」


 心理学を専攻していたその男は言葉巧みに次々と、岐阜を印象付ける言葉を並べて行く。それが功を奏し、周囲の官僚達が催眠術に掛かったかのようにして「岐阜しかない」と思い込み始めると、男は先頭に立って岐阜を次代の首都にする法案作りに着手し、各種委員会へも言葉巧みに根回しをして通過させ、ついに本国会へと回ると見事に賛成多数での採決を得た。


 採決を得た後の男の動きは電光石火とも言える物だった。男は各省庁への根回しといった全てのやりとりを自分一人で担うが如く動き回り、あっという間に岐阜に各省庁を建設させ、新国会議事堂まで建設した。それは誰にも疑問の余地を与える隙を与えないという、いってみれば執念に近い物だった。


 20XX年。そうして岐阜への遷都が果たされた。その中心は大垣市の大垣駅周辺におかれ、その地区は新霞ヶ関と呼ばれている。そこには当然オフィスビルやマンションといった建物が数多く存在していたが、そこに住まう岐阜県民は「岐阜が首都になるなら」と皆が快く明け渡した。そして今では未来都市と言えるほどに様変わりしている。それまで岐阜県内の新幹線駅はのぞみが停まらない岐阜羽島駅だけであったが、ルートを変更して大垣駅に通し、駅名も大垣改め「岐阜」という駅名になると共に、のぞみが停まる事になった。


 遷都を実現するにあたっての発端ともいえる活動を行っていたスナック「美濃タウロス」は記念館として保存されている。そして今や岐阜に住まう者達のバイブルとなっている「美濃遷都物語(ミノセントストーリー)」には、そのスナックで行われていた「美濃り会議」が詳細に渡って記されている。そして今回の立役者である秘密工作員の男は、その「美濃り会議」のメンバーの孫であり私の父である。


 経緯はどうあれ人口重心での曖昧な中心点という称号を棄て、岐阜は文字通り日本の中心となった。世界地図からは「TOKYO」と言う文字が消え、新たに「GIFU」と書かれるようになった。旧県民はそれを天からの贈り物だと言った。


 そう、我々の住む街の名は――岐阜都(ギフト)――。

最期のオチの1行に来るまで長すぎだっただろうか……。


2020年 04月29日 2版ちょっと改稿

2019年 12月15日 初版

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