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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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サナギから蝶へ

 あきらはもちろん、なぎもどう声をかけたらいいのか分からずにいる。


「大事な本だけでも、持ち出せればよかったけど」


 しばらくしてから、パーチェはぽつりとつぶやいた。


「無理だったのよね。足音を聞いてすぐ、隠し戸棚に潜ったから」

「それで良かったんだよ。見つかってたら、どんな目にあってたか分からない」


 晶がはげますと、パーチェがこちらを凝視してくる。異性にまじまじ見つめられて、晶は口ごもった。


「えと……」

「ありがと。二人ともだけど、特に晶」


 晶は、思考が混乱してきた。


「ほとんど凪のおかげだよ?」

「そういう意味じゃなくて。晶、言ってたでしょう。研究者が死なない限り、終わりじゃないって」


 パーチェはそう言って、晶の手を取った。


「それを聞いてなかったら、私はもっと本や機材に執着して──奴らに殺されてた」


 男たちが部屋に踏み込んできたのは、パーチェが隠れたほんの数秒後だという。まさに、とっさの判断が生死を分けたのだ。


「資料はなくなっても、諦めないわ。約束よ」


 パーチェの手に熱がこもる。晶もその意気に応じ、握手を返した。


「さ、行きましょ」

「山を降りて、インヴェルノ卿に保護を求めるぞ。絶対に、あの現実主義者の差し金じゃないからな」

「……じゃあ、誰なの?」

「見当はつくが、今は聞かない方がいいぞ」


 凪が怖い顔になっている。晶は黙って彼の案に同意し、一行は山の下へ向かい始めた。


「くぴー」


 すると、蜥蜴とかげの子供が晶の服の裾をしきりに引っ張る。


「どうしたの?」


 晶がいくらなだめても、蜥蜴たちは動こうとしない。その間にも、強風が体を容赦なく冷やしていく。冬と言えるほど寒くないが、このままでは風邪をひきそうだ。


「待てよ……刺客に火、そして雨がなく、風が強い天候……」


 凪がぶつぶつとつぶやき始めた。晶とパーチェは、訳が分からずそろって首をひねる。


「まずい。早く蜥蜴に乗れっ」


 凪がせき立てる。説明もないまま、晶たちは巨体をよじ昇った。凪は小脇に子蜥蜴まで抱えている。


 晶たちはちょうど、蜥蜴の二枚の背びれに挟まるようにして座った。晶はヒレの間から、後方を覗く。


 すると、そこに恐ろしいものを見た。赤い炎と、それにあぶられて黒く焦げた人間だ。


 あれは、誰。そして、何故炎が外にまで広がっているのか。


「登れっ!」


 凪の怒号が飛ぶ。蜥蜴たちが、全力で走り出した。


 風がうなる。まるでそれを食べているかのように、炎はいっそう勢いを増した。


「あいつら、まさか外にまで放火してたなんて」


 気づけなかった自分が情けなくて、晶は白くなるまで拳を握った。


「いや、意図してやったことじゃない。計画済みなら、火にまかれて死んでる奴がいるのはおかしい」

「あ」

「恐らく、原因は風による飛び火だ。俺がパーチェの屋敷の窓を割ってたから、そこから火の粉が漏れたんだろう」


 火の始末をきちんとしていなかったり、山火事の際に強い風が吹くと、残っていた火の粉がそれによって運ばれる。そして落下地点に水気がないと、そのまま広がっていく。ゆえに、遠く離れた場所がいきなり炎上することもあると凪は言った。


「外にいた奴らは、それに巻き込まれたんだ」

「逃げられなかったの?」

「山火事の炎の速度は、毎分数百メートルを超えることもあるからな。人間の足じゃ無理だ」


 凪の言う通り、火はますます勢いを増して迫ってくる。晶は何度も生唾をのみ、後ろを見ないようにした。


 凪は正反対に、腹ばいになって前へ進む。


「何するの?」

「進む方向を決めなきゃな。今のところ、蜥蜴は自己判断で走ってるが袋小路に入ったら終わりだ」

「ぞっとすること言うね」

「言っとくが脅しじゃないぞ。夜で、このスピードだ。俺だって完璧なナビができるか分からん」


 凪の口調には、いつもの軽さがみじんもない。本当に死ぬかもしれないと思うと、何故か晶は笑えてきた

「ちょっと、やめてよ」


 パーチェが晶の肩を揺する。


「あ、ああ」


 自分より小さな女子に諭されると、ようやく落ち着いた。パーチェはそれが済むと、凪ににじり寄る。


「なんだ、クソガキ」

「ものすごく言い返したい気分だけど、やめとくわ。代わりに、役に立ってあげる」


 パーチェの声に、力がこもっている。


「ほお。大口たたいたからには、やってみせろよ」

「当たり前よ。()()()()()()()()()ところを見せてあげるわ」


 パーチェがそう言うと同時に、彼女の長髪が舞い上がる。そして縄のように、体に巻き付いた。


 髪は増え続け、パーチェの体が完全に見えなくなる。その繭が、突然内部からはじけた。


 晶はとっさに、視線を下に向ける。再び顔を上げた時には、パーチェの姿はどこにもなかった。


「どこ見てるの。ここよ」


 上からパーチェの声がして、晶は目を丸くした。しかしそこに彼女の姿はなく、大きなピンク色の蝶が舞っている。


「き、吸血鬼の仲間?」

「夢魔よ。人外だったのは母だけだけど、それでも吸血鬼と違って日光には弱いの」


 晶たちの世界では吸血鬼が日光に弱いと決まっているのだが、こちらでは違うようだ。


「細かい話は後よ。夜の闇なら、私にはよく見える。上から、通れる道を探すわ」


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