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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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絶体絶命の盤面

「オーロの病を治せると申したな」

「間違いございません」

「しかしその方法は明かせぬと」

「はい。我が家に伝わる秘法故、卿にもお伝えしておりません」


 パーチェはしゃあしゃあと嘘を言った。王も、その欺瞞には気付いている。


「……卿よ。それは誠か」

「ええ、口の固いお嬢さんでして」


 男たちの間で、目に見えない火花が散った。


「それで信じよとは、都合のいい話だ」

「恐れながら、王妃様は万策尽きて呪術師にまでご依頼されているとか。それよりは確実な効果をお約束できます」


 王の顔が、一瞬ぐっと歪んだ。尾を踏まれた獅子の面構えに、あきらは不穏なものを感じ取る。


「……そうそう。呪術師と言えばな。面白い者どもを捕らえたぞ」


 なぎの目がつり上がる。


「特別な術を使う一行らしい。治療の続きをと王妃がせがむので、そいつらを見つけて締め上げたが……何のことはない。彼らは首領に命じられただけで、大事なことは何も知らなかった」

「よくある話ですな」


 とぼけたインヴェルノ卿の方に、王が顔を向ける。


「しかし、面白いことが分かったぞ。彼らは賭場に入り浸っていたという」

「ほう、それはけしからん」


 流石に古狸の卿は、動揺をあらわにすることはなかった。しかし、晶の背筋が冷える。


「このご時世に、禁じられた賭場を経営し、しかも酒まで出していたとは呆れた民だ。黙認していた近所の者も同罪、まとめて撫で切りにしようかと思っている」

「それはあまりに苛烈な刑では?」


 反論した卿に、王は冷酷な視線を投げかける。


「……済まぬ。王太子のことで気が立っていてな。この問題が解決すれば、もう少し心穏やかにもなれようが」


 王は今や、完全に仮面を脱ぎ捨てて脅しに出ていた。治療法を明かさなければ、賭場の人間に手を出すと言っているのだ。


 沈黙が流れる。次の一言が運命を分けると分かっているため、卿もうかつに口を出せない。


 永遠にも思える数秒が流れた後、パーチェが顔を上げた。


「わかりました。まとめた資料を持ってきたいのですが、控えの間に戻らせていただけますか」

「……よかろう。ただし、卿はここに残れ」


 二人で逃亡は許さない、と暗に告げている。パーチェは真っ青になったまま、御前を辞した。


「晶、行くぞ」

「わかった」


 凪に続いて、晶は魔方陣をくぐった。意外にも、パーチェの屋敷の前に出る。凪は窓を壊して中に入り、資料を抱えて戻ってきた。


 再び現代に戻り、地図を見る。パーチェは控えの間に戻っていたが、うろうろと熊のように歩き回っていた。アテもないのに、時間稼ぎで言い出したことだから当たり前だが。


「パーチェ」

「……!!」


 晶たちが収納扉から姿を見せると、彼女は声が出ないくらい驚いていた。


「叫ばないで。外の見張りに聞こえる」

「頼むから、なんでここにいるかなんて聞くなよ。時間がねえ」


 凪は資料をパーチェに渡した。


「急いで持ってきた。これを王に渡せ。じゃないと、食い詰めて仕方無く賭場をやってる善人が何十人も殺される」

「……わかった。でも、それじゃ王に対する切り札がなくなるわ」


 パーチェは悔しそうに拳を握った。


「せめて、何か隠さないと……」

「そうだよ。凪、適当に話を作って」


 晶とパーチェが頼んだが、何故か凪は首を横に振った。


「いや。この内容をそのまま話せ。それで大丈夫だ」

「なんで……」

「おい、いつまでかかってる。本当にあるんだろうな」


 外の兵が疑い始めた。晶たちは再び、扉の中に入る。


「言われた通りにしろ」

「せめて理由くらい言ってよ!」

「無理だ。お前にとっちゃキツいだろうが、今だけでも俺を信じろ」


 パーチェが息をのんだ。すがるように、晶を見てくる。


「……僕からもお願いする。凪の言う通りにして」


 晶はようやくそれだけ言って、扉を閉めた。



☆☆☆



 現実世界に戻った晶たちは、息をつめてことの成り行きを見守った。


「資料は読んだ。ここにいる御殿医たちにも、すでに回覧させてある」

「お気遣い、痛み入ります」

「私の所見を述べても良いのだが、ここは専門家に譲ろう。フレッド、前へ」

「かしこまりました」


 男たちの中でも、最年長の者が言われるままに歩み出た。年はとっていても、背中に針金でも入っているかのように姿勢がよく立ち振る舞いに隙がない。


「読ませていただきました。私、三十年は医学に携わっておりますが、こんなに吐き気がした書物は久しぶりです」


 フレッドは、今にも資料を床にまきそうな勢いで怒っている。パーチェが息をのんだ。


「生きた動物の腹を切り裂き、その中をかき回す。それだけでもおぞましいというのに、さらに臓物を煮出したなどと!」


 フレッドは、そこまですることないだろうと言いたくなるほどのオーバーリアクションで体をよじる。晶は思わず笑ってしまったが、王の背後に控える男たちはフレッドと同じように顔を歪ませていた。


「あまりにも認められぬ博士は、気が狂ったのだろう」

「そんな汚らわしいものを、王太子様になど」

「普通の人間に、こんな所行ができるわけがない。あれは、本当の治療法を知らせまいとする偽書です」

「この場で首をはねるべきです。そしてインヴェルノ卿にも、何らかの処罰が必要でしょう」


 まるで信じられていない。晶はその事実に驚いた。


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