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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
90/110

君と同じ立場

「目がやられる」


 横から覗いたあきらにも、その意味が分かった。貴重な紙を節約しているのだろう、蟻のような細かい文字がびっちり書き込まれている。


「文字の小ささもそうだけど、専門知識がないと読めないわよ?」

なぎは医学の知識もあるよ」

「ナギのくせに生意気な」


 どこかのガキ大将のような台詞を吐くパーチェに構わず、凪はノートを読みふけっていた。


 晶は一階部分の設備に注目した。中央に平たい台があり、乳鉢や秤がのっている。おそらく、ここがメインの作業場だろう。


 左手には、炭らしきものがつっこまれた竈が二口ある。その上には蓋付きの薬壺が載せてあり、覗いてみると臓物の破片が入っていた。


(うわ)


 慌てて顔をそらしたところを、ノートを持ってきたパーチェに見られていた。


「心配しなくても、人間のじゃないわよ」

「……これは、何に使うの?」

「分からないわ。まだパパの理論を全部理解できなくて、同じようにしてるだけなの」


 パーチェは白い指で額を押さえながら、長いすに腰かける。


「座りなさい」

「凪は?」

「放っときなさい、あんな奴」


 パーチェの隣に座ると、自然と肩や足の一部がくっつく。温かいのとくすぐったいので、晶は困ってしまった。


「ね、ねえもうちょっと離れて」

「なんでよ」

「明り、つけるから」

「私は明るいと見えないのよ」


 女の子って分からない。晶は抵抗を放棄した。


「パパは元々、医者だった。パパのパパ──おじいさまの方が有名だったんだけどね」


 パーチェの祖父は、時に貴族の診療も行っていたという。


「その時、おじいさまは気付いた。贅沢三昧のはずの貴族たちが、同じ病気にかかっていると」


 はじめは口が渇いて、水をたくさん飲むだけだ。しかし時が経つにつれ、症状が変わっていく。


「目が見えなくなる。温度の違いが分からなくなる。足が腐り、尿が出なくなり、顔が灰色になる。そして、突然意識をなくして死亡する」


 はじめは感染症を疑っていたが、使用人や子供が発症しないことから除外された。


「貴族たちは本気で、その奇病を恐れたわ。おじいさまも尽力したけど、治療は不可能だった。手足を切断してみても、寿命は縮むだけだったし」


 唯一の対処法は、食事の量を減らし痩せること。何故か痩せた貴族には、奇病が流行らなかったのだ。


「命には代えられない、ということでみんな節制してね。とりあえず騒ぎは収まったんだけど」


 父親からその話を聞いたサリーレ博士は、その原因をつきとめたいと思ったのだそうだ。


「父は死人をこっそり解剖して、人体の構造についてはよく知っていた。事故や怪我で死んだ人間と、病気で死んだ人間では臓器の状態が異なることもつきとめていたのよ。だから、内臓のどこかが奇病の原因ではと思っていたみたい」

「でも、相手は貴族だしねえ……」


 いきなり切り刻んだら、医者の方が先にあの世へ行ってしまう。


「パパはまず、動物を解剖してみることにしたの。どの内臓が原因なのか、そこから探ってみることにしたのよ」


 父のことを話すとき、パーチェはとても嬉しそうに胸を張る。突っ張っているよりも、そちらの方がずっとかわいらしかった。


「でも、どうやって確かめるの?」

「動物の個体をいくつか集めて、それぞれの体から臓器を一つだけ取るの」

「ああ、そうか。それで貴族たちと同じ症状を示す奴を残せばいいんだもんね」


 博士は実験を重ね、ついに人間と似た症状を示すサンプルを見つけた。


「それがこれよ」


 パーチェはノートを広げ、そこに書いてあったスケッチを見せてくれた。


 奇妙な芋虫のような臓器が、そこに描かれている。頭がくるりと丸まり、尾のような後部は他の臓器と接触していた。人体模型は見ているはずなのに、どんな臓器なのか晶には当たりもつかない。


「これを取った動物は、肉や魚の消化ができなくなる。と同時に、人間と同じように痩せ、体が腐って死んでいく。そこまでは、分かったのよ」


 つまり、貴族たちを苦しめている病気もここが原因である可能性があるのだ。


「臓器の分泌物が取れれば、奇病の治療は確実に進む──そう思ってた時期もあったんだけどね。結果は全滅よ」


 パーチェは悔しそうに、背もたれに体を預けながら言った。


「どうしてダメだったの?」

「ほら、さっき言ったでしょ? その臓器を除くと、消化ができなくなるって」


 晶はうなずく。


「あの臓器が消化液を出してるから、有効な成分も分解されちゃうの。何回抽出作業をしても、結果は同じだったわ」


 これには流石のサリーレ博士も匙を投げ、実験は中止となった。


「再開はしなかったの?」

「パパが殺されたからそのままよ」


 暗い声でパーチェが言った。


「あの人にお金がなさそうなことくらい、見れば分かるでしょう。馬鹿な夜盗もいたもんだわ」


 晶は黙って、パーチェの気持ちが落ち着くのを待った。下手な同情の言葉など欲しくないことは、身に染みて知っている。


 パーチェはやがて、顔を起こす。そして晶の横顔を見ながら言った。


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