廃墟訪問
「誰も悪いなんて言ってないだろ、勝手に被害者ぶんな。悪いのは目じゃなくて耳と頭か?」
それに対して、凪が皮肉をぶつける。彼は生意気な子供が嫌いなのだ。自分と似ているからだろうか。
「な、何ですって!?」
「二人とも落ち着いて。僕たちはサリーレ博士と話をしたくて来たんだけど……」
「パパに? どうせ馬鹿にしに来たんでしょ?」
「違うよ。真面目な話。お願いします、博士に会わせて」
晶が食い下がると、少女はわずかに身じろぎした。
「……それで、どうするの」
「今、死にかかってる子供がいる。その子を助けるのに、博士の理論が役立つかもしれない」
「そう。パパはとっくに死んだわよ。残念だったわね」
少女は無愛想な表情に戻った。
「その子供って、王太子でしょ」
図星をつかれて、晶はとっさに嘘がつけなかった。
「そうじゃなきゃ、こんな田舎まで人が来るわけないもんね」
「よく分かったな、引きこもりのくせに」
凪がまた混ぜ返す。どうもこの二人、決定的に合わないようだ。
「あれだけ見境なく医者を集めてれば、誰にだって分かるわよ。下の村の先生まで呼び出されたんだから」
「そうか……」
「誰にも治せなかったみたいだけどね。いい気味」
少女はせせら笑う。薄情だと思うが、サリーレ博士に王がしたことを考えると彼女を責めるわけにもいかない。
(それでも、研究内容は見たいな……)
晶は思考を切り替え、少女に向き直った。
「僕は晶」
「アキラ?」
「うーん、結晶って感じかな。父さんは研究者だったから」
それを聞いて、少女がわずかに口元を緩めた。
「私は……パーチェ。パーチェ・ザッフィーロよ。そっちのデカいのは、名乗りもしないのね」
「あれは凪だよ。静かな海って意味の名前」
「あら、名付け親はどこを見てたのかしら」
パーチェに言われて、凪は顔を伏せた。彼にしては珍しく、ダメージを受けている。
「ふふん」
少女がいい気分になったタイミングで、晶は勝負に出た。
「実験の内容だけでも見せてもらえない?」
「信用できないわ。王に言う気でしょ」
「違う。それを材料に王と取引しようと思ってる。インヴェルノ卿に間に入ってもらってね」
晶は、温めてきた計画を口にした。うまくいくかは分からないが、ここでパーチェを説得しなければならないのだ。
「インヴェルノ卿?」
「今まであったことを説明するよ」
流石にそこまでは知らないのだろう。身を乗り出すパーチェに、晶は今までの流れを説明してやった。
ぽたっと雨が落ちてくる。それをきっかけに、晶は話をやめた。
「へえ……そんなくだらない理由で、パパは国を追われたのね」
パーチェはまだ鉱石眼鏡をつけたままだ。それでも、彼女の目に怒りの炎が灯ったのが分かった。
「いいわ。あの王に痛い目みせてやる」
やる気に満ちた口調で、パーチェが言い放つ。ピンクの髪が、彼女のたてがみのようにばさっと動いた。
「そうと決まったら、家に帰るわ。ついてらっしゃい」
「うるせえな。あの蜥蜴共はどうするんだよ」
「蜥蜴? ああ、カッペロたちのこと。あはは、見てなさい」
パーチェはそう言うと、さっさと岩陰から飛び出した。
「縄張りに入ってごめんね。通してね」
彼女が近づいても、蜥蜴たちは面倒くさそうに草をはんでいるだけだ。
「そ、草食なの?」
「その割にえらい勢いで追いかけてきたぞ……」
まるで休日の動物園のような光景に、晶と凪は呆れるばかりだ。
「ほら、来なさい。話しもせずに通ろうとしたら、怒るのは当たり前でしょ」
「人の言葉が分かるの? 蜥蜴なのに?」
「この子たち、知能が高いのよ。それに、来た時も悪かったわね」
パーチェはそう言って、蜥蜴のヒレを差す。
「体が冷えると動けなくなるから、あそこで日光を取り入れるの。その邪魔をすると、ものすごく怒るわ」
「そういうことか……」
晶はようやく納得し、急いでパーチェの後を追った。
☆☆☆
屋敷はぐるりと高い崖に囲まれた、窪地にあった。外敵を警戒するような配置である。しかし黒い屋根に赤煉瓦の壁、窓枠は白。おしゃれなデザインで、きちんと手入れさえすれば、広い庭と大きな池が映える、上品な屋敷であっただろう。
だが、庭は雑草の見本市のよう。池は完全に淀んで水が腐り、全く底が見えなかった。おまけに窓に明りがないものだから、余計に辛気くさく見える。
「入って」
「お、お邪魔します」
お化けでも出そうな雰囲気だが、家主を前にしてそんなことは言えない。晶は第一歩を踏み出した。
中に入ると、特定の部屋以外には埃が積もっている。パーチェ一人では、なかなか掃除もできないのだろう。正面の扉につながる廊下だけが、きちんと掃き清められていて白い花が飾ってあった。
「さ、入って。ここが研究室よ」
晶は大扉の中に入った瞬間、息をのんだ。
(すごい!)
まず驚いたのは、部屋の天井の高さである。三階までぶち抜きにしてあるため、照明が暗くても息苦しさを感じない。
そして部屋の壁のあちこちに、動物の標本がぶら下がっている。全部で数十体はあろうかという骨たちは、無言で訪問者を見下ろしていた。
「全部同じ動物だな」
標本を見て、凪がつぶやく。確かに、骨たちは同じ形だった。
「実験動物か……わざわざ残しとくあたりが、ロマンチストだな」
凪はそう言いながら、階段を登っていく。部屋の壁面は全て本棚になっており、書き付けや本がつっこまれている。
「あ、ノートだ」
晶が気付くと、すぐに凪が冊子を引っ張り出す。