表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
85/110

懐かしい顔

 オットーは群衆に手を振ってから、馬車へ戻る。あきらたちも車中の人となった。

 やっと市街地を抜け、静かな貴族街に入る。そこでオットーが口を開いた。


「ナギ殿、大体調べはついた。しかし俺たちはあくまで地方貴族、他国の王族となると情報も間違っているかもしれないぞ」


 晶は目をしばたいた。事情を説明して協力してもらおうと思っていたのに、オットーは全てを承知している様子だ。


「……お前な」


 なぎが弱っている。晶は彼の横腹をつついた。


「あの子は死ぬ、だっけ? 格好付けてたけど、全然諦めてなかったんだ」

「うるさい。子供を見殺しにするのは、俺だって気分が良くないわい」


 凪は外を向いてしまった。良いことをしているのだから、恥ずかしがらなくてもいいと思うのだが。


「なあ、晶。今も馬の訓練はしているか?」


 大人たちが小声で話し出す。暇なのか、レオがちょっかいをかけてきた。


「いえ、全然……」

「馬車にばかり乗っているのか。いざという時、山の一つも越えられなくてどうする」

「ごもっともですね……こっちでは……」


 現代日本で活用しようがないアドバイスだ。晶は目を泳がせながら、愛想笑いをするしかなかった。


「テンゲルに行っていたんだろう? あそこで習わなかったのか」


 横からオットーが余計なことを言う。凪からそこまで聞いているのか。


「あそこは手綱もなしなんですよ。僕程度の腕では、絶対に無理です」

「……厄介な隣人を持ったものだ。ルゼブルクを取ったものだから、完全に調子に乗っている」

「侵略者どもめ。こっちに来たら、タダじゃおかないからな」


 兄弟そろって、テンゲルへの怒りをあらわにする。普段温厚な彼らが様変わりするのを見て、晶は重苦しい気分になった。


(頭、ハワル様、ブテーフさん……どの人も、好きだったんだけどな)


 しかし長年領土を接してきたゴルディアからしてみれば、テンゲルは「鬱陶うっとうしい奴」以外の何物でもないだろう。晶は浮かんできた思いを、飲みこんだ。


「おや、着いたぞ。こちらばかり愚痴を言ってしまったな」


 執事が迎えに来る。彼が整えた部屋で、ようやく晶たちはエテルノについて聞くことができるようになった。


「先王の話はいいな? エテルノの今の状況だが──国内が二つに割れ始めている。困ったことに、陛下は近いうちに攻め入る気だ」

「なんで」

「内輪もめしている国は、取りやすい」

 

 なら、オットーさんはどうして困るのだろうと晶は思った。しかし、すでに答えが出ていることに気づく。


(テンゲルだ)


 エテルノがとりやすいからと安易に進軍すれば、テンゲルに背後をつかれる可能性がある。それをオットーは恐れているのだ。


「へえ……物騒なこった」


 凪が上等な茶をすすりながら、皮肉っぽくつぶやいた。


「なんで揉めてる。やっぱり王の政治が原因か?」

「ああ。現王は理想高く、仕事も真面目にこなしている。しかし娯楽を軽んじる傾向があってな。贅沢をいましめ、犯罪を減らすためといって酒と娼館を禁じてしまった」

「そのうち、道で遊んでいても叱られそうですね。兄上」


 レオが言った。彼も、兄にだけは丁寧語を使う。


「それじゃ、不満もたまるな」

「ナギ殿の言う通りだ。インヴェルノ卿は元々広い領地を持ち、密貿易でかなりの資産を持っていた。その財力を生かし、貴金属や美術品収集家としても名を成している。面白いはずがないだろうよ」

「味方は多いのか」

「あらゆるところにコネがあると聞く」

「……今の時点じゃ、王家が不利だな」

「ああ、かなりの者がすでに買収されているとみていい」

「手強い奴よねえ。うちで切り崩そうとしたけど、無理だったもの。ただ、実利最優先だから先読みがしやすいのは助かるけど」

「……ねえ。一つ質問いい?」


 蚊帳の外に置かれていた晶は、話の隙間にようやく割り込んだ。


「なんだい?」

「特に難しい話じゃないだろ」

「そうよ」

「いや、そうじゃなくて……なんで一人、増えてるの?」


 晶はその「増えてる」人物を指さす。


「わあっ」

「いつから」

「そしてどこから湧いて出たッ」

「人を虫みたいに言わないで。吸うわよ!」


 黒いヴェールをあげながら、緑髪の女が一同をにらむ。砂時計状の体型が強調された服を着た女傑は、悪びれた様子もなかった。


「クロエ、待てやめろ、ギャー!!」


 結局、凪が捕まった。南無。


 クロエは貴族かつ吸血鬼という、変わった御仁である。その特性を生かして政治工作に忙しい。


「ああ、すっきりした。遊びに来たのに誰もいなかったから、勝手に入ったわよ。コウモリの姿だと、楽ね」


 そう言うと、ぱっとクロエの姿が消えた。彼女がいたところに、握り拳大のコウモリがちんまり座っている。


 黒猫の例もあるので、晶は特に驚かなかった。ただしこちらは呪いではないので、クロエはすぐに元に戻る。


「なんでこの女を呼んだ、オットー……」


 屍蝋のような顔色の凪が、うめく。


「モンフォール家は王家とのつながりも深いもので」

「補足をしてあげてるのよ、感謝なさい。さて、今はインヴェルノ卿が有利って話だったけど」

「近く、内乱はありそうか?」

「それはどうかしらね。揉めたらゴルディアが入ってくるくらいは気付くでしょう。私はインヴェルノ卿は、短期で王宮を制圧できるまで待つと思うわ」

「気の長い話だな」

「そう先でもないわよ。王の息子、そろそろ死にそうだから。後継者のいない王族はひ弱だわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ