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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
82/110

甘い名前に騙されないで

 あきらの目の前で、萩井はぎいは細長い紙を広げた。そこには文字と数字がびっしり詰まっている。


「他にも不思議なことが山盛りなんだけどねえ。赤血球の形は違うし、リンパ球の数はおかしいし」


 萩井はぶつぶつつぶやく。似てはいるが、やはりこちらの人間と全く同じではないようだ。


「だが、まず見てほしいのは食後血糖値──410mg/dlとHbA1c──10.1%だ。間違いなく未治療の糖尿病、しかも末期だ」

「末期?」


 小難しい数字はほとんど分からなかったが、物騒な単語はわかった。


「ああ。親が育児放棄してるんじゃないか? もう少し進行すれば、心臓や脳がパンクするね」

「え、でもそんな……死ぬような病気じゃないですよね?」


 父の知人にも、糖尿病患者が何人かいた。彼らは薬や注射を面倒がりつつも、元気そうだったのに。


「馬鹿ね、糖尿は怖いのよ。うちの義父なんて、毎回診察でギリギリ絞られてるわ」


 初穂はつほがさらに続ける。


「糖尿病は、血管がやられるのよ。どういう仕組みかは、忘れちゃったけど」


 晶は目をしばたいた。萩井が初穂の後を継ぎ、話し始める。


「糖分は体に必須なんだが、ちゃんと作用するためには血液の中から体に取りこまれる必要がある。ずっと血中にいる糖は、血管を傷つける副作用があるんだ。そうなるには、いくつか原因があるが……」


 萩井は結果を見ながら、ため息をつく。


「若いなら、Ⅰ型だろうなあ。両親はどんな奴だ」

「……難しい人ですね」

「俺様気質?」

「王様ですね」


 名実共に、と晶は心の中で言い添える。


「しかし、いくら王様でも恐怖心はあるだろう。今度会ったら、聞いてみなさい。Ⅰ型糖尿病が発症し治療しなかった場合、どれくらい生きられると思う、と」


 萩井の目は、怖いくらいに真剣だ。おそるおそる、晶は彼女に聞いてみる。


「その場合、どのくらいなんですか」

()()


 信じられない結果に、晶は何度もまばたきをする。しかし、それは厳然たる事実だった。



☆☆☆



「……ちょっとあんた、何か言ってやりなさいよ」


 ラボから帰宅した晶は、激しく落ち込み無言だった。しかしなぎは何も言わず、データに目を走らせている。初穂が苦言を呈するほど、彼は淡々としていた。


「状況は分かった」


 力石りきいしが怖い顔で詰め寄ろうとした時、ようやく凪が動き出した。相変わらず、彼の顔に笑いはない。


「晶。聞きたいなら、あの子に起こったことを全て話してやる。先に断っておくが、救いようのない話だぞ」


 凪がわざわざ前置きしてきた。綺麗な顔がいつもより白く、化け物じみている。


(聞いたらもう、なかったことにはできない)


 晶は唾をのみ、うなずいた。黒猫もやって来て、晶の膝に乗る。


「まず、糖尿病について解説するか。ぼんやりとしか理解してない奴が多いからな。食事で取った糖が、血中から各臓器に入ってエネルギーになるのは分かると思う」


 一同はうなずいた。


千秋ちあきの言う通り、糖には血管障害性があるから通常は一定値以内に納まるようになっている。それがうまくいかずに通常より高くなっている状態を『糖尿病』という」


 そこで力石が、片眉をつり上げた。


「尿に糖が出たら、じゃねえのか?」


 凪は首を横に振る。


「典型的な勘違いだな。その症状が出るのは、かなり病気が進んでからだよ」

「そうなのか……」


 ショックを受けている力石を置いて、凪は先に進む。


「じゃあ、そのコントロールが何故上手くいかなくなるか、だが……それはインスリンというホルモンが、十分働かなくなるからだ」

「あ、ちょうどいいから質問」


 ここで初穂が手を上げた。


「そもそも、ホルモンって何? 言葉自体はよく聞くけどさ」


 確かに晶も、そこの認識があいまいだ。


「体の動きを調節する化学物質をまとめてホルモンという。体のあちこちで作られてて、全部説明すると面倒だから省く」

「要するに、その中の『インスリン』がおかしくなると、血糖コントロールができなくなるのね」

「そうだ。肝臓にも全身にも糖が回らなくなると、様々な症状が出てくるんだが……」


 凪はそこで、卓上の水差しをちらっと見た。


「これは全ての病気に言えることだが、初期で治療が開始できるのが一番いい。しかし、糖尿だとそれが珍しい」

「なんでだよ。初期でも症状あるんだろ? 自分の体なんだから分かるって」


 力石が口をすぼめる。凪がそれを半目で見た。


「まずトイレの回数が増える。小さい方な」

「おう」

「後、喉が渇く。水が欲しくなって、多めに飲む」

「そういうこともある。ラーメン食べた翌日とかな」

「そのうち、食べる量は変わってないのに体重が減ってくる」

「いいこともあるもんだ」

「──以上が、糖尿病の《《末期》》症状だ」

「ええっ」


 力石だけでなく、室内の人間全てが声をあげた。黒猫やカタリナまで驚いている。


「嘘つけ」

「ついてどうすんだ。こういう症状が出る頃には、すでに血糖値は通常の倍以上になってる。これが、糖尿の最大の怖さだよ」


 本当の初期で発見しようと思えば、血液検査をしないといけないのだと凪は言う。


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