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僕の薬庫は異世界に続く  作者: 刀綱一實
残酷な神の手
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魔法? 魔法?

「いや、王太子のお役に立てるのなら」

「あなたたちには感謝しています」


 小汚い男に向かって、品の良い奥方が頭を下げる。異様な光景だった。


「あら、そちらは?」


 王妃がこちらに気付いた。あきらは素顔だが、なぎは念のため顔の下を布で隠している。囚人だとばれませんように、と晶は願った。


「初めてお目にかかります。諸国を渡り歩いております、術士にございます」


 いつもより幾分低い声で、凪が言う。声も変えているのだ。


「あなた、名は?」

「ございません。全て消えてしまいまして」

「なんですって?」


 からかわれたと思ったのだろう、王妃の顔が険しくなる。他の呪術師たちの顔が、青ざめた。


「失礼。これは私の能力によるもの。あらゆる物を消す代償に、名を失ったのです。……もちろん、病であっても消すことができます」


 凪が自信たっぷりに言い放った。


「その能力の特殊さゆえに、旅暮らしをしております」

「本当かしら」

「お疑いなら、試しに何か消してみせましょう。そこの玩具をお借りしてもよろしいか」


 凪が棚の隅を指さす。オーロが使うのか、絵が大きく描かれたカードセットがそこに置かれていた。


「まあ、あんなもので?」


 口では否定しつつも、王妃は興味を示した。凪は彼女に断ってから、カードを取る。そしてその中から適当に五枚を選び、絵を表にして卓の上に置いた。


「さ、この中からひとつ好きな物をお選びください。ただし、どれに決めたかは口にしてはなりません」

「何故?」

「私には、あなたのお望みも分かるからですよ。魂の殻すら、私にとってはあってないようなもの」


 歯の浮くような台詞に説得力が出るのだから、美形というのはつくづく得だ。初穂が整形した理由が、少し分かる。


「お決めになりましたか」

「え、ええ」


 すると凪はカードをとりあげ、再び一つの山にした。それをまとめて持つ。


「では、頭の中でお選びになったカードのことを強く思い浮かべてください」


 王妃は素直に目を閉じ、思いをこめている。衛兵たちが、凪をじっと見つめているので晶は気が気でない。少しでも不審な動きをすれば斬る、と彼らの顔に書いてあった。


 だが、彼はカードを抜くどころか、ひとまとめにしてつかんだままだ。


(これで本当に、消えるの?)


 晶の手に汗がにじんできた時、凪が動いた。


「む、見えました。私がこの指を鳴らせば、哀れな紙片は消えます。よろしいですね?」


 王妃がうなずく。凪が指を鳴らし、カードを卓に置いた。


 机の紙束には、なんの変化もない。しかし凪は、目を細めて喜んだ。


「無事に消えました。お手にとってご覧下さい」


 衛兵が、先にカードを改めようとする。誰か分からない男が触ったものだからだ。しかし王妃はそれを制し、顔を上気させながらカードをめくった。


「……ないわ」


 王妃の口から、つぶやきがもれる。彼女の声は、徐々に大きくなっていった。


「不思議! 本当に、消えてしまった」


 王妃は卓の上に、カードを広げてみせる。


「子供が犬を連れている絵があったのに、ないわ。彼は手も触れなかったのに!」


 何かの間違いではないかと、衛兵たちもカードを改める。しかし、目当ての絵柄はなかった。


「小手調べです。お疑いなら、もっと大きな術も使えますよ?」


 凪はゆったり構えている。しかし王妃は立ち上がって叫んだ。


「いいえ、早くオーロを診てちょうだい。そしてあの子から、病気を消し去って!」

「御意」


 彼女に急かされて、凪たちは子供部屋へ向かった。


(あのカード……凪のことだから、トリックがあるんだろうけど)


 消したなんていうのは、全くの嘘だ。どうせすり取って、体のどこかに隠したに決まっている。


 しかし晶の目から見ても、おかしな動きはなかった。少なくとも十数人が注目している中で、彼はどうやってカードを消したのだろう。


(そもそも彼女は、何を選んだのかすら明かしていない。凪はどうやって、それを特定したんだろう……)


 晶の考えは、三秒後……柱に正面衝突するまで続いた。



☆☆☆



 淡い紫の壁に、白いタイルの床。上品にまとめられ、すっきりと片付いた部屋は大人のそれにも見える。部屋の棚に飾られた人形が、わずかに子供部屋の残滓を残していた。


 部屋の中央に据えられているのは、大きなベッド。銀刺繍の天蓋と細かい編みが入ったレースに覆われたそれは、目が吸い寄せられるほど豪華だった。しかしそれに寝ている主は、半ば亡骸と化していた。


 骨が見えるほどやせた体。頭はさほど縮まないため、ひどくバランスが悪く見える。彼のあげるうめき声は、晶が聞いてもいたたまれなくなるものだった。ごくまれにまばたきする時だけ、父親と同じ燃える瞳を見ることができた。


「さ、早く」


 王妃が術士たちを呼ぶ。晶は打ち合わせ通り、荷物の番をするふりをして後方にとどまった。


「眠ってからの方が、恐怖がなくてよろしいでしょう」


 凪がそう言うので、まずは馴染みの術士たちが天蓋に入り、薬を子供に飲ませる。


「さ、お眠りになるまでは会話ができますよ」


 術士たちは気を遣って、外に出た。布がおろされ、親子の会話が、漏れ聞こえてくる。


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